第19話 魂の操作法とエル

 前回のあらすじ

 いじめっ子たちに借金1億円を作ってしまった焔たちに代わって心月たちが地上型ダンジョンを攻略し、金を稼ごうとダンジョンを突き進む。ほとんどの敵をワンパンし続け、あっという間に最上階、ボス部屋にたどり着く。しかしそこに待ち受けていたのは先生たちも全く知らない巨大な異形の怪物。正体不明の相手に苦戦を強いられた先生たちだが、鏡平と心月が敵の性質を理解し、怪物を殺すことに成功した。まぁそんな感じなんで、怪物を倒した直後から始めまーす。


 魂を失った怪物の肉体が地面の切れ込みにドロドロと滴り落ちる。


 「神奈、早く回収しよう。」

 「あ、あぁ、うん。」


 神奈さんがガラケー型の機械を怪物にかざすと、怪物の巨大な体が一瞬で機械の中に吸い込まれる。


 「...で、なんであれを倒せたのかな?」

 「そうだよ〜。切っても潰しても電気を浴びせても駄目だったのに~」

 「真遊は切ったら分身したのに、何故鏡平の攻撃は通ったんだい?」

 「もしかしてだけどさ、あれに人間の魂が混じってたりした?」

 お、と感心したように心月さんが呟く。

 「神奈、当たりだよ。」

 「「「「「お~」」」」」


 悟さんたちがパチパチと拍手する。私もやっとこ


 「あれの中に5つ魂の塊があった。しかもその魂自体もたくさんの魂が合わさって形成されてたよ。鏡平がそれを上手いこと一気に斬ったってこと」

 「5つも...」

 「しかも面白いことにそれらに正の感情は感じられなかった。あーいや、負の感情が凝縮されてできていたって言ったほうが良いね。」


 ふむ、と、守花さんが下唇辺りに指を当て、考え込む。


 「負の感情が、か。具体的にどんな感情が多かったんだい?」


 えーっとね、と、少し頭の中で情報を整理するしぐさをする。


 「多かったのは憎しみ、妬み、怒り、あとは感情って言って良いかは分からないけど欲望が多かったように感じたね。」


 ん?と、神奈さんの頭に疑問が浮かぶ


 「でもさ、なんでそんなに負の感情ばっかり集まって凝縮してたの?」

 「うーん、さすがにそれは分からないな...ただ、一つ確実に言えることは、これは自然に発生したものではないってこと。」

 「え〜?じゃあ誰かがあれを呼び出したってこと?」

 「そう。普通はあんなに魂は凝縮されないし、ましてや負の感情オンリーはもっとあり得ない。例えるなら真夏にこたつ使うくらいにはあり得ない」

 「意外といそうだけど?」

 「いやいないでしょう」


 鏡平さんが即座に否定する。私もいないと思うわ。うん。


 「まあ今考えても何もならないだろうし、一旦忘れて早くダンジョンから出ようか。」

 「そうさね」

 「だね。お腹すいたー」

 「帰ったらうちの野菜でなんか作るかい?」

 「お〜。食べたーい」

 「じゃあ行きましょうか。」


 先生たちがボス部屋から立ち去ろうとすると。


 「...ん?」


 心月さんが何かを感じ取る。


 「心月先生?どうしました?」

 「モンスターの気配でも感じたのかい?」

 「いや...人間とモンスターが混じってるような気配がする。」

 「人間とモンスターが?」


 神奈さんが不思議そうに言う。


 「どこから気配がするかとか方向は分かる?」

 「あぁ、こっちだね」


 心月さんを先頭にボス部屋に再度入る。そして


 「ここかな?」


 着いたのはボス部屋の入り口から一番奥にある壁の前だ。パッと見何も無さそうだけどほんとにここなの?

 すると真遊さんが壁に耳を当てて音を探る。


 「...ここ、多分奥に空間があるね〜」

 「ビンゴだね。守花、ここを壊してくれるかい?」

 「あぁ、ちょっと離れておくれよ...はぁ!」

 ードオォォォン!!!パラパラパラ...


