第三話 冒険者ギルド


 燦々さんさんと照り輝く太陽、心地よい風が全身を撫でつけるような朝、俺はとある場所に足を運んでいた。


 パリロ村から馬車で半刻一時間。パリロ村とリロ村に挟まれた中央にさかえる街、トランガルド。その中央広場。


 眼前の建物を見やる。


 視線の先には、長い何月ねんげつで古びてきたのだろう僅かに禿げた煉瓦レンガであしらわれた大きな建物がっており、正面から見えるいくつもの窓からは、腰に剣を携えた無精髭の男性や杖を持った妙齢の女性などといった様々な冒険者たちで賑わっているのが確認できた。


 そこから首を上げ視線を上に向けると、建物中央上部に看板が飾り付けられており、冒険者ギルドと刻字されている。


 冒険者ギルド。


 それはよわい十二歳から受けることができる、試験の合格者のみが来訪を認可されている場所である。


 先日、父バリーから合格判定を貰った俺は、ギルドから指定された日にここへ来たという次第だ。


 もちろん自分的には逸早いちはやくでもギルドに行きたかった。しかしなにか理由があるのか、先方から指定された日でないと受付はできないとのことで、仕方なく我慢していたわけなのだが…。


 いよいよ今日、その念願の冒険者ギルドというわけだ。胸が大きく高鳴り、高揚感が抑えきれない。


 なんとか荒ぶる胸の鼓動を鎮め、すぅっと息を吸い込んで深呼吸―。


「よし」


 覚悟が決まったところで、未だ小さき身の自分では余りある大きな扉をゆっくりと開けた。




 ギルドの内観は意外と小綺麗で、細い四角柱でへだたれた受付口が複数設けられており、まるで市役所のようだった。


 中に入ると賑やかな話し声や多くの人から生まれる喧騒が俺の耳に流れ込んでくる。


 見知らぬ場所ってのは緊張しつつもその実、興味が掻き立てられるもので、至る所から聞こえる冒険者たちの声が今の俺には新鮮に感じた。


「おう、ごめんな坊主! そこどいてくれるか?」


 呆然と立ち尽くしギルドの様子を伺っていると、ふと隣から声が掛けられた。


 どうやら俺が出入り口の前から動かないもんだから出るに出れなかったらしい。ハッと我に返り謝罪する。


「あ、ごめんなさい!」

「そのなり、新米冒険者ってところか! ガハハ! 初々しいねぇ、男にゃ辛い世界だが、頑張れよ坊主!」


 背中に大剣を担いだスキンヘッドの男は豪快とも呼べる様子でそう言い、ひらひらと手をかざし去っていった。


 え、スキンヘッドのおっさんカッコ良すぎん? 俺もあんな先輩風吹かせて〜!


 しかし、坊主頭に坊主と言われる日が来ようとは。


 ……おっと、またこうやって立ち尽くしてると邪魔になってしまうか。


 とりあえず俺はギルドから指定された受付窓口を探そうと周りを見渡したときだった。見たことのある後ろ姿に目がとまった。


 赤銅色しゃくどういろの巻き毛、身長は子供のそれであり、脳に染みついた嫌な記憶がいくつも呼び起こされ、否応なしに固唾を飲んでしまう。

 赤銅色の長い髪をカール状に巻いている子供は俺の知っている限りでは一人しかいない。


 体が咄嗟に臨戦体制に入った。

 反射的といったらいいのか、別に意識してやってるわけでなく本能がそうさせたのだ。


 今はまだ前方にいる女性に夢中でこちらに気づいていないようだが気付けば襲ってくるかもしれない。

 ここは気付かれないよう立ち回らなくてはと思った矢先、窓口番号7と表記された字が赤銅髪の彼女の隣に見えた。


 あ、無理なやつだこれ。


 なんの運命か、赤銅髪の彼女がいる受付窓口こそが俺の指定されていたところだった。


 気付かれないことは早々に諦めざるをおえない。もはやギルドに来た時のわくわくやドキドキはすでに消え失せていた。

 用心しながら窓口の方へ進んでいくと、彼女の視線の先にいた女性がこちらに気付いたようだった。


 いかにもな服装を見るに、ギルドの案内役や受付嬢といったギルドの職員の人間だろう。


 年の頃は二十歳をいくつか超えたあたりと見える。

 黄金色の髪をポニーテールのように結っており、男のロマンをこれでもかと詰めたような見事なお胸が制服の下から主張していた。

 女性ながらに身長も高く、スタイルも良いことから立ち姿が絵になるとはまさに彼女にふさわしい言葉だろう。

 透き通るような翠玉色エメラルドの瞳がまっすぐこちらを見つめている。


 職員さんは俺を見つけるやいなや、笑顔を浮かべこちらに手を振ってたずねてくる。


「シルクくんですか〜?こっちですよ〜!」


 快活な声もさることながら、彼女が手を振るごとに体に付随している大きなお胸ロマンが制服に縛られているにも関わらず、懸命に主張していた。



 おぱ、おっぱおぱぱおぱーーーーーい!!!


