第13話
俺たちは徒歩と馬で大陸の北側まで抜けて、用意してある船に乗ることになった。ギルドが内政に干渉できないことを利用して、国外に逃亡するということになる。実際にシヴァドの指名手配が始まるのはもう少し後らしいが、準備そのものは早い方がいい。
カナグラ曰く、この状態での指名手配は悪手とのことだ。そりゃあそうだろう。国際事件の関係者に対する仕打ちではない。これからはシヴァドを軍部の庇護下に置くことは出来そうにないらしかった。
馬を連れて城下町の入り口まで来ると、既にほかの三人が俺たちを待っていた。
「良かったの?僕についてきて」
シヴァドが尋ねると、トオガはあっけらかんと答えた。
「俺はいいよ、暇だし」
続いてアザハも呟く。
「私も」
クロナはアザハの服の裾を握って俯いている。
「クロナは…いいの?」
「…わからない。でも、一人は嫌だから…」
声は辛うじて聞き取れる程度だった。
「あの、自分のことは…守れるから…だから、連れてって」
シヴァドは少し言葉に詰まったが、やがて「分かった」と首を縦に振った。
自分の命を何よりも大事に守ることを最優先事項として、俺たちのパーティーは暗い夜明け前に馬を駆る。今日一日で人の住んでいない土地まで出て、明日には指定の船着き場まで向かうという予定を考えると急がねばならないが、兵士の目の届かないような場所には魔獣も山賊もいる。
指名手配の情報はまだ広まっていないらしく、兵士はパーティーの手帳を見て特に疑問を持つ様子もなく関所を通した。ここからは魔獣と山賊の住処だ。
日が暮れたので、街の外にある城壁跡で焚き火に火を点けた。地図を眺めて明日の目的地を決め、晩飯の準備を始めた。
俺は近くの平らな石の上でクロナがジャガイモの皮をむいているところを見ていた。
「大丈夫か?指とか切るなよ」
「うん」
ナイフの刃が火の赤色を反射して鈍くきらめいている。
「疲れてるか?」
「…疲れてない」
クロナは少し手を止めて俺に言った。なんとなく意地を張っているように見える。
「そうか。まあ疲れてなくても今日はちゃんと休めよ」
「うん」
クロナはまたナイフを動かし始めた。焚き火が強い影を横顔に落としている。
「ごめんなさい、お父さん、お母さん。僕はあなたたちの息子として不完全でした」
嫌なことを思い出して、ため息をつきそうになる。
「…何か他の皆には言いづらいこととかないか?」
「ないよ」
「言いふらしたりしないから教えてみろよ」
俺がそういうと、クロナは小声でぼそぼそと話し始めた。
「怖いの」
「怖い?」
「もしかしたら、みんながいなくなるかもしれないって…ある日いきなり、私は一人になるかもって。それが怖いの」
クロナはジャガイモの皮をむき終えて、鍋に投げ入れた。飯ごうのような小さな鍋だ。
「アザハもシヴァドもトオガも、悪い人じゃないのは分かってる。でも、私のお父さんもお母さんも、悪い人じゃなかった。なのに私はもう、お父さんにもお母さんにも会えない」
他の四つの鍋も火にかけられ、静かに熱を帯び始めた。火を囲む石を煤が黒く汚し始める。
「なにかしたいこととかあるか?今でもこれからでもいいけど」
クロナは石に座って俺を手に乗せた。
「分からない…」
「じゃあ、何がしたいかはこれから探そうか。な?」
アザハが薪を火にくべ始めた。バチバチと爆ぜる音が鳴り、鍋がごとごとと揺れ始める。
「そろそろご飯にするよ、クロナ」
アザハが柔らかく呼びかけ、少しあとには全員で焚き火を囲みながら完成したスープを口にしていた。
「明日からは一気に長距離を移動するよ。ご飯は沢山あるからちゃんと食べて備えて」
シヴァドが呼びかける前にトオガは二杯目を作り始めていた。自分の隣に布を広げ、採取してきた植物を見本市のように並べている。
「野草と薬草と、あと埋まってた芋とキノコ。全部食えるけど、ちゃんと火を通さないと不味いやつもある」
薄茶色の平たい傘のキノコをアザハが眺めて質問した。
「これはどういう味?」
「それは資料用のシビレカゲダケだから食えないぞ。頭痛と眩暈を引き起こした末に喉が焼ける」
心の底から不満そうな表情でアザハはトオガを睨んだ。
食事を終え、馬にも餌をやって就寝準備に入った。火の番はシヴァドが、見張りは俺が担当することになった。わずかに薪が焼けるくらいに調節してから、剣で自分たちの周囲に円を描く。
「防御魔法だ。簡単だけど、これでひとまずは安全なはずだよ」
そう言いながら俺の隣に腰を下ろした。
「良かったのかな…皆は巻き込まれた形になるけど」
すやすやと眠る三人の輪郭が、微かな赤い光に彩られる。夢も見ないほど穏やかな眠りに見えた。
「良かったって思えるような旅にするしかないだろ」
「…そうだね」
シヴァドは微笑んで剣を足元に置いた。
「防御魔法って広範囲に使って大丈夫なのか?」
「僕にはこの剣があるから大丈夫だよ。魔力を使いすぎると疲弊するけど、杖や剣みたいな触媒があるから消費を抑えられるんだ」
「そういえば、シヴァドはそもそも頻繁に魔法を使うわけじゃないな。魔力の消費を抑えるためか?」
「それは…先生の教えだよ」
「ファーゼンの?」
シヴァドは頷いた。
「魔法をみだりに使わない。自分の肉体でできることは自分の肉体に任せる。直接言われたわけじゃないけど、なんとなくそうあるのが普通だと思うようになったんだ」
自分の師匠の死を拒絶せず自然に受け入れているらしく、語り口は落ち着いていた。懐かしむようでもあった。
「今は追われるけど、きっとまたこの国には戻ってくるよ。きっとね」
それから俺たちは黙って焚き火を眺めていた。
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