第5話
堀にかかっている石橋を渡り、扉を通り、赤い絨毯が敷かれた建物内に入る。
入ってすぐ右側の大扉の先に向かい、通路の終端のホールに辿り着いた。古めかしい円形の会議場で、それぞれの席に役割が割り振られている。入り口の正面の席には誰も座っていないが、『生産部』と書かれた右手前側の席は既に人で埋まっている。右奥側に軍部とシヴァドが、左側に教育部が座った。
そのあとすぐに、十三人の豪奢な身なりの男女が部屋に入り、中央の『貴族院』の席にぞろぞろと座った。
間を置かず、おそらく代表らしき男が、全員揃っているのを確認して宣言した。
「お待たせいたしました、それでは王の季節の貴族院議会を始めます。当議会では各部からの要請に応じた『承認書』の発行と、この季節の予算分配を主目的とします。まずは軍部から」
どうやら『貴族院』が『軍部』『教育部』『生産部』が色々な許可を与えたり、予算を割り振る会議らしい。
軍部議長が立ち上がった。
「はい。今季は従来通り、全予算の三分の一を割り振っていただきたいと思います。用途は、兵士への給料、装備の確認及び整備、城壁や公道などの建造物の舗装です。ただ、今後アセタル帝国との関係性が大きく変化する可能性がありますので、それも考慮して来季の準備をしていただけると助かります」
「なぜ帝国との関係性が変化すると?」
貴族院の議長が軍部を眺めて問う。
「つい先日、帝国との国境付近で、我が国に住む魔法使いファーゼン氏と弟子のシヴァド氏が襲撃されました。様々な証拠によりその襲撃者が帝国の関係者であると予想されます。それを確認するために使者を送りたいので、承認書の発行を要請します」
俺はこういう会話を聞くのに慣れていないので、頭の中でいちいちまとめて整理しなければならないのが面倒だ。
いや俺に頭とかないんだけど。
軍部は貴族院に使者を送るための承認書を貰いたいようだ。使者を送って、ファーゼンの事件の経緯を帝国に教えてほしいと。
「帝国が絡んでいれば国家間の大きな問題となります。説明を求めるべきです」
貴族院の後ろで座っていた太った男性が立ち上がって答える。
「事態をむやみに荒立てて、帝国との衝突を生むべきではありません」
シヴァドの口が半開きになった。軍部議長は間髪入れず言葉を重ねる。
「もちろん帝国との衝突を求めているわけではありません。事態を確認し、解決まで導くのが目的です。その手段が闘争であってはなりません」
やり取りを聞いて手元の書類を眺めながら、マルべが呟く。
「シヴァド君。貴族院の人たちやその親や祖父は、先代王の時代に帝国からやってきて、帝国からの圧力を受けて重役となった。だが帝国にいる時よりもこの国にいたほうが待遇がいいのだ。戦争が起きれば帝国には保護されるが、財産は持ち出せないだろう」
「保身のために帝国との交渉そのものを拒否しようと…!?」
「私にはそう見えるよ」
シヴァドの表情が険しくなる。
「証人はいるのかね?」
「ここに」
軍部議長がシヴァドを見た。証人としてシヴァドが立ち上がる。
「はい、眼の前で私の師であるファーゼンが襲撃されました」
不信感を滲ませた声で少年は返答する。貴族院側の席に座る何人かがひそひそと話し合い、貴族院議長に何か小声で囁いた。
「…軍部による偽の証人ではないか?」
「な…」
想像よりはるかに冷淡な反応の議長の言葉に、軍部のほとんどが言葉を失った。
「お言葉ですが」
マルべが書類を手に立ちあがる。
「報告書もあり、目撃証言もあります。それに、まだ事件発生から一日も経過していない状態であるにも関わらず、彼を偽の証人であると仰いましたが、この短期間でそれを証明できる根拠もなく批判するのはいささか乱暴かと思います」
「マルべ君」
たしなめるように、貴族の一人が口を開く。
「君は時々歓楽街を歩き回っては、色々な店に入ったり、時には幼い女の子を連れて歩くそうだな。そういう人間が属している軍部をどのように信用すればいいのだね?」
マルべは苦笑いを浮かべた。
「それを質問したいのであれば別で尋問すればよろしいと思いますが、軍部の信に関わるということなら答えさせていただきます」
声を上げた貴族をまっすぐ見つめて返事をする。
