3輪目 恋心は演じられない

 薄暗くも準備で慌ただしい舞台袖で静かに佇む二人に声をかける。

 一人はお姫様の格好で台本を読み込む金髪の女の子、白金しろがね有海あみ

 もう一人は王子様の格好で目を閉じて調息ちょうそくする白髪の高身長女子、百仙はくせん詩織しおり


「有海ちゃん、詩織、今日の舞台頑張ろうね」

 

 彼女達は、私――鈴水れいすい夕見ゆうみが部長を務める演劇部の部員だ。

 詩織がまつ毛を揺らして目を開き、私を見つめ返す。

 その真っすぐな瞳に少し気圧されながら、言葉を続ける。


「詩織、あなたは役に囚われすぎないでね。あなたのアドリブは最高級なんだから。どんなアドリブでも大丈夫、わたしと有海ちゃんに任せて」


 詩織は今回の舞台の主人公の王子様役だ、けど出来れば別の役割を与えたかったと思う。

 なにせ彼女は、滅茶苦茶だが絶対に面白くなるアドリブを入れてくれるからだ、だからアドリブを入れやすい自由な役回りを与えたかった。


 けれども、高身長で凛々しい声を持つ彼女以上に王子役が似合う者は居ないのも事実だ。

 そんな事を考えていると、わたしの思考を読むようにウインクを返してきた。


「わかった、僕は自由に咲くとしよう。もし、惚れてしまったら摘んで帰ってもいいんだよ」

「……本当にあなたは王子役がピッタリね」


 芝居がかった口調だけど、これは役に入っているわけじゃない。

 いつもこんな調子なのだ、見た目といい前世が王子様なのかもしれない。


「えー、なんで私が詩織に合わせなきゃなの……こいつのアドリブはマジ厄介なのに」


 隣から会話に割り込んできた文句、ヒロインであるお姫様役の有海のぼやきだ。


「おやおや、お姫様らしからぬ口調だね。それはアドリブかな?」

「あーうっさい、マジでうざいわよ」


 お姫様の衣装が台無しな言葉使いの有海にわたしは肩を竦める。

 けれども心配は無い、彼女は普段から見た目も口調もギャルなのだが、劇の瞬間だけは人が変わったように役に入ると知っているからだ。

 私は壁掛け時計を一瞥し、手を叩く。


「はいそこまで、そろそろ開園だよ。妖精さんたちもよろしくね」

「「「はーい!」」」


 小道具の準備をしていた生徒達ようせいさんの元気のいい返事、妖精と言っても役名ではない、裏方として劇の演出に協力してくれる彼女達を私が勝手にそう呼んでいるだけだ。

 理由は二つ、彼女達の働きっぷりが、寝ている間に靴を作る妖精のようだという事と、


「しお×ゆう見たいなあ」「詩織先輩今日仕掛けるらしいよ」「え、そマ? もう今から尊い」「いやしお×あみの方が尊いし」「どっちも尊い……」「ちょっと! 同担拒否なんですけど」


 時折、人の言葉とは思えぬ意味不明な言葉で会話するという事だ。

 やっぱり何度聞いてもよくわからない言葉を聞き流しながら時計を確認し、未だにいがみ合う二人に声をかける。


「二人共、私は舞台に昇るよ」


 途端、いがみ合いがすっぱりと終わり、二人の纏う雰囲気が変わる。

 詩織は美しく前髪を払い、凛々しく良く通る声を返す。


「ああ、万人ひとを魅せる花になってみせよう」


 有海は強気そうな笑みを浮かべ、ニッと笑う。


「今日はマジ自身あるから、期待してて」

 

 わたしは心強い二人の言葉に頷いて、今にも幕が上がらんとするステージアクティングエリアに躍り出る。

 最初は有海の侍女役であるわたしの板付きから始まり、一つの台詞から物語が動き出す。


 緊張する間もなく2ベルが鳴り開演のベル、幕が上がる。

わたしは幕の向こうから現れた観客に向かって、物語の始まりを告げる。

 叫ぶように、恐れるように、舞台の上の侍女が叫ぶ。


『姫様、姫様! 隣国が、攻め入って来ました!』




【隣国に攻め入られ、有海侍女夕見と共に近くの森へ逃げ伸びる。姫が恐れる追跡者は隣国の王子詩織、しかし彼は既に国を裏切っており、想いを寄せる姫を守ろうと追って来たのだった】




