第8話

 村役場の一室で行われた打ち合わせで最低限、防御する範囲が決まった。ビッグジョーとブッカー、デマレスト伍長が村を見て回った結果だ。小麦を収容した倉庫と地下にシェルターのある村役場。これが最低限、防御すべき対象となった。匪賊が予告通りに来るかは判らないが、村の住民はその日の前日から最低限の農作業を済ませた後は朝からシェルターに入っていてもらうことになっている。村役場には小隊本部と、このあたり半径40キロ以内で唯一の医者であるドクターケイシーが開設してくれる救護所が設けられることになっている。負傷者が出たら救護所へ運び込まれるわけだ。人間だけじゃなく家畜も見ているドクターケイシーの腕の程はまあ、まあ、まあって事だ。


「で、だ。この防御対象をどう匪賊から守るかだが。デマレスト伍長には悪いが、匪賊の連中。この村をちょっと脅せば言うことを聞くチョロい村だと思ってるだろう。でなけりゃ、一週間後に来るから用意しとけなんて、ふざけたこと言わずに小麦の乾燥が終わるタイミングを狙って襲撃する筈だ」

 デマレスト伍長が頭をかきながら苦笑いした。

「たしかに、否定できませんね」

「気にするこたあない。匪賊がこの村を舐めてくれてりゃその方が楽だ」

 ビッグジョーが大隊本部の地図からこの村を含む50キロ四方を拡大して書き写した地図を広げた。テーブルに広げた地図を見ながらビッグジョーが続ける。

「チョロい村相手と思ってりゃ小麦をかっさらいに来るときも東側の道からテクニカルを押し立てた主力を展開して村を脅しつけりゃいいくらいに思ってるだろうよ」

「ビッグジョー。連中、そこまで単純かい?」

 ブッカーが呆れたように言う。

「そこはどうだかな。まあ、ちょっと気が利くヤツがいれば、トラック一台分くらいの賊徒を西に迂回させる位のことはやるだろう」

「なるほど。おまえ達は包囲されて逃げ場はない、言うことを聞かないと命がないぞと言う演出をするわけですね」

 そんなとこかな。地図によると俺たちが来た西側の道は、村の20キロくらい北で東側の道に通じる別の道と交差している。ちょっと気の利いた連中ならそのくらいの演出はするだろうな、うん。

「そうだ。だから、西側の防備もほったらかしにはできねぇ。あと南北だが、デマレスト伍長。どうするかは実際に見てからんなるが畑の周りの林はテクニカルが通り抜けられそうか教えてくんねえか」

 デマレスト伍長は怪訝な顔をしながら応えた。まあ、いきなり聞かれても意味分かんねえよな。

「たぶん、無理だと思います。少なくともこの村の近くでは道を外れて車で林の中に入れるようなルートはないと思います」

「よかろう、明日からのパトロールで実際に見たら話が変わるかも知らんが、一旦は北と南は林が守ってくれることにしとこう」

 なるほど、防御正面を限定しようって事か。まあ、手も足りねえし割り切りしないわけにもな。

「じゃあ、ビッグジョー。匪賊は東西の道からやってくる。中でも東がメインだってことで良いかい?」

「ああ。でだ。どう陣地を構えるか、だが。ブッカー、おまえならどこに陣取る?」

「そうだねえ。射界を確保するために邪魔な検問所を取っ払って、建物と掩体を組み合わせて陣地にするかな」

 ジャクソンが口を挟む。

「検問所取っ払っちまったら、俺たちの存在はともかく、村が何かやってるってのは匪賊にバレバレだよ、ブッカー。むしろ、検問所にはトラップ仕掛けて、俺たちは建物に陣取る方が良いと思うぞ」

「ジャクソン、俺も検問所にトラップ仕掛けるのは賛成だ。けど建物だけに陣取るのはなあ。確かに2階から軽機で撃ち下ろせるの魅力だが、ヤツらがグレネードランチャーとか対戦車ロケットとか持ってたらどうする。家ごと吹き飛ばされちまうぞ。それくらい匪賊の連中だって持ってると思った方いい。この前の連中だって無反動砲持ってたじゃないか。建物の前に掩体つくって、陣取る方が安全じゃないか」

 重火器班ならではだよな、マットの指摘は。たしかに、この間の匪賊も無反動砲持ってたたよな(作者注:冒険者の間では弾頭が外に出てるものは「対戦車ロケット」、弾頭が砲身内にあるものは「無反動砲」と呼んでいると思ってください。現代の兵器で言うとパンツァーファウスト3を対戦車ロケット、カールグスタフを無反動砲と呼んでいるようなものです。どちらも原理的には無反動砲になります)。

 それにしてもまあ、百聞は一見にしかずとはよく言ったもんで、確かに俺も大隊本部でビッグジョーと話をした時に「古典的な陣地防御」とか言ったけど、やっぱり地図と現場じゃ違うなあ。250エーカーってこんなに広いんだ。

「ビッグジョー」

「なんだ、ケビン」

「俺たちは小麦の出荷に邪魔が入らねえように匪賊を撃退すれば良いのか? それとも後腐れがないように皆殺しにするのか? どっちだ? デマレスト伍長、あんたはどうだ?」

 ブッカーもマットもジャクソンもそこ考えてなかったな? それにしてもビッグジョーも人が悪い。大隊本部で俺と話してたときは皆殺しって言ってたよな、なんでそれ先に言ってやらないんだ?

