第9話

 翌朝0755時。のそのそと倉庫に集まってきた民兵24人をどやしつけ、各分隊と狙撃班に整列させる。さすがにデマレスト伍長は早く来て、ビッグジョーと打ち合わせをしていた。

 ブッカーが整列している俺たちの前に進み出た。

「よし、お前ら。今日から分隊ごとに分かれて作業と訓練だ。小麦を守りたけりゃ気合い入れていけ。フリロ軍曹の第1分隊は防御陣地構築、ジャクソン軍曹の第2分隊は射撃訓練、コロシモ軍曹の第3分隊は周辺パトロールだ」

 今日は俺の分隊は周辺パトロールだ。と言っていきなりパトロールに出かけられるわけじゃない。昨日、編成はしたが顔合わせだってちゃんとやってない。最低限、ハンドサインやフォーメーションのすり合わせは必要だ。俺は倉庫の隅に「俺の分隊」を集めて車座に座らせた。


「俺は分隊長のコロシモ軍曹だ。こっちが副分隊長のバリクザー伍長。彼女がホウだ」

 一旦、言葉をきり、7人の民兵を見る。だいたい17から25くらいか。うち二人が女性、と。デマレスト伍長にもらったメモを見ながら呼ぶ

「アンダーソン、ディアス、グエン、リベラ、ロペス、マーチン、ロドリゲス」

 7人がそれぞれ返事をする。

「おまえ達の中で一番、民兵になって長いのは誰だ?」

「俺です。軍曹」

 赤毛のマーチンが手を挙げた。

「よし、マーチン。お前ら、標準のハンドサインは判るんだろうな?」

「はい、狩りでも使いますから」

「ああ、なるほどな。じゃあ、次だ。この中で電気に強いのは? マーチン、お前は?」

「いや、俺は電気はだめです」

「電気に強いのは誰だ?」

「リベラだと思います」

 マーチンがめがねをかけたがっしりした女性を指した。

「ホウ。トランシーバー」

 ジェシカが横に置いていたトランシーバーを俺に渡した。

「リベラ、このトランシーバーは扱えるか?」

「はい軍曹。私たちも使ってるトランシーバーなので大丈夫です」

「修理もできるか?」

「部品があれば、多分できます」

「よし、じゃあおまえがこの分隊のRTOだ」

「はい、軍曹」

 おれはリベラにトランシーバーを渡した。

「チャンネルは1に設定しろ。デマレスト伍長のトランシーバーに繋がるはずだ」

「判りました」

 リベラは電池残量をチェックしてからチャンネルセレクタを1にセットして自分の横に置いた。


 俺は地図を広げた。大隊本部の地図からこの村付近10キロ四方を拡大して書き写したものだ。

「マーチン、デマレスト伍長から聞いた話だと匪賊は俺たちとは反対側の東の道から来たそうだな。地図で言うとこの道か?」

「そうです。あのときは俺は反対側の畑に出ていたんで、直接は見てないんですが。と、ロドリゲス、アンダーソン、おまえ達見たんだよな?」

 二人がうなずいた。

「他にも何人も見てます。デマレスト伍長や村長にも伝えてます」

「テクニカルがどんな武器を積んでたか、とか匪賊がどんな様子だったかも、見た限りのことは報告しました」

「なるほど。俺たちは村長からは匪賊はテクニカルが数台と歩きが40人くらいと聞いている。間違いないか?」

「はい、それくらいです」

「テクニカルはどんな武器を積んでたか教えてくれ」

「どれもごつい機関銃でしたよ。後ろの荷台に支柱を立てて載せてました。詳しくないんで機関銃の種類まではわかりませんが」

「機関銃以外のものを積んでたのはあったか?