 物語はつつがなく進み、いよいよ最後の見せ場に差し掛かる。

 わたしの傍には足を挫いて座り込む姫、そして目の前には白馬に乗った王子。

 衝撃の事実を伝えた王子に、姫が声を震わせて答える。


『では……あなたはこの首を求めているわけではないのですね』


 その様子はたおやかで繊細で、有海の普段の軽さは一片伺えない。


『はい、私は貴女を救うべく……大事な人に想いを伝えるべく、ここまで来たのです』

 

 誰かを想う様に胸を押さえて語る王子、やはり詩織は惚れ惚れするような響く声だ。

 有海と詩織もこれ以上ない程に完璧に演じてる、よしよし、順調。


『貴女は私の月なのです、私にとって大きな存在なのにまるで遠い。しかし、だからこそ貴女を欲しいと強く想った、この想いは私に国を捨てさせるほど強いのです』


 王子然とした台詞を終えたら、あとは姫の手を取って告白するだけだ。

 劇に幕を引くべく、王子は告白を口にする、


「あなたの事を愛しています、どうか、この僕の伴侶になってはくれないでしょうか」


 わたし侍女の手をとって。

 ――はあ!? いや自由にアドリブしろとは言ったけど脚本を破壊するのはやめていただけませんかね!?


 まさかのアドリブに虚を突かれ固まっていると、同じような反応をしていた姫が怒りの声をあげる。


「……は!? なに、抜け駆け!? なら私も告白するわよ! 部長、私も愛してるから!

部長は自分の事を地味って言うけど、そういう所とかマジ好きなの!」


 いや二人共何を言ってるの!? 


「先輩は黙っていてくれっ、負けヒロインはさっさと舞台袖にご退場願おうかっ!」


 剣(当たっても痛く無いやつ)を抜き、あろうことか姫に構える王子。


「はぁー!? 誰が負けヒロインよ! マジでムカつく、やってやろうじゃないの!」


 姫も姫である自覚が欠如しているらしく、ファイティングポーズで応戦。


『あの、姫様……足を挫いてる……設定……なん、ですけど……」


 訳が分からない状況に混乱しつつ、一応指摘してみる。

 詩織の剣(当たっても痛く無いやつ)が閃き、有海の蹴り(割と本気)が詩織を掠める。


 うん、駄目だ。もう設定なんて彼女達の頭から消し飛んでる。

 もはや完全に別作品と化した大立ち回りを演じるが、中々決着がつかないようで、次なる作戦に出る詩織。


「無駄な抵抗をっ! 誰かっ、力を貸してくれ!」


 彼女の呼びかけに、舞台袖から多くの妖精さんたちが現れる。


「仲間呼ぶとかズルっ! 誰かあのエセ王子を倒してっ!」


 有海も怒りを露にしつつ、同じ作戦を実行。こちらも同じくらいの妖精さんを召喚。


「全員、突撃っー!」

「あの王子に泣きべそかかせろー!」


 ときの声と共に激突する妖精さんたちは衣装の確認の最中に呼び出されたのか、制服に混じって色々な衣装が散見される、バーテンに侍、ビジネスマンに部族。

もう世界観が迷子すぎる。


「あみ×ゆう派は滅びろ!」「滅びるのはしお×ゆう派だあっ!」「でもどっちも尊いよね!」

「たけのこ派死すべき!」


 ぎゃあぎゃあわあわあ、わたしを放置してカオスが増していく。

 うん、わかった。

 これは、もう、無理やり閉めるしかない。


『わかりました、わかりました! じゃあもう二人と結婚しますからそれでいいですか!!!』




 大混乱の舞台が終わり、やっと更衣室に戻ると疲れがどっと襲って来た。


「はぁ……疲れた……」


 溜息をついていると、遅れて二人が更衣室に入って来る。


「二人共、お疲れ様。好評だったって妖精さんが言ってたよ……不思議な事に」


 労いへの返事はなく、何故か無言でわたしに詰め寄ってくる。


「え、え……どうしたの……?」

「部長、終幕はまだですよ」「うんうん、部長が言ったんだかんね」


 二人からの恐ろしい圧力に思わずあとじさる、何か怒らせる事を言ってしまっただろうか。


「な……何か言ったっけ?」

「言いましたよね、その可愛い唇で」「二人共嫁にするって……ね?」


 気づけば壁に追い詰められ、爛々と瞳を輝かせた二人に囲まれていた。

 え、ちょっと……? お二人、さん?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る