第11話
もうすぐ夕暮れになろうというころ、シヴァドは一人で武器屋を訪れていた。自分の武器を受け取るという目的もあったが、それ以上に会うべき人物がいた。
建物は石レンガでできており、頑強に見えた。平屋根から煙突が突き出し、黒い煙がもくもくと昇っている。
店内には質の高い武器が丁寧に陳列されており、客らしき人間は一人しかいない。
「来たか、シヴァド」
フードを深く被った少年が俺たちの方を見る。双眸は青く冷静で、佇まいからは気品を感じる。
「先に武器を受け取らせてください」
店主に話しかけると、満面の笑みで店の奥から鞘に納められた両刃の剣を持ってきた。
「カナグラさんの注文ですから気合を込めて作りましたよ」
鞘から新しい武器を引き抜く。白色とも思えるような銀の輝きにため息を漏らした。
「すごい…!」
「しかし、いいんですか?斬撃用ではない剣なんて…」
シヴァドは剣を鞘にしまいながら、穏やかに微笑んだ。
「これこそ僕が望んだものなんです」
俺たちは店主に何度もお礼を言って店を出た。
「歩きながら話そう」
「いいんですか?人に聞かれたら…」
「聞かれて困るような話でもない」
王は顔色を変えずに歩き始めた。俺たちはその後をついてゆく。目的地は知らされていない。
「あと、私を役職で呼ぶな。敬語もダメだ。私の正体が見抜かれる要因を作らないでくれ」
「はい…あ、うん」
王の表情は見えなかったが、少し笑ったように息を吐いた音が聞こえた気がした。
「貴族院はシヴァドを危険視している。彼の襲撃事件があった日からだが…何が起きたんだ?」
シヴァドは一度口を開いて閉じ、言葉を練って話し始めた。
「僕…いや、シヴァドを狙う暗殺者が持っていた神の石が爆発し、すさまじい量の魔力を放出した。しかし、その魔力は別の神の石に吸われたと思われる。彼が魔法を使ったというより、神の石の性質によるところが大きいだろう」
それを聞いても大きく驚いた様子を見せず、王は考え込む。歩みが少し遅くなっている。
「神の石は現時点で世界に二十個存在する。どれも実用性のある道具というより、イデオロギーや信仰に用いられている側面が大きいが…物質としての性質にも特殊なものがあるかもしれない。目下の政治的な問題点は、暗殺者が神の石を持っていたという点だ。一介の暗殺者が持ち出せるようなものではない。私の想像でしかないが、やはり貴族院が一枚噛んでいるとしか思えない。神の石を狙っていたという点を考えると、ますますそう考えてしまう」
「…貴族院って、いったいどういう人たちなんだ」
「分け与えられた国土を統治し、法と財政に携わるというのが主な役割だ。しかし、最近はその役割を十分に果たしているとは言えない。貴族院は現状に甘え、将来を捨てている。貴族院議長含め全部で十三名の貴族は、一部を除いて自分の利益のことしか考えていない。そして…」
王は立ち止まってシヴァドを見た。
「自分の利益のためならシヴァドを殺そうとするかもしれない」
シヴァドも立ち止まった。彼は人の凄まじいまでの悪意に触れた経験がない。当然人間すべてがそういった輩ではないが、それでも利益への執着や過去の実績による現在の正当化、あるいは過激な思想への信仰への陶酔などによって人間は歪みやすい。にしても素晴らしいクソっぷりではあるが。
「最悪の場合、国外に出ることをも考えねばならんだろう。勿論そうならないように各部も王も全力を尽くすだろうが、貴族院には重要な権力が集中しており、王がその権力を削ぐにも時間がかかる。貴族院がシヴァドを殺せば、国境での事件に関してこちら側の事件の証人はいなくなる。多少賢明ならその結論に考え至っただろうがな」
王の声にはわずかに憎しみが込められていた。足が止まっていることに気づき、二人は再び歩き出す。
「もしもシヴァドがここからいなくなったら、帝国との関係性はどうなる」
「この件が白紙に戻るか、言いがかりをつけてきたとして険悪になるかもしれないな。不気味なのは、その帝国の内部情報が一切公開されていないことだ。普通なら商人や旅人から国の情報は漏れるものだが、そもそも商人の通行もごくわずかだ」
