第4話

 待ち伏せから3日後、ビッグジョーから明日の0900時(朝の9時)に町の大隊本部に集合しろと招集がかかった。まあ、そろそろ次の依頼を探す頃合いだ。匪賊もこの間の奴らだけじゃないし、動物だってコヨーテや野犬の群れなんて下手な匪賊より危険だ。草食だからと高をくくると鹿の大群なんて、あっという間に耕作地を裸にしてしまう。そういう奴らの対応も俺たち冒険者の仕事だ。難易度も報酬もピンキリだが、いつもどこかしらで討伐依頼やらコンボイの護衛依頼やらがでているもんだ。普通はそこから分隊長が自分の分隊の戦力と討伐対象の戦力を比べて依頼を選んでいく。ビッグジョーはそのあたりの勘所を弁えた分隊長だ。


 大隊本部には今日も大昔の歩兵の絵と冒険者のモットーになっている言葉「準備万端、いつでも行ける」が掲げられている。

 受付カウンターには今日もビクトリアが座っている。分隊のメンバーは…、ああ、あそこか。

「よう、ビッキー」

「おうはよう、ケビン。羽は伸ばせた?」

「想像にお任せ」

 ビッキーに手を振り待合スペースで手持ち無沙汰に座っているビッグジョーに近づいた。

「おせえぞ」

「いや、まだ0845だし」

「大隊長に呼ばれてんだよ。揃ったら部屋に来いってな」

 なんと、いつもはこんな事ないのに今日に限って大隊長室に呼び出しかよ。間違いなく面倒ごとだな、イヤな予感しかしない。


「少佐、ビッグジョーです」

 ビッグジョーがノックする。

「おう、来たかビッグジョー。入ってくれ」

 ドアを開けると大隊長のマービン少佐が書類仕事から顔を上げた。マービン少佐は大隊長の肩書きを持っているがビッグジョーの「上官」ではない。大隊本部ってのは要は冒険者の組合だ。組合が「大隊本部」なんて名前になっているのも組合長が大隊長で少佐と呼ばれるのも、昔の軍隊組織の名残だ。

「何です? 休み明けの俺たちをいきなり呼び出して」

 少佐は机の上に積み上がったいくつかの書類の山の内で一番低い山からフォルダに入った書類を取り上げた。

「それなんだが…、やってもらいたい仕事がある。中尉、地図を頼む」

 マービン少佐は別のデスクに着いて書類を整理していた副官のハンデル中尉に声をかけた。

「少佐、地図ならもう貼ってます」

 あっさり返された少佐は古傷の影響で上手く動かない足を引きずりながら席を立った。頭も薄くなり腹も出ているがこれでも引退前は優秀な戦闘指揮官だったお人だ。少佐は気を取り直すと壁に貼られた地図の前に立った。地図はこのあたりの地図だ。

「昨日、ここから北に50キロのジョーンズ村の村長から無線で依頼があった」

 ジョーンズ村か。行ったことない村だな。壁に貼られた地図を見ると道路沿いの家並みを中心に周りに広がるだだっ広い畑って構成の典型的な農村だな。鹿の大群でも出たか? いや、今年は干ばつってわけでもないしそれはないか。何だろう。

「依頼内容は村の防衛だ」

 防衛? やっぱり匪賊か。だが、村を襲うとは今どき珍しいな。最近、また流行ってるのか?

「匪賊が今年収穫した小麦を全部よこせと言っているらしい。一週間後にまた来るから用意しておけとか、ふざけたことを言ってたそうだ。村長は成功報酬だが相場の倍出すと言っている。しかも経費は向こう持ちだ」