 守花さんから放たれた強烈な拳は壁をいとも容易く貫き、バラバラと崩壊させた。壁の奥にあったのは下へと続く階段だ。すんげぇなこの人たち。


 「じゃあ、行こうか」

 「「「「だね〜」」」」

 「もう実質ミーム汚染だろこれ」

 「鏡平く〜ん?ちょっと傷つくな〜」

 「あ、失礼でしたね。すいません。」

 「良いよ〜分かれば。それじゃ、さっさと行こ〜」


 は〜い。なんか力が抜けるなこれ。


 【隠し部屋】

 階段を下っていくと扉があり、鍵は掛かっていないようで普通に入れそうだ。


 「それじゃあ中に入ろう。」


 中に入るとコンピューターや大きな棚、小さめのベッドなどがあり、研究室のような空間が広がっている。


 「何だここ?研究室か?」

 「埃が全然ないね、多分最近も使われたんじゃないかい?」

 「いくつか資料もあるし、ちょっと調べようか。」


 デスクの近くにあった小さな本棚を見てみると、霊能関係の資料やダンジョンのモンスターに関する生物学の本などが置いてある。また、デスクの上を見てみると「魂の操作法」と書かれたノートが置いてあった。


 「なんだろうか、この胡散臭いタイトルのノートは」

 「ん~?見せて見せて~」

 「僕にも見せてくれないか?」

 「分かった分かった。それじゃあちょっと読むよ。」


 えー、ここからかなりの長文で、しかも内容もめちゃくちゃ重要!って訳では無いので飛ばしてもらっても大丈夫です。とゆうか長めの説明文苦手な人は飛ばしてくれください。



 【魂の操作法】

 1:魂の捕獲と選別

 魂を入手すると言っても生きている人間から取るわけではない。一応出来なくもないが、肉体に受肉しておらず、さまよっている魂を捕らえたほうがやりやすい。

 魂は主に墓地や人がたくさん死んだ場所、いわくつきの場所に群がる習性がある。互いを慰めあっているのか、なにか制約があり大きな場所移動が出来ないのかは分からないが、大抵は特定の場所に群がることが多い。

 魂を捕獲する方法は様々だ。物に魂が憑いたタイミングで魂を封印したり、儀式を行って呼び寄せ、万全の装備で捕らえたりなどがあるが、今現在、我々が取れる方法として最も効率的な手段は魂収集機【命の器】を使用し、一気に魂を集めることだ。

 しかし、命の器で一気に集めると正の感情が色濃く出る魂と、負の感情が色濃く出る魂がごちゃごちゃになってしまう。そのため保管する前に一度、保管室の前にあるスキャナーでどちらの感情が色濃く出るか判別する必要がある。


 2:魂の感情の固定、分離について

 しかし魂が正と負のどちらかの感情が色濃く出るからと言っても変化はする。そこで感情を固定することで魂を道具として使いやすくする。しかし、ここで問題となってくるのが「正と負の感情」と分類することはできても、「ーの感情のうちの〜の感情」という分類で固定するのはかなり面倒だと言うことだ。固定する際にそれぞれの感情を引き出し、持続させるための方法がそれぞれ違うのだ。例えば固定したい感情が「怒り」の場合、火の海に放り込んだり、保管している間ずっと騒音を聴かせ続けたりする必要があるが、「妬み」の場合は幸せそうな人間の声を聴かせたり、美味しそうな食べ物を食べている映像を流した状態で魂たちに生ゴミを与えるなど、それぞれの感情を引き出す手段は多種多様だ。ただ正直に言って、正と負の感情で分けられれば基本的には十分のため、そこまでこれは気にしなくても良い。

 肝心の正と負の感情を分ける方法だが正の感情で固定したい場合は魂に幸福感を与え続ける必要がある。負の感情にはストレスや苦しみを与え続けることで負の感情で固定することができる。これを行うに当たって罪悪感が湧き出るかもしれない。だがもう遅いのだ。魂を捕らえ、保管しようとしてる時点でほめられたものではないのだから。

 魂の感情の分離のメリットは、一つの魂から様々な感情を分けて取得できることだ。これにより魂の感情の固定では難しかった「ーの感情のうちの〜の感情」という分類が効率良くできるようになるのだ。しかし、魂の感情の分離には我々が開発した【単色の光彩】を使用する必要があるのだが、この機材の製造には地上型39の最上階のボスモンスター、【虹の番人・イムル】を討伐し、目を剥ぎ取る必要がある。ダンジョンのボスは時間の経過とともに復活するため一度取ったら二度と取れなくなるわけではないが、ヤツは正真正銘の化け物だ。前回ヤツを討伐するために組織から討伐隊が結成され派遣されたが、討伐隊40人のうち、帰ってきたのはたったの2人だ。しかも討伐隊の中には冒険者ランクでいうとAやSに相当する実力を持つ隊員が8人ほどいたのだが、そのなかでも戻ってこれたのは8人中たった1人だけだ。【単色の光彩】の扱いには細心の注意を払うようにしろ。


