第28話

三十日が過ぎて、俺たちは予定通りに目的地に着いた。

国境の遺跡の手前側にも立派な街があり、そこを治める司祭の許可を得てからでないと遺跡に立ち入ることはできないらしい。

案内はケラーが担当することになっていた。完全に心を開いてくれたわけでもなさそうだが、行きの道の途中で少しは会話を交わしてくれるようになったのも、俺たちにとっては進歩だった。

「お待ちください」

聖堂らしき大きな建物の前で、門衛に止められた。

「ご用件を伺います」

「ガイノス司祭に、ルイズから報告書を渡しに来ました」

ケラーは自分の身分証明書と門衛用の手紙を、俺たちはギルドからの手帳をそれぞれ門衛に見せた。一通り確認して、門衛が建物の奥に走り、すぐに戻ってきた。

「ガイノス様がお会いになるそうです」

門衛の代わりに仕えているシスターに建物内を案内されて、両開きのドアの前まで導かれた。

「ガイノス様。お客様です」

「通せ」

どこかで聞いたことのある低い声が命じる。広いホールの真下、円形の床で、二人の司祭が待ち構えていた。片方は鋭い目に銀髪で、前髪を分けている。もう片方は緋色の髪に青い目の快活そうな男だ。

「初めまして、君がケラーだな。私がガイノスだ。こちらはセモン司祭」

セモン司祭は一礼して顔を上げ、俺たちを、特にケラーを凝視している。

「そちらのお二人は…以前見かけましたね」

恐らくこの二人が、ルイズのもとに尋ねてきた訪問者たちだろう。シヴァドはそうでしたか、とだけ言って言及を控えた。

「報告書を受け取った。受領証明を渡すから待っていなさい」

俺たちを案内してきたシスターがガイノスに指示されて奥に引き下がった。ガイノスはシヴァドに歩み寄る。

「それで、君たちの要件はこの先の遺跡を調査したいということだったな」

「はい」

「ギルドからの手帳は見た。その上で、真に調査の資格があるかどうか、私が決める」

先ほどのシスターが、何人もの兵士を連れて再びホールに入ってきた。兵士は俺たちを、特にシヴァドを取り囲み始めている。ケラーはシスターの手によってその輪から連れ出された。

「三つの質問に答えてもらおう。君たちが研究者としてふさわしいかどうかを私が確かめる。納得いかなければつまみ出す」

「分かりました」

特に抵抗する様子もなく、シヴァドはガイノスを見て返事をする。他三人も特に異論はないようだ。

「一つ目だ。遺跡付近には大型の魔法陣が存在するが、現地調査の際に君たちが持ち寄った魔法具に対してどのように影響するか答えろ」

「魔法陣は相当量の魔力が瞬間的に注ぎ込まれなければ魔法が発生しません。手練れの術者が最低でも25人はいないと、あれだけの規模の魔法陣は起動しないはずです。影響はないと考えていいと思います」

「二つ目だ。遺跡には封印された魔族が眠る場所もあるが、どのように対処するべきであると考えるか答えろ」

「単に一度きりの調査であれば、むやみに触れるべきではないと思います。一方で、永遠に封印しておくことができる保証はどこにもないはずです。魔法陣との関連性も含めて、大規模に研究を進めて封印が解除された場合の措置を考えるべきです」

「三つ目だ。遺跡付近には錬金術協会の連中もうろうろしているが、それほどの危険があっても向かうのか?」

「勿論です」

シヴァドの淀みない答えを聞いて、ガイノスは隣の兵士から自分の獲物と思われる角材のような金属の棒に持ち手がくっついた武器を受け取った。

「例えばこの私が今立ちはだかるとして、それでも向かうと言うのか?」

「勿論、向かいます。簡単に通ることができるとは思いませんが」

そう返事をしてから、シヴァドはふっと笑った。

「質問は三つまでと聞いていましたが」

表情こそ動かなかったが、ガイノスは当惑しているようだ。完璧とも思えた武器の構えが甘くなっている。

「無礼ではありませんか」

セモンが窘めるが、シヴァドはガイノスを見て返事を待っている。

「やめておけ、セモン。隙を見せた私の落ち度だ」

ガイノスは完全に武器を降ろして、もう一人の司祭を押しとどめた。

「ザーヒルも面倒な研究者を迎え入れたものだな」

小さく呟いた後、シスターから書類を受け取ってシヴァドに手渡した。

「君たちには三日間の研究を許可し、現地の研究者であるゲルヒトを同伴させる。ただし君たちの生活に関わる金はそちらで工面してくれ」

「ありがとうございます」

一行が深々と頭を下げる。トオガだけが苦々しい顔をしていた。ケラーは安堵の色を隠し切れず、大きく一つ息を吐いた。

「ケラーにはシスターがついて、受領証明と報告書を纏めるまではこの教会で生活してもらう」

俺たちとは別行動ということになる。

「以上だ。今日は宿にでも泊まるといい」

ガイノスは兵士たちに持ち場に戻るよう命じた。出口まではシスターとケラーが見送りに来た。

「またね、ケラー」

「う、うん」

クロナの挨拶にも、一応返事をしている。以前より仲良くなってくれたようでなによりだ。

「研究者は現地で駐在しているため、明日以降に向かえばすぐにでも協力するはずです」

シスターはそう言ったあと、俺たちを見つめた。

「ガイノス様が三日もの滞在を許可するのは、過去に例がありません。その意味を忘れないように」

「分かりました」

意味深長な言葉に聞こえたが、俺にはなんとなくしかその意味が分からなかった。

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ペットボトルのキャップ、異世界で神の石と呼ばれる 龍龍龍(ろうたつりゅう) @aHKp

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