第26話
「俺たちの目的は二つだ。現状の平穏を保つことと、神話の断片を集めること。あとはお金稼ぎ」
「じゃあ三つだろ」
堂々とそう言い放った俺にトオガが呟く。確かにそうだ。
ドアを開けると、来たときはベッド以外何もなかったコテージの一室に山と積まれた書類やら書物やらが目に飛び込んできた。
「これは?」
「観光案内とか、この土地の歴史書とか、歴史資料とか、いろいろ。アザハが集めたんだよ」
なぜか自慢げにクロナが胸を張る。
「いつの間に…」
「ついさっき、本屋を見て回ったくらいだけど、結構集まった」
アザハはびっくりされると思っていなかったらしく、落ち着きを失ってそわそわしながらそう答えた。
「これだけの資料があれば、何か書いて本に載せることができるかもしれない」
シヴァドが目を輝かせて資料を並べ始めると、他の三人も一緒に整理し始めた。書物や文書やメモがそれらしいまとまりになると、全員が空腹に耐えきれずにそれぞれの荷物から食べ物を引っ張り出した。晩飯は野宿用の食べ物の残りだったが、テーブルも椅子もなかったので野宿の最中のように食べることになった。
「資料集めありがとう、アザハ」
「え?ああ、別に、大丈夫」
突然シヴァドに感謝されて、アザハの口調にはっきりと動揺が現れる。
「僕、何かまずいこと言った?」
「いや、なんか、面と向かって感謝されるのは…慣れなくて」
声とともに視線を落として、アザハはかさかさのパンに齧り付いた。
「お前を育てたあの、マルべさん?って人には褒められなかったのか?」
「マルべさんにもマルべさんの奥さんにも沢山褒めてもらったんだけどな…なんでだろ」
既に自分の食べ物を食べつくしたトオガに尋ねられて、アザハは首を傾げる。
「これから褒められることに慣れていけばいいよ。君なら誰からでも褒められるだろうし」
パンの最後の切れ端を飲み込んだシヴァドに何気なくそう言われて、アザハがますますシヴァドの方を見なくなった。
「どうしたの?」
「嬉しいのか恥ずかしいのか分からなくなってきた…」
クロナに答えたアザハは、書類を取り出してシヴァドに手渡しながら呟く。
「でも、ありがとう」
「どういたしまして」
シヴァドは笑いながら書類を受け取った。トオガがクロナに書類の読み方を教えている横で、アザハとシヴァドは大陸の地図に文献の情報を描きこんでゆく。
「この大陸には三つの国がある。大陸全体は法皇が支配しているけど、実質的な統治は各国に据えられた大司教を中心とした教会勢力の議会が行っている。今私たちがいるのがレフタ公国で、南側にビレン公国、西側にリプロ公国がある。ビレンとリプロの国境に、巨大な遺跡がある。ここには魔族の生活跡が残っているとされ、近くには魔族を封印した遺跡もある。許可を貰えたら立ち入ったり調査したりできるとは思うけど、このあたりは結構危険な地域だと思う。因習の根城みたいな場所だから、ロクでもない人たちが定住してるかもしれない。錬金術協会とか」
「錬金術協会ってそんなに危険なのか…」
「神の石を自らの手で作りだそうという人たちの集まりとされてる。まあ、いい予感はしないよね。その書類はこの大陸全体の組織を示したものだけど、多分錬金術教会のことも書かれてるでしょ?」
シヴァドは視線を落として内容に目を通す。すぐに表情は苦々しげなものに変化した。
「これは…大変な組織だね。キュプラも言ってたけど、僕の想像よりだいぶ危険な存在なのかもしれない」
俺は得た情報は全て四人に知らせていた。当然、俺が別の神の石を介して見た情報も知らせているので、ザーヒルが錬金術師を危険視しているらしいことも知っている。
「交流を回避するのが一番いいけど、向こうから突っかかってくるかもしれない。そもそも存在を隠し通すくらいのことをしないとダメかも」
「じゃあ許可を貰いに行くのは、その手立てができてからだね」
アザハが頷いて、地図から顔をあげた。
「神話の断片、見つかるといいね」
「見つけてみせるよ。ザーヒルさんには細かいことを伝え損ねたけど、今持っている十四節は、先生だけが発見したわけじゃない。過去の多くの研究者が集めたものも含めた十四節なんだ。必ず繋ぐさ」
「本に載せるテーマ、何とかなりそうだぞ」
トオガが小声で二人に囁きかけてきた。その背中にクロナがだらしなくもたれかかって安らかな寝息を立てている。
「魔族に関する研究でどうだ。神話とどんな風に関わったかとか、どういういきさつで封印されたとか、掘り下げがいはあるはずだ」
「題材は決まったな。細かいことは明日にして、今日は寝よう」
シヴァドが小声で囁いた。アザハはクロナを起こさないようにベッドに運び、すぐに自分のベッドに寝た。トオガとシヴァドも、蒸気が吹き出しそうなほど回転させた頭を冷やすために寝転がって、すぐに眠りに落ちた。
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