 3:魂の凝縮について

 魂の感情を固定、分離した時点で魂はただの物質となる。それらを凝縮することで膨大な魔力を持つエネルギーとなる。因みにだが感情を固定していない魂のみを凝縮した場合、非常に魂の形が不安定になり、魔力の代わりに膨大な負の感情が溢れだしてくるため、負の感情をもとに何かしらのエネルギーを作れるようになったときは魂の感情を固定しなくても利用価値のあるものが作れる、ということになるだろう。

 凝縮するには魔力を使用して魂を動かし、一つの魂に別の魂を融合させる。融合した魂は徐々に巨大化する。それを魔力で圧縮することで、魂の大きさを小さくし、密度が大きくなる。

 ただし、凝縮する際に正の感情と負の感情を混ぜると中和され、魔力が低下するためエネルギーとして使用する際はやらないようにすること。


 3:魂を物体や生物に宿らせる方法について

 凝縮した魂を物体や生物に宿らせることで膨大な魔力を保有できるようになる。これは感情を固定した魂ではなくてもできる。

 物体に宿らせた場合、膨大な魔力を保有できるようになるが、負の感情を宿らせた場合、物体の周囲にいる生物や、物体に触れた生物に危害を与えるようになる。いわゆる「呪物」だ。ただ、正の感情よりも負の感情のほうが魔力の保有量は圧倒的に多いため、安全を取るか性能を取るかは製作者の自由である。

 生物に宿らせた場合、宿らせた魂の感情がその生物に強く出る。複数個の魂を宿らせた場合、その生物の情緒がぐちゃぐちゃになり、制御が効きにくくなり、3つ以上宿らせた場合、体の形もぐちゃぐちゃになり、スライムのような異形の生物になる。そうなったら制御はほぼ不可能になり、魂を宿らせた生物は抗えないほどの破壊衝動に支配されるため、巻き込まれて殺されないように十分に注意するように。また、この魂を複数個宿らせることで起こるこの現象は正の感情でも負の感情でも変わらない。


 4:魂の進化、神化について

 まだこれらは私の仮説の領域に過ぎないがこれを見た者が私の仮説が正しいかを証明してくれることを期待して書き記して置こうと思う。

 あるとき私は【単色の光彩】の製造で行き詰まり、組織の上層部の人間からの期待と言う名のプレッシャーもあったからか、抑えていた苛立ちや怒りが爆発し、研究資料の一部であるまだ捕らえて間もない活発的で感情の固定もしていない魂に渾身の攻撃をぶつけた。やってはいけないことだと頭の中では理解していても、正常な思考などできない怒りに支配された状態では遠慮や罪悪感などは微塵も感じることができなかった。感じたのは優越感だ。誰かの上に立っていることを強く実感することから現れるゾクゾクとした感覚と、自分は特別なんだと感じられる心地よさ、そんな罪の上に成り立っている幸福感に浸っていると、それは起きた。

 破壊した魂の残骸から謎の粒子が溢れ、まだ破壊していない魂がそれに触れた瞬間、魂は大きく揺らぎ、活性化したように見えた。これを何回も繰り返し、粒子を多量に吸収した魂は何か別の次元に到達するのではないかと私は考えた。生物として、現在生態系の頂点に立っている我ら人間よりもさらに上の領域に足を踏み入れされることができるのではないのかと考えた。

 魂の神化は魂の進化の極地に位置するものだと私は考えた。複数の進化した魂を犠牲に強化することで、進化した魂がさらなる領域へと到達するのではないかという考えだ。しかし、魂の進化もできていないのだから魂の神化なんてものはただの夢物語だ。だが、試す価値はある。現代の人間の力では到底辿り着けない神の領域、そこに足を踏み入れられる生物が作れるかもしれないのだ。あぁ、これを見ている者よ、私の意思を継いでくれ。そして作り上げるのだ。人を超えた生物を。