 ああ、収穫狙いの匪賊か。ここ数年なかったからな。村の方も慌てたか。

「相場の倍たぁ、えらく景気のいい話で。相手の勢力は判ってるんですか?」

 マービン少佐は紙をめくった。

「申告によればテクニカル数台と40人くらいだそうだ」

 ビッグジョーは考え込んでいる。

「村にも民兵がいるでしょうが。村長がそいつらで手に負えないってんなら相手はそんなもんじゃないですぜ」

 ハンデル中尉が首をかしげた。

「しかし、最近、このあたりに余所から有力な匪賊が流れてきたとか、誰ぞが音頭をとってここらの匪賊まとめ上げたなんて話はない。となると、匪賊の『全部よこせ』がハッタリか、村長が話を盛ってるか」

 マービン少佐がうなずいた。

「そんなとこだろうな」

「少佐、よろしいですか?」

 珍しい。伍長が話に加わった。

「かまわんよ。なんだ?」

「自分も農家の出なので気になったんですが、小麦はいまどういう状態なんです? 時期的に刈り取りはあらかた終わってるとは思いますが」

 ハンデル中尉が応えた。

「連絡があったときに聞いた話では天日干しで乾燥をはじめたばかりと言っていたな」

「ふん、干してるのを見てタカりに来たか」

 ビッグジョーが忌々しげに吐き捨てた。そういえば、ビッグジョーも農家の出だったな。匪賊にも農家の出もいるだろうからそのあたりはわきまえてそうだ。刈り取ったばかりの小麦なんて扱いに困るもんな。乾燥も済んで出荷できるようになってからかっさらう気だな。


「にしてもジョーンズ村と言えば確か小麦畑だけで120エーカーはあったはずです。だいたい1エーカー当たり最低でも20ブッシェルにはなるから…単純に考えて約65トン。これをかっさらうなんて何台のトラックが要るんだって話です」

 伍長が呆れたように言った。確かに、村に何台トラックがあるのか知らないが、10台も20台も持っていないだろう。穀物業者が使う装甲なしのトラックだって5トンくらいしか積めない。全部一度に運び出すならちょっとしたコンボイだぞ。

「確かに、そんなにトラックを持ってる匪賊なんぞ聞いたことがないな」

「村のトラックを勘定に入れても三分の一も運べりゃいいとこでしょう。それだけのトラックにしたって燃料をどうやって調達する気やら」


「ケビン、おまえはどう思う?」

 おっと、ビッグジョーのヤツ、こっちに話を振りやがった。

「そうだな。俺も中尉の言うようにハッタリかましてるか村長が話を盛ってるかだと思うから、条件付きで受けてもいいと思うよ」

 ビッグジョーが顎をしゃくって続きを促した。

「どうせ、小麦の乾燥には一週間はかかる。匪賊もそれくらい知ってるから、一週間後にまた来るなんて言ったんだろうが、その一週間の間、村に張り付いて監視しているほど匪賊が真面目とは思えないしな。こっちはその間に現地へ行って村の連中も動員して防備を固めればいい。経費は向こうもちなんだ。そのための資材や武器弾薬を贅沢めに持って行けばいい」

「防備を固めるったって250エーカー近い畑を抱えた、だだっ広い村をどうやって守る?」

 250エーカー? ああそうか、連作障害対策で休ませたり別のものを植えてたりする畑もあるか。まあ、250エーカーが120エーカーでも守れないのは同じだが。 

「民兵を俺たちの指揮下に入れるとしても人数はしれてる。全部守るのは無理だよ。だからなにを守るのかを先に決めておかなきゃ」

「畑に一歩も足を踏み入れさせないとか、建物に傷一つ付けさせないなんてのはどだい無理な話ってことだな」

「そういう事。多少の損害には目をつぶってとにかく収穫した小麦を匪賊に渡さない、ってのが落とし所だろう。小麦さえ残ってれば金になるんだ。向こうがこの条件呑むならやれると思う」

 マービン少佐は俺とビッグジョーの話を聞きながら少し考えていたようだが、やがて顔を上げた。

「ビッグジョー、村長には俺から話をしてその線でまとめてみよう。ちょっと脅せば言いなりになるチョロい村だと匪賊に目を付けられたらケツの毛までむしり取られるぞと言ってやれば呑むだろう」

「いいでしょう。俺たちはその前提で準備を進めることにします」

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