第12話

クロナはアザハの膝の上に座ってそわそわしている。シヴァドは渡された書類に一通り目を通していたが、トオガが横からのぞき込むのでなかなか先に進めないようだった。携帯電話の契約をするくらいの分量の書類を読んでいると、先ほどの男性職員が部屋に入ってきた。手には小さな手帳を四冊持っている。

「お待たせしました。これがあなたたちの身分証です」

名前を確認して一冊ずつ受け取った。手帳は深い赤色で、革のカバーが着せられている。

「パーティーだね、私達」

アザハが呟く。感慨深いようにも寂しげにも聞こえた。

王がギルドの前に呼んだ馬車に乗って、俺たちはそれぞれの住まいに帰ることになった。

「クロナのこと、しばらくは君だけに任せてしまうことになるね」

「大丈夫。負担になるようなことはないよ…あ」

シヴァドが思い出したように呟く。

「思いついたことがあるんだけど…また今度会う時に言うよ」

アザハはクロナの手を取って別の馬車に乗り込んだ。その背中を見送った後、俺たちとトオガは同じ馬車に乗った。トオガの泊っている宿屋と住んでいる家は同じ方向にあるらしい。

「さっき言ってた、思いついたことってなんだ?」

「ああ…仮説だよ。クロナが時間を越えた原因は一体何かということだけど、強い魔力の流れだと思う」

「魔力の流れか…じゃあその源があるはずだが」

「それがあの刺客が持っていた神の石だろう。向こうの石を壊してエネルギーが溢れ出し、そのエネルギーがキュプラに向かうことで流れが生じたというのが僕の仮説だ。なんで吸われたのかに関してはまだ情報が少ないから分からないけどね」

一通り話を聞き終えると、トオガは腕を組んで天を仰いで唸った。

「そっか…ん~、二つの神の石は性質が違うかもしれんな。こっちのは喋るわけだし」

シヴァドは一つ頷いて、外の暗闇と同じように沈黙し、それに応じるようにトオガも言葉を失った。

やがて馬車は俺たちの目的地の前で止まり、俺たちはトオガに別れを告げた。特に喋ることもなく玄関の扉を開けて部屋に入り、そのままシヴァドは眠りについた。

寝る姿を見て俺が考えたのは、俺そのものについてだ。知性があるとどうしても自分の正体を探ろうとするらしいが、俺も例外ではないらしい。俺がどんなふうに生まれたか、どうやってここに来たかという話ではなく、現在の俺の欲求は何なのかというもっと単純な話だ。欲求自体は明確だ。シヴァドが掲げる目的を達成できるよう協力する。

では肝心のシヴァドは何を望んでいるのかが大事になる。シヴァドに考えられる道はいくつかあるが、ギルドに所属したことで行動範囲は広がった。隣の大陸とかいう場所に向かうなら、神話に関する研究に没頭することになるだろう。帝国に向かうなら師であるファーゼンの死の真相を探る旅となり、国内に残るなら内政に深くかかわることになるはずだ。どの選択肢を選んだとしても、俺ができることは権威をいい具合に振りかざすことくらいだが、シヴァドが望まないようであればそれもしない。

部屋の外でドアが開く音がした。カナグラが帰ってきたらしい。軍部や王は状況に応じて扱いを変える程度で、よほど非道なことを俺たちがしなければ過激な行動はとらないはずだが、貴族はそうもいかない。さんざん見てきたとおりだ。

俺の考えを切り裂くようにそっとドアが開き、月光が差し込む。カナグラがシヴァドを一瞥し、俺を取り上げて食卓に乗せた。カナグラは木のボウルに鮮度を失った野菜を盛りつけたサラダを食べている途中らしかった。俺が生まれた世界と作法の違いこそあるものの、今まで見た人間の中で一番丁寧に食事をしていた。

「とうとう貴族院が君を狙って動き出した。そのためにシヴァドを殺そうとしている」

言ったそばからこれだ。あんな魂から捨てられた牧場のような臭いがする連中の話などなるべく聞きたくないが、シヴァドの今後に関わる話だ。

「軍部はどう思ってるんだ?」

「帝国との事件の重要な証人であるシヴァドを死なせるわけにはいかないという見解で一致している。規模は小さいが国際問題だ。大事件にならないうちに事態が収束するのであれば、それに越したことはない。…つまり、最初と同じだ」

「シヴァドの件をダシにして、帝国の内情を探ることもできるんじゃないのか?」

運んだサラダをしっかり飲み込んで、カナグラは返答した。

「内情を探るというような事件と関係ないことに民間人を巻き込むべきではない。言うまでもないことだ」

そう答えてまたフォークを動かし始める。しゃくしゃくと野菜が刻まれる音だけが微かに聞こえてくる。

「お前自身はシヴァドをどう思っているんだ、カナグラ」

質問された老人はぴたりと手を止めた。しばらく考えてから、ゆっくりと口を開いた。

「君は知っているだろう?彼の貴族院会議での溌溂とした答弁を。あれで軍部の人間だけでなく、他の各部の人間も驚いたものだ。私も驚いた。…ファーゼンの面影を見たからだ」

カナグラはフォークを置いた。

「外交に携わる人間として、何人もの人間を見てきた。崇高な理想を掲げる者、現実を見据える者、将来を見通すもの、現在を考える者。下劣な者も利己的な者も、易々と嘘をつくものもいれば相手のことを考えずに正当性を主張する者もいた。シヴァドは真っ当に完成されている人間でありながら、血と熱意を持っている。弱さも未熟さも知っている。足りないのは経験だけだ」

貴族院の話をしていた時よりも柔らかい声色で、カナグラはシヴァドを評した。

「キュプラ、頼みがある。シヴァドにはどんな状況でも自分の道を選べる力がある。その力の使い方を間違えないように導いてほしい」

「そりゃあもちろん…」

返事をしようとしたと同時に、玄関を激しく叩く音が空間を破った。

「カナグラさん!」

呼ばれて立ち上がり、ゆっくりとドアを開けると、軍部の書記の女性が息を切らして立っていた。

「貴族院でシヴァドさんに関する多数決が行われました!その結果、神を冒涜したとしてシヴァドさんを指名手配すると院内で決定されました!」

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