俺たちは背の高い建物の前で再び足を止めた。
「ここは?」
「ギルドだ」
重いドアを開ける。正面に受付カウンターがあり、何人かの係員がその奥で客を出迎えていた。
「既にお二人をお待ちの方が部屋にいらっしゃいます」
一人の女性係員がカウンターから出てきて俺たちの前に立った。受付の両脇には広い通路があり、右側に案内される。
「こちらです」
通路沿いのドアが開かれた。
「あれ?シヴァド?」
トオガがソファから立ち上がって顔を綻ばせた。机を挟んでアザハもいる。
「なんでここに…?」
「私が呼んだんだ」
部屋の中には他にも、ギルドの係員らしき男性と、角の生えた黒髪の少女がいた。
「内容は違うが事件の証人が増えた。だから曖昧な扱いの証人三名とアザハで一纏めにして、ギルドを通じた呼び出しが容易になるようにする」
「ギルドって何ですか…?」
シヴァドが遠慮がちに質問すると、部屋の中の係員が説明を始めた。
「基本的には旅行に関する受付をする組織です。個人あるいは集団での通行手形を発行するのが主な業務です。通行手形があれば、国外のギルドでも身分を証明できます。また、集団での通行手形を持つ人たちのことをパーティーといいます。国からギルドへ、ギルドからパーティーへの情報伝達も可能になりますので、ある程度身分が保証された状態での広範囲の行動が可能になります」
男性係員は書類を机に置いて立ち上がった。シヴァドが部屋に入るのと入れ替わりにドアに向かう。
「軍部にいつまでも君たちを預けるわけにもいかないからな。手形の発行にはまだ時間がかかるだろうから、しばらくこの部屋にいるといい」
そう言い残して、王と係員は部屋を出て扉を閉めた。
「さて…俺はもう喋っていいのか?」
シヴァドはポケットから俺を取り出して、手のひらの上に乗せた。少女がわずかにこちらに視線を送って口を開く。
「それ、王様が持ってた」
「王様っていろいろいるけど…どんな王様だった?」
アザハが尋ねると、ゆっくりと頭の中を探してから答えた。
「ガルトディアって名前の王様だった」
「そんな王様いたっけ…?」
「いたよ。五千年前に」
首をかしげるトオガに、アザハが言い放つ。
「この国がまだ小さかったころの王だよ。勇者を輩出し、魔物との交流を深めたというのが主な功績とされている」
「…ん?じゃあこの子って、五千年前の子ってこと?」
「そうなの?」
本人もよく分かっていないようだ。
「生き物どころか、小石ですら時間を超えたことはきっとないだろう。でもこれまで起きたことを踏まえると、それ以外考えようがないかもね」
シヴァドはソファの端に座りながらそう結論付けた。
「しかも魔族か…現代じゃ見ねえな。それこそ五千年前、巨大な魔力の漏洩によってほとんどが滅んだって聞いてる。ある一つの種がいきなり消えるってのも不自然ではあるんだが」
トオガはその大きな橙色の瞳で、少女をしげしげと眺めながら呟く。少女は緊張して、拳を握りしめていた。シヴァドは俺を手に乗せたまま、少女に歩み寄る。
「僕はシヴァド。君は?」
「…クロナ」
「よろしく、クロナ。彼はトオガ。怖い人じゃないよ」
紹介されてトオガは笑おうとした。しかし作り笑いが下手らしく、奥歯の痛みをこらえているような味わい深い表情にしかならない。クロナは視線をそらさないように動き、アザハの隣に座る。
「どうも…」
「あんまり怖がらせないで」
おそるおそる頭を下げるクロナの頭を撫でながら、アザハがトオガを睨む。
「あの」
自分の膝を見ながらクロナが呟く。
「ここは、私のいた五千年後なんですか?」
「多分…そうだと思う」
長くぼさぼさの髪で表情は見えない。
「そっか…だから、お父さんもお母さんもいないんだ」
納得と自嘲が入り混じった声で、クロナは一言だけ呟いた。
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