 「...これでノートは終わりだね。」

 「少なくともここに人がいたこと、その人は魂の研究を行い、魂をとんでもない使い方で使ってること、そしてこの人が所属している怪しげな組織があることは分かったね〜。」

 「このノートは持ち帰ろう。興味深いことも書かれていたし、何より組織の別の人間に見られたらこの魂への冒涜と言える行為が今後も起きてしまうからね。」


 全員がうんうん、と頷いている。とゆうかこの人は魂が見えてるっぽいけど、後継の人はどうするんだろ。能力で見えてるんだとしたら同じような能力が遺伝無しでそんなポンポンと発現するとは思えないし。


 「組織がそういう能力を持った人材を集中的に集めているか、もしくは魂が可視化できる道具か機械があるのかだろうね。」

 「さてと、ここ以外にも2つくらい部屋があるみたいだから早いとこ調べ尽くそうか。」


 先生たちが一斉に立ち上がる。あんだけ長い話だったんだし足痛くなってそう。


 「お宝ないかな?」ワクワク

 「無いと思いますよー」

 「ははっ、まぁ期待するだけタダなんだしいいじゃないか。」


 そう話しながら心月さんたちが左の扉をガチャッ、と開けて中に入ると、さらに扉が3つあり、それぞれの扉の横に看板がある。一番左から順に

・保管室・機材室・実験室と書いてある。


 「うーん、これは手分けしたほうが良いか?」

 「そうですね。あとは誰か先に反対側の部屋も調べに行ったほうが良いかもしれません。」

 「じゃあ僕が反対側の方を調べに行ってくるよ。」

 「あ、じゃあ私も〜」

 「じゃあ反対側の部屋は2人に任せて僕たちはこの3つの部屋を調べようか」

 「じゃあ私は実験室に行こうかねぇ。」

 「あ、じゃあ私は機材室に行くよ。なんか良さげな物があったらいただこうかな」

 「ほどほどにしてくださいよ」

 「じゃあ僕と鏡平は保管室に行こう。それじゃあ調べ終わったらここに集合してくれ。それじゃあ調べ始めよう。」

 「「「「了解〜」」」」

 「はい、了解でーす。」


 心月さんたちはそれぞれ探索を始め出す。それじゃあ今回は心月さんと鏡平さんの様子を見ますか〜


 【保管室】

 中に入るとまた扉があり、その扉の横には謎の機械が鎮座している。


 「これが例のスキャナーですか。」

 「多分入れ物とこのホースを繋いでスキャナーに魂を送るんだろうね。それで...」


 スキャナーの後ろを見ると、極太のホースが部屋に繋がっているのが見えた。


 「スキャンしたものを自動で送ると。かなり自動化されてるっぽいね。」

 「ですね。自動化できるほどの資金があるのか、それともわざわざ自動化して効率を上げるほど、この施設が重要なのか。」

 「まあ良いさ。早く中も見てみよう。」

 「ええ。」


 さらに中に入ると透明のケースが部屋中に並べられている。ただ、私目線ではケースの中は何も入っていないように見えます。


 「あーやっぱりか。普通は見えないからねこれ。」


 あーやっぱりなんかあるのか。じゃあ心月さんの視覚を共有させてもらいまーす...あー、なるほどね。


 「いるでしょ?」


 はい。ケースの中に様々な色や大きさの火の玉が空中でゆらゆらと揺らめいている。


 「普通は魂の色はエメラルドグリーンみたいな色だけで、感情が強く出ると一瞬だけ色が変わるんだけど...」

 「いくつか変わった色の魂がありますね。赤とか青とか」

 「これが感情が固定された魂ってやつかな?」


 心月さんが顎を抑えて考え込む。


 「やっぱちょっとひどいね、これは。」


 そう呟く心月さんの声に怒りが宿っているような気がした。


 「ですね。でも感情を固定された魂を元に戻す方法は分からないですから、この膨大な量の魂を全て何とかする方法は無いでしょうね。」

 「まだ無事なやつを持って帰るかい?」

 「ええ、そうしましょうか。」


 心月さんたちが奥に行くと、エメラルドグリーン色の魂がいくつか保管されているケースを見つける。


 「【腹切り】」


 鏡平さんが刀を振りぬき横一文字に薙ぐ。横一直線の巨大な斬撃がケースに直撃し、分かれたケースの上部がゴトン!と大きな音を立てて地面に落ちた。

 ケースの中に囚われていたいくつもの魂たちは一目散に出口に飛んでいく。まるで獲物に襲い掛かる肉食の鳥のようだ。解放された魂の多くは心月さんと鏡平さんの周りで踊るようにくるくると回って飛んでいる。まるで二人に「ありがとう」と感謝しているように見える。