「まあ、俺たちとしては後腐れがある方がリピートオーダーがもらえて嬉しいかも知んねえが、村は金がかかってしょうがないわな。だろ? デマレスト伍長」

「そうですね。村としては後腐れなく、が希望です。それで、コロシモ軍曹なら匪賊を後腐れなく皆殺しにするためにどこに陣取るんですか?」

 まあ、これだけ言えば「おまえは答え持ってるんだろうな」と言われて当然だな。

「民兵がそれなりに使えるようになるとしてだ。匪賊をキルゾーンに引き込んで袋の鼠にしてやるのが良いと思う」

「つまり?」

「建物と掩体を組み合わせた陣地に1分隊、畑の外の道路沿いの林の中に1分隊を隠れさせておく。で、匪賊がやって来たときに村の側の分隊がヤツらを挑発してキルゾーンに引き込む。匪賊の注意がそっちを向いてる間に林の中の分隊が道路を封鎖してやるってのはどうだ」

 デマレスト伍長がビッグジョーを見ながら言った。

「ビッグジョー、私には良さそうに思えます」

「ケビン。おまえ、昨日は古典的な陣地防御とか言ってなかったか?」

「そうなんだが、実際に村を見てみると地図見て思ってたのよりもだだっ広くてな。守るだけならたぶん、みんなの言うように家と掩体にこもってりゃ、重火器は怖いが負けることはないだろう。だが、それだけじゃ匪賊が逃げにかかったら逃げ切られちまう」

「だからそれを地雷で封じりゃ良いじゃねえか」

「いや、ビッグジョー、ダメだ」

「カウボーイ、何がダメだ」

「地雷のリモコンのケーブルが届かないよ。知ってるでしょ、地雷ってのはもともと待ち伏せ用だからケーブルはそんなに長くないよ」

「だからなんで地雷のケーブルが届かないとダメなんだ? 最初からセーフティ切っとけば良いじゃないか」

「ビッグジョー?、判って言ってるよな」

 マットの突っ込みにビッグジョーはニヤリと人の悪い笑みを浮かべながら言った。デマレスト伍長はあっけにとられている。

「当たり前じゃねえか。バーバラ、ジェシカ、話について来てるか?」

 バーバラもジェシカも冒険者になってまだ日が浅い。バーバラはまだしもだが、それでもベテランと言うにはほど遠い。

「バーバラ、なんで地雷のセーフティ切って置いといちゃダメか、判るかい?」

 ブッカーがフォローを入れる。

「ええっと、先頭が地雷を踏んだらそこで止まってしまうから、ですか?」

「そういうこと。今回やりたいのは匪賊に逃げられないように退路を塞ぐことだからね。連中には最初は引っかからずに地雷原を通り過ぎて欲しいわけだよ」

「はい。あ、だから林の中に隠れて匪賊をやり過ごしてから逃げられないように林の方に埋めた地雷のセーフティを解除する」

「そういうこった。いろいろ考えなきゃなんねえんだ。覚えとけよ」


 ということで、明日から分隊ごとに別れて防御陣地の構築、民兵にボルトアクションライフルからアサルトライフルと軽機関銃への転換訓練、周辺パトロールをローテーションで行うことになった。防御陣地構築として匪賊を迎え撃つための村の東西の端に立っている建物の陣地化と建物の周辺での掩体構築。それがすんだら林の中に潜伏用の掩体構築を行う。武器の転換訓練は一番南の休耕地で林の木立を弾止めの盛り土の代わりにして行う。この辺にはジョーンズ村以外に人家はないので流れ弾にあたっても動物くらいだろう。パトロールは道路や畑の周辺の木立を本当に車が通れないことの確認とか、まかり間違って匪賊の監視が潜んでいたら排除するのが目的だ。

 狙撃班はローテーションに入らず別メニューだ。狙撃班は本番では役場の屋上に立っている見張り台に陣取ることになっている。見張り台の耐弾化と対物ライフル、狩猟用ライフルを用いた狙撃の練習を並行して行うそうだ。ブトコフスキーも根性あるよな。見張り台に土嚢を持ち上げて耐弾化しても、やっぱり無反動砲や対戦車ロケットが命中すればおしまいだ。対戦車ロケットや無反動砲は誰にとっても脅威だ。見つけ次第、消すしかないな。

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