第6話

会議場全体に緊張が走った。

俺としては、少し前までゴミ袋にぶち込まれていたプラスチックが会議で絶大な権限を持っているという現状に危うく大笑いするところだったが、押し殺すしかない。他のやつらはいたって真剣だろう。

「処遇と言っても、俺は基本的にシヴァドについていくだけだ。実際に処遇を決められるのはシヴァドだが…」

「お待ちください」貴族院議長が割り込んできた。「なぜ彼についていくのです?」

「俺は神話に属し、神話は魔力と関わる。そしてその魔力に関する研究の第一人者は恐らくシヴァドだ。だとすれば、俺の管理に一番適しているのはシヴァドだ。本当なら今日、研究成果を発表して似たような結論に辿り着いた研究者がいないか探すつもりだったが、実際はここにいる。現状、シヴァド以外の研究者に適任がいるとは思えん」

「研究成果…ですか?そんなものがあるのですか」

「そうだ、軍部議長。シヴァドさえよければ今ここでそれを発表してもいい。さっき俺が言った根拠の裏付けにもなる」

取るに足らない証人が、あっという間に話題の中心人物になった。

「あの、自分は今回証人として呼ばれたのですが…研究の発表というのは出すぎた振る舞いではありませんか?」

まだ戸惑うシヴァドに教育部議長が声をかける。

「証人というのは先ほどまでの会議での役割です。今は別の議題に移っていますので、むしろ妥当かと思います」

それで気持ちが決まったシヴァドは、自分の鞄から資料を取り出した。

「この後時間があるかどうか分からないので端的に済ませます。今回発表する予定だった研究の内容は、『魔法粒子仮説』です。簡単に言えば、この世の全ては魔法粒子という目に見えないくらいの小さな粒で構成されている、という仮説です。魔法粒子は様々な状態に変化し、状態によって粒子が保持できる魔力量が異なると考えられます。他にも様々な仮説はありましたが、どれも現在において大きな反例が存在するため、過去と現在の共通の法則とは言えませんでした。共通の法則を見出すことができれば、魔法が時間を問わない世界のルールであることを証明できます。そしてその魔法のルールを解く考えこそがこの仮説です。魔法は経験的に用いられこそすれ、その詳細な理論は組み立てられずにいました。この仮説が正しければ、魔法に関する学問は飛躍的に進歩するはずです。…概要は以上です」

すぐに何人かが手を上げた。貴族側で唯一手を上げた右端の女性が最初に発言した。

「他にも仮説があったとおっしゃいましたが、魔法粒子仮説以外の仮説と、その反例を何か挙げていただけますか」

「はい。魔法理論に関する研究は、狭いコミュニティの中では行われていました。その中で主流だったのが『魔法場仮説』というものでした。これは『魔方陣などによって生み出される、魔法を使える空間』が存在するから魔力をコントロールできるという仮説です。問題は、そういった空間が生じない、魔力の少ないとされる場所でも魔法を用いることができるという点です。魔法粒子仮説はそういった他の仮説も包括できるというのが長所の一つでもあります」

貴族からは質問が出なかったので、軍部の若い男性からの質問に移った。

「なぜ過去と現在に共通する法則でなければならないのですか」

「自分と先生は、元は魔法理論の研究ではなく神話の研究を主に行っていましたが、神話に魔法理論の断片を見てから研究を始めました。神話にも存在する魔法が同じ理論から成るものなら、神話を紐解くカギになるはずだと考えたので、時間的な要素を問わない理論を重視しています。また、過去の魔力が含まれる遺跡や魔法に関する遺構などに関しても研究が進むと考えられます」

他の質問にも淀みなく明確に返答していくシヴァドを見ながら、俺は次の展開を考えていた。

展開と言っても、それはシヴァド次第だ。もう一度山の中に戻って研究するだろうか?それとも世界を歩くだろうか?

行動は制限されうるが、周りの環境がどうであれ、自分の意思を選ぶことができるのは自分だけだ。俺はシヴァドの意思を尊重したい。

「…ほかに質問はありませんか」

研究者の少年は会場を見回して確認した。短い時間の間に一部の貴族以外の誰もがシヴァドを認めてゆくのが非常に愉快だったので、もっとなんか質問しろと思わないでもなかったが、時間は有限だ。

「質問は無いようだな。俺にとってこの仮説は、こいつの知識を裏付けるに十分なものと言える。じゃあ本題だ。シヴァドが今後どうしていくかということだが」

「その件に関して提案があります」

貴族の一人が立ち上がると同時に大声で割り込んできた。

「我々貴族院が彼の身柄を確保するというのはどうでしょうか?我々であれば彼を制御することができると思います」

「根拠を述べろ」

「我々貴族院は法を管理し、かつ軍部、教育部、生産部の三つの部署の上に立つ存在です。彼を制御するには妥当です」

「三つの部署の上に立ってるという理由が、なぜシヴァドを管理する十分な理由になるんだ」

「…はい?」

「今述べた理由はすべて、役職という観点からしか論じられていないが、じゃあ実行力があるのか?身分だけで他人を制御できると思ってるならそれは間違いだ」

貴族は硬直した。多少強引でもいい。俺の化けの皮が剝がされる前になんとか全部言いくるめてしまわねばならない。

「あの、提案してもいいでしょうか」

シヴァドが貴族を見て遠慮がちに言った。

「貴族というものがそれだけ高位にあるなら、自分のような素性の知れない人間を近くに置くのは危険かと思われます。なので、有事の際に最も迅速に対応できる軍部に身を置きたいと考えたのですが」

貴族院議長がシヴァドを無感情な目で見た。

「軍部、異論はないか」

「ありません」

視線を向けられた軍部議長が返答する。目に輝きがあったが、喜びか悩みか、その感情まで伺い知ることはできない。

「忘れるな、君たち軍部は貴族の管理下にある」

「もちろん心得ております」

軍部議長が深々と頭を下げた。他のことは軍部で決めるということになり、会議は終了した。冗談でも平穏とは言えない終わりに、誰もが釈然としていなかったが、ひとまず俺の存在は世間から隠されることになった。

太陽がまだ天高く昇っている時間に、俺たちは軍部の本営で解散した。こんなに早い時間に終わることは今までなかった、とマルべが呟いた時、心の底から介入して良かったと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る