 少しっ経って


 「さて、ここの探索はこんなもんだな。」


 心月さんと鏡平さんの周りにたくさんのエメラルドグリーン色の魂が群がっている。楽しそうにくるくると飛び回っているもの、その場にシン、と佇んでいるものなど、魂ごとに行動は様々だ。

 心月さんと鏡平さんは感情が固定されていない魂が保管されているケースをすべて破壊し、なかの魂を根こそぎ外へ解放した。そのおかげで心月さんと鏡平さんは魂たちにたくさん寄り付かれている。もし魂たちに肉体があったら2人はもみくちゃにされていただろう。


 「じゃあ集合場所に戻ろうか。」

 「了解です。」


 2人が部屋から出ると


 「「は?、は?」」

 は?

 おっと、ごめんなさい。2人は同時に同じようなポカンとした顔で困惑した声を上げた。

 えー、何があったのかと言うとですねぇ...


 「マ、ママ...あのおじさんとおにいちゃん、だれ?」

 「あはは、心月、鏡平君、驚かせてしまったね」

 「私達もびっくりしたんだよ〜。エル、この人たちはパパとママの友達だから怖がらなくて良いよ〜」


 真遊さんの後ろに知らない女の子が真遊さんに隠れるように立っている。しかも、その女の子は真遊さんを「ママ」と呼んでいる。えーと...は?


 「えーと悟、何があったのか説明してもらっても良いかな?」

 「もちろん。こっちから話さないといけないことだしね。」


 悟さんが笑顔で応答する。じゃあ悟さんと真遊さんに何があったのか、見ていきましょうか。


 【保管室(特殊)】

 中に入ると、牢屋のように鉄格子で仕切られた部屋がいくつも並んでいる。

 牢屋の中には周りに赤い液体が染み込み、何とも言えない物体が腐ったような独特の匂いを漂わせ、まるで乱雑に片づけられた布団のように互いに重なり合っている物が見える。重なっている物からは白のような茶色のような色の棒状のものが飛び出ており、棒に赤い液体が付着し、先端にある小さな棒が5本生えている部分は重力に従いだらりと垂れている。また、先ほどのものよりも太く、先端の部分の形も全体は大きくなっているが、先端の5本の棒はさらに小さくなり、先ほどのものと同様に重力に逆らうことなくだらりと垂れている。

 紛れもなく人間だ。いくつもの人間の死体が積み重なり、山のように大きくなっている。


 「...」


 悟さんがふわっと優しく鉄格子に触れ、少し俯く。


 「...大丈夫?悟」


 悟さんのぷらっと垂れた手を真遊さんが優しく握る。人の温もりが伝わり、悟さんの心を平静へと誘う。


 「...あぁ、大丈夫。ありがとう」

 「むふふ〜、このまま手繋いだまま進む?」


 いたずらっぽくニヤッとしながら繋いだ手を少し上に上げる。

 悟さんは少しドキッとするが、すぐに平静に戻ると口角を少し上げ


 「じゃあそうしよっかな〜」


 真遊さんの顔を見ていたずらっぽく揶揄い返した。

 真遊さんの顔がほんのりと赤くなり、目線が悟さんの顔からそれる。しかし手を握る力は強くなり、さらに熱が手を介して伝わる。おーおーお熱いですなーお熱いですなー(^ω^)


 「こ、心ちゃん!?か、揶揄わないでよ〜!」


 真遊さん真遊さん、顔がリンゴみたいに赤いっすよ(笑)


 「も〜!悟、早く行こ!」

 「はいはい」


 頬を膨らませて悟さんの手を引っ張り、先へ進んでいく。多くの牢屋には骨や生物の死体、あとはよく分からない異形の怪物が中にいた。最初に死体の山を見て、「ここはこういうところだ」と覚悟ができたからなのか、はたまた手を握って歩いたから「自分の隣には味方がいる」ということを強く感じることができたからなのかは分からないが、悟さんも真遊さんも立ち止まることなく奥に進み続けた。

 すると


 「...ん?真遊、ストップ。」


 何かを見つけた悟さんが真遊さんを止める。二人の足が止まると真遊さんが悟さんのほうを向いて質問する。


 「どうしたの?」

 「ちっちゃな女の子がいる。しかも生きてる」

 「え?」


 悟さんの目線を追うと、汚れたボロボロの白い服を着た5歳ほどの黒髪の少女がちょこんと座っていた。足には鎖が繋がれており、少女の目は虚ろで、まるで考えるのを止めているかのように感じる。また、その牢屋は他とは違って鉄格子の奥に一枚のガラスが設置されている。


 「中に入ろう。」


 牢屋を開けようとするも、当然鍵がかかっており

 ーギュルル、ガァン!!バリィィィン!!!