「私は歓楽街とスラムを歩き、通常兵士たちが立ち入らない場所を視察しています。これは私だけでなく、軍部と教育部の議員が常に行っていることです。そういう場所に大勢の兵士で立ち入って、住民同士の絶妙なバランスを崩すことを避けたいので、個人で向かうのです。中には身寄りのない少年少女や、環境によって職を失った人々もいます。そういった人々に家や仕事を紹介するという制度です。疑わしいというなら、抜き打ちで歓楽街にでもいらして皆さんの目で確認してください。軍部、教育部共にやましいことはありません」
言い切ってマルべは座った。まさか揚げ足とる側のレベルがこんな低いとは思わなかったので内心驚いていると、軍部議長が「話を続けてもいいですか」と貴族議員に問いかけた。
「改めて、帝国への使者を出す承認書を発行していただきたいのですが」
「そうだよいいじゃねえか、承認書の一枚くらい」
しまった。
あまりにも煮え切らないのでつい口が滑って大声を出してしまった。
つい口が滑ったにしてはあまりにも声が響いたので、俺も怯んでしまう。この空間にいる全員の視線がシヴァドに注がれる。
「君から声が聞こえた気がしたが…君の声ではなかった」
貴族院議長が驚きに目を見開いて、呟くようにそう言った。
「あ~…すまんシヴァド…諦めてくれ」
困惑しながら渋々、シヴァドは俺を取り出して手のひらに乗せた。
「今の声の主は彼です」
会議場全体が混乱に包まれる。何回見ても、ただの喋るペットボトルのキャップにこんな動揺を示されるのは慣れない。
「神の石…!?」
あれだけ落ち着いていた軍部議長も、貴族院など知ったことではないというように俺を凝視している。
「すみません議長。慎重を要する話というのはこれのことです」
マルべもそう言って厳格な表情を浮かべているわけではなく、心底楽しそうな笑顔で深々と頭を下げる。てめえ何笑ってんだという言葉は嚙み砕いて、会議場の反応を眺めていた。
「おい落ち着け。別に危害を加えるつもりはない」
俺は俺がまあまあ大声を出せることに気づいた。
「会議を続けてくれと言いたいところだが、正直余計な質問が多くて我慢ならん。ここからの会議は俺が取り仕切る」
我ながらあまりにも強引だ。しかし俺の目的はできるだけすぐにシヴァドを安全な状態に置くことであり、そのために手段がどうとか四の五の言ってられない。
「会議の本題をとっとと終え、その後に俺の処遇を決定しろ!」
今や全員が俺の言葉に耳を傾け、差し込む日光からも音が聞こえるほどの静寂で満ちていた。
「それと、貴族院は要求した各部に対して最低一枚は承認書を発行しろ!いいな!」
後列に並ぶ貴族が、一番右端の女性を除いて一斉に慌て始める。
「し、しかし…」
「文句言うな!軍部からは予算の使用目的、および承認書の発行要請を受けた。他にはないか議長」
「留意事項はありますが、それらは現在書面でも問題ありません。後々の季節の会議で状況によって話します。軍部からは以上です」
「よし、次に教育部」
「同じく全予算の三分の一を割り振っていただきたいと思います。教員及び研究者の育成、教育設備の修繕、生活が困難な児童の保護が主な用途です。承認書ですが、各部の教育部との連携を許可する承認書を発行してください」
「何か意見はあるか貴族院」
右端の女性が、覚悟を決めた表情で華奢な手をすっと上げる。
「発言してくれ」
「承認書は発行しますが、これまでも似たような内容の承認書を発行してきました。これは非常に問題解決を遅らせるため、各部の人員がより自由に別の部と協力し、類似の件での承認書を発行せずともいいように法整備します。成果は来季に報告します」
彼女以外の貴族は唖然としてその様子を見ていた。
「ありがとうございます。教育部からは以上です」
「では最後、生産部」
大柄で太った、整えられていない髪の男性が立ち上がった。
「はい。我々にも全予算の三分の一を割り振ってください。用途は自然地形の把握及び地図の更新、農地の確認、農産物や畜産物の収集、設備や交通網の整備です。我々に承認書は不要ですが、次の光の季節はこれまでより乾いて、暑くなることが予想されます。来季は全予算のうち半分を割り振っていただきたいと思います。以上です」
「他に言うべきことはないか?」
誰からも返答はない。
「…じゃあ、俺の処遇についての話をしようか」
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