第25話

二人の男性の顔はフードで覆われて見えなかったが、仰々しいローブを着ていることから恐らく教会関係者であろうと思われた。

「この教会にシスタールイズはいますか」

聞こえていないと思ったらしく、片方の男がもう一度訪ねてきた。

「今はいないはずです。僕達にも帰りがいつになるかは分かりません」

それを聞いて、二人は困惑したように顔を見合わせる。

「あなたたちはなぜここにいるのです?」

「ルイズさんから許可を得て魔法の練習をしていたところです」

また何か言おうとした二人だったが、さらにその背後から足音が聞こえて振り向く。

「あの、教会に何かご用ですか…?」

ちょうどルイズが帰ってきて、俺たちと訪問者たちを困惑したように見比べていた。訪問者たちはルイズに歩み寄り、小声で何か耳打ちした。

「はい。分かりました」

返答は静かだった。夜に遮られてその表情は見えないが、憂いがこちらまで伝わってくる。シスターひとりと訪問者二人が教会に姿を消す。

「あいつらはなんなんだ?」

「さあ…でも、いい気分にはならないかな」

俺はシヴァドとトオガの会話を聞きながら、いたずら心が湧き上がってきた。

「俺をドアの前に投げれば話を聞けるかもしれんぞ」

シヴァドは早速俺を浮遊させてドアの前でピタッと止めた。

「何か大司教に働きかけて、我々の功績を伝えてほしいだけなのです」

「何度も申し上げていますが、そう言われましても私にできることはありません」

どうやらさっきの二人にザーヒルのことで何か要求されているようだ。

「隠すのはやめてくれ。ザーヒル大司教と頻繁に話をしているのは知っている」

「それは文献の調査を手伝っているだけです。むしろ大司教は…私が教会内の政治に関わることに手放しで喜んだりはしないと思います。私には、無事でいてほしいと」

答えを聞いて、それまでは沈黙していた男性の声が聞こえた。さっきの声よりも低く重い声だった。

「だがザーヒル大司教は君の望みを否定などしないのだろう?」

「…はい」

ルイズの声色に嘘は感じられなかったが、だからこそ不安は大きい。その正直さゆえに、相手の狡猾さに飲み込まれるようなことがあるかもしれない。最初の声がしびれを切らしたように質問した。

「大司教は次に誰を大司教に据えると思いますか」

「分かりません…決めかねているようにも見えます」

低い声が重ねて尋ねる。

「君はどうありたいんだ。君自身は何を見ているんだ」

「ただ救える相手がいるなら救う。それだけです」

「そうか」

低い声からは感情が読み取れなかった。

「いい返事がもらえるまで何度でも来ますよ。これまでもそうだったように」

俺は再びシヴァドに引っ張られて懐に戻った。すぐに教会から三人が歩いて出てきた。訪問者は俺たちを見ずに門から出ていった。

「すみません、魔法の練習をなさっていた最中に」

「急なことだったんです。仕方ありません」

訪問者の背中は既に闇に消えていた。その方向を見るルイズに、シヴァドは尋ねた。

「孤児院と教会が違う場所にあるのは、子どもたちに聞かれたくない話があるからですか」

「…仰る通りです」

ルイズは気まずそうに答えた。トオガはルイズを苦々しい表情で見ていたが、やがて口を開いた。

「あんた自身の身も危ないんじゃないのか?嫌な話をしてくるような奴が嫌なことをしてこないとも限らねえだろ。だから」

トオガはシヴァドの肩に手を置いた。

「シヴァド。防御魔法と回復魔法をルイズに教えてやれ」

「あ、トオガが何かするわけじゃないんだ」

「俺とお前のどっちが魔法の扱いに長けてるかって言ったらお前だろ」

トオガとシヴァドを交互に見て、ルイズは困惑の表情を浮かべた。

「いいんですか?」

「迷惑でないなら…」

シスターの唇にきゅっと力と意志がこもった。シヴァドに向かって深く頭を下げる。

「お願いします」

ザーヒルがルイズを手伝ってくれと頼んで頭を下げた姿が、なぜか思い起こされた。

「決まりだな。じゃあプレゼントだ」

トオガは教会の建物に入り、何かが巻きつけられた長い棒を持って戻ってきた。

「回復魔法の効果を確かめる物がないって言ってたよな?そこでコイツの出番だ」

トオガは地面に棒を突き立てた。

「カルフェナ草の葉に代表されるように、魔力に反応して発光する植物が存在する。これは違う植物の葉の繊維を内側に隠した布だ。これに回復魔法を当てると緑色に光るはずだ。で、上側になればなるほど繊維の量は少なくなっているから光りにくくなる。全部光れば相当な使い手ってことになるな」

シヴァドが剣を用いずに回復魔法を当てると、布の半分くらいまでが光った。

「すごい…これがあと何本かあれば完璧だ」

棒を引き抜いて、シヴァドは呟いた。

「まあ他にも何本か作っておくよ。だから、その最初の一本はルイズに持っててもらおう」

「私が、ですか?」

「あなたがふさわしいと思いますよ」

シヴァドは棒を水平に持ちなおし、ルイズに手渡した。実感の湧かない表情で、それでもシヴァドを見てルイズは棒を受け取った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る