 えー、悟さんが鉄格子に木の根を巻き付けて思いっきりこじ開けた後に真遊さんが風の刃でガラスをぶち壊しました。風花が一切躊躇なく体育館の倉庫の扉ぶち壊せたのはこの人の影響だな確実に。


 「これで入れるかな?」

 「そうだね〜...あれ?何かなこの機械」


 牢屋の入り口の右横にタッチパネルが付いた機械が置かれている。


 「下手にいじらないほうが良いと思う。それより今は早く中に入ろう。ガラスの破片飛び散ってるから気をつけてね。」

 「分かってるよ〜」


 2人が中に入ると、そこには鉄格子すらなく、真っ白な壁に囲まれた部屋だった。中心には少女がちょこんと座っている。


 「...あれぇ?」


 戸惑う真遊さんの隣で悟さんは顎に指を添え、考え込む仕草を取る。


 「もしかしてさっきの機械で牢屋の中からはガラスが白い壁に見えるようにしてるんじゃないかな?」

 「あ〜そうゆう感じか〜。それより今はあの子だね」


 悟さんと真遊さんが少女に駆け寄る。少女の髪はボサボサに伸び、よく見ると腕や足、顔に薄い傷がある。


 「...だれ?」


 少女が小さく問う。小さくだが少女の体はガタガタと震え、目が若干潤んでいるように感じる。明らかに怯えているのが分かる。


 「落ち着いて、僕たちは悪い人じゃない。大丈夫、君には何もしないから。」

 「...ほんと?」

 「うん、本当だよ〜。だからお姉さんに色々教えて欲しいな〜」


 少女はこくん、と大きく首を縦に振る。


 「まず、自分の名前は分かる?」

 「...エル」

 「そうか〜良い名前だね〜。じゃあお父さんとお母さんのことは覚えてる?」


 ふるふる、と首を横に振る。


 「ご飯はちゃんと食べてる?」


 こくん、と首を縦に振る。


 「みどりいろのごはん、いつもたべてる。」

 「えっ...」


 真遊さんが一瞬戸惑う。しかし、すぐにいつもの調子に戻って話し続ける。


 「最後に、お姉さんたちと一緒にお外に出たい?」

 「!でれるの!?」


 エルの顔がぱあっ、と明るくなる。


 「うん。一緒に行こう。」


 真遊さんがエルの頭を優しく撫でる。


 「うん!」


 エルが元気よく頷いた。

 突然、パキンッ!と何かが壊れる音が耳に入る。音の方を見てみると、悟さんがエルの足に繋げられた鎖を木の根で引きちぎっていた。


 「出よう。2人とも」

 「りょうか〜い」

 「うん!」


 エルがガラスを踏まないように先に真遊さんが出て、その後に悟さんがエルを抱き上げ、バケツリレーのように真遊さんに受け渡す。3人全員が出ると、全員で手を繋いで出口へ歩いていく。エルはよたよたと、少し足元がおぼつかないが、それでも懸命に前に向かって歩く。


 「そういえば名前を言っていなかったね。僕は草葉悟、悟って呼んでね。」

 「私は天羽真遊、真遊って呼んでね〜」

 「...パパ」

 「「え?」」

 「パパとママって、よんでいい?」


 予想外の発言に悟さんと真遊さんは顔を見合わせるが、互いに頷き合うと


 「うん、エルがそう呼びたいならそれで良いよ。」

 「ふふっ、じゃあ私たち、これから家族だね〜」

 真遊さんがまた揶揄うように言うが、悟さんはドキッとはせず、

 「そうだね。でも」


 そこまで言うと、真遊さんの顎に指を置き、自身の唇を真遊さんの唇と重ね合わせる。チュッ、という音が耳に届き、唇を放すと悟さんが笑顔で真遊さんと目を合わせる。


 「プロポーズはまた今度したいから今はこれで勘弁してね。」


 真遊さんの顔が今までよりもさらに赤くなり、ふしゅぅぅ、と音を立てて顔から湯気が吹き出しそうになっている。

 そんな2人をエルは不思議そうな顔で眺めていた。

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