「いえ、なかったと思います」

「よし。じゃあ続きだ。40人からの人間をテクニカル数台じゃ運べねぇよな。だから村から見えないところに他の車を停めてたんじゃないかと思うんだが。心当たりの場所はあるか?」

 ディアスが手を挙げた。

「軍曹」

「心当たりがあるのか?」

「はい、この木立を回り込んでカーブになっているところです。この辺りは少し開けてるので穀物用の5トントラックでも3台くらいは停められると思います」

「なるほどな。距離は…直線距離で2キロ弱ってところか」

「木立もありますし、風向きが逆ならエンジン音には気づけないと思います」

「車通りはどうだ?」

「小麦の買い付けにはまだ少し早いしほとんどありません」

「よし、じゃあ後でそこまで行ってみるとするか。しかし、まずは休耕地へ移動だ」


 俺たちは東検問所側のクローバーが植えられている休耕地に移動した。泥縄と言われればそれまでだが、今からパトロール中の最低限の移動テクニックの練習だ。鹿やイノシシしか相手にしてないんじゃ、移動中に慌てて伏せるなんて事はないだろうしな。

「今日のパトロールで匪賊に出くわすとは思わないが、何かあってから慌てても手遅れだ。せめて何かあったときに条件反射的に伏せることができるようなれ。パニックになって竿立ちになるなんてのは論外だが、もたついてるだけでも命が幾つあっても足りやしない」

 俺はブロンドを短く刈り込んだ優男を指さした。

「ロペス。ホウの横に立て」

 ロペスは返事をし、移動した。

「おまえは今、パトロール中だ。…敵襲! 左の木立から撃たれた!」

 ロペスは「え? なに言ってんのこいつ」みたいな顔をして突っ立っている。

「よし、ロペス、おまえは戦死だ。そこでしばらく死んでろ。グエン、バリクザー伍長の横に立て」

「敵襲! 右の木立から撃たれた!」

 グエンの横に立っていたイカサマが怒鳴る。グエンはさすがにロペスの失敗を繰り返すことはなかった。文字通り地面に向かってダイブした。

「グエン、とっさに伏せたのは良かった。だがライフルを放り出してどうする。どうやって反撃する気だ?」

 マッチョな体型のグエンは慌ててライフルに手をのばす。

「そうだ、銃から手を離すな。そいつはお前のライフルだ。おまえが命を預けるもの、自分と仲間と家族を守るためのものだ」

「はい軍曹」

「よし、グエンは立っていいぞ。 いいか、おまえら。伏せるのにもテクニックってもんがある。ただ地面にダイブするだけじゃだめだ。胸を打って息が詰まったり膝を痛めたりしてしまう。これからホウが実演する。おまえ達もよく見ておけ。敵襲!」

 ジェシカは新入りのガキだが素人じゃない。膝を曲げ、体を前に投げ出すと同時にグリップから放した右手でM11アサルトライフルの銃床を掴んで押し下げ、膝より先に地面につける。M11の銃床を膝より先に地面につけるのは膝が受ける衝撃を分散して和らげるためだ。この銃の銃床は圧縮木材だから少々手荒く扱っても平気だ。倒れ込んだ姿勢のまま肩付けして射撃姿勢を取る。さすが冒険者訓練所仕込み。

「よし、この動作が自然にできるように30分間練習だ。バリクザー、ホウ、指導に当たれ。ロペス、戻れ。実戦で死にたくなけりゃ、本気で練習しろ」

 やっぱりこいつら、普段から伏せ撃ちの練習なんて全然やってないな。どいつもこいつも地面に伏せたら伏せたで、その後の射撃姿勢で踵を立ててやがる。イカサマとジェシカの教育的指導が入りまくってるな。

「つま先を左右に倒せ」

「踵を立てるな」

「踵を撃ち抜かれて動けなくなったら置いていくから」


 倒れ込んで伏せ撃ちの姿勢への移行、そんなに難しいとは思わないが、結局、動作からぎこちなさが消えるまで1時間以上かかった。明日もどこかで時間を取って反復しないとすぐ忘れそうだな。

 クローバーの草の汁と畑の土があちこちにこびりついた7人の民兵が整列、ようやくパトロールに出発できるかと思ったが、昼だ。

「13時にM11を持って東検問所に集合。何か質問は?」

 誰も口を開かない。イカサマがパンと一回手を叩いた。

「よし、お前らもたもたしてると昼飯食う時間がなくなるぞ。急げ、急げ、急げ」

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