 おいおいおいおい、いくら俺が親に性の感情が向かないっていっても、綺麗なおねいさんにはそりゃあもう、子供ガキみなぎるような性欲が向くってもんですよ! そんなぶるんぶるんさせちゃってぇ! そっちの魔物を退治させてください!!!!!



 おっと。心の奥底で飼っているとんでもない性獣が顔を出しかけたが、不屈の精神でなんとか自制し、俺は職員さんに導かれるままそばまで駆け寄った。


 近づけば近づくほど大きく見えるおぱーい。


 耐えろ俺! 負けるな俺! おっぱいなんかに負けるな! ガンバェ〜!◯◯キュア〜!


「こんにちは、シルクです。もしかしてお待たせしちゃいましたか?」


 申し訳なさそうに、かつ全力の上目遣いを使い俺は問いかけた。

 もちろん、子供の上目遣いは最強だって自負しているからこその行動だ。


 一応指定された時間は守っているはずだが、待たせているのなら謝っておいて悪いことはないだろう。


「いえいえ、そんなことはありませんよ! ようこそ、冒険者ギルドへ! 私はギルド職員、受付嬢のフェリス。私たちギルド一同はあなたがたを歓迎します」


 そう口にしてフェリスさんは丁寧にお辞儀した。


 子供に対しても、こうして礼儀よく接してくれるのは好ましく思える。

 仕事上だとしても、笑顔で丁寧に接してくれているとやっぱり気分が良いものだ。自然とこちらも笑顔になる。


 その後フェリスさんは顔を上げ、俺たちに再度微笑みをなげかけた。


 そう。フェリスさんの眼前には俺含めて三人集まっている。


 ちらと横を見やる。


 案の定というか赤銅髪の少女はレベッカであった。

 人形のような端整な顔立ちはこの六年でさらに美しさに磨きがかかり、何者をも寄せつけない孤高の雰囲気を纏っている。街や村を歩こうものなら同世代誰しもが、はっと目をひく美少女だろう。


 まぁ俺から見ればただの暴力ゴリラ女なのだが……。


 本日も彼女は白のブラウスを着ていて、ブラウス上からは少し膨らみかけの胸が頑張って主張していた。

 幼い身体から大人の女性に順調に成長していってる証だ。


 しかしそんな外見とは裏腹に、最近ではレベルが10になったこともあり、横暴な態度にも益々拍車がかかってきていた。


そんなレベッカゴリラ女は、こちらに襲いかかってくることはなかったが、鋭い眼光をこちらに向け、口をひらいた。


「こんなやつ歓迎しなくてもいいわよ。どうせ魔物の餌になるんだから」


 と、一瞥をくれたあとすぐに顔を背けた。


「レベッカちゃんの言うとおりだな。聞いたよ、お前レベル0なんだって?」


 すると、レベッカに同意するようにこちらに問いかける者がいた。


 声のした方を見ると、灰色の髪をツンツンと上に逆立たせている少年が嘲笑を浮かべている。


 外見は髪の色と同じ灰色の上着、銅の胸当てをしていて大きめの鞄を背負っている。黒のズボンに革靴を履いており、腰には中型の剣を携えていた。


 憎たらしくも少し男らしい顔つきをしており、それが嘲笑している表情と相まってなんともムカつく。

 見たところ俺たちと同じ十二歳だろう。


「そうだな。俺のレベルは0だ」


 そんな彼の問いかけに俺はうなずきを返した。

 すると、その返答がどこか面白かったのか、そいつはけたけたと笑い出した。


「あはは、まじでレベル0なんだな。いったい前世で何やったらそんな目にあうんだよ! ぷっ、くふふ」


 徹夜でエロゲやって、トラックに轢かれたらこうなりましたが? なにか?


 心の中で憤慨しつつも、これ以上構っても仕方ないと考え無視することにした。


 するとフェリスさんが、誰が見ても恐くないだろうかわいい怒り顔を浮かべて口をひらいた。


「こら! だめでしょ、そんなこと言っちゃ。今からこの三人で編成チームを組んで出発してもらうんですから、仲良くしないと」


 フェリスさんの言葉に俺たち三人は大きく目を見開いた。

 むろん、編成チームを組むという発言に驚愕したのだ。断じてフェリスさんのぷりぷり顔にときめいた訳ではない。ない……。


「待ってくださいよ! レベッカちゃんと一緒なのは願ってもないことですが、こんなやつと組めだなんて……」


 少年は俺に指を差して抗議の声をあげた。


 しかし、そんな少年の抗議に意を介すこともなく、フェリスさんは尚も続けた。


「ギルドの規則によって、初心者冒険者のかたは三人一組の編成チームを作るようにと、定まっています。これは死亡率を下げるためでもありますし、同世代の者との連携の経験も目的としています」


 要するに初心者のうちは、一人は危険だから三人一組スリーマンセルで行動しろとのこと。……恐らく優秀な者がなんらかの形で死亡してしまうリスクを考えての措置なのだろう。


 しかし連携か。実際、俺一人で狩りに行きたいところなのだが……。


 それはレベッカやソルドも考えていたらしく、連携という言葉に目を細めた。


 そんな俺たちの想いを察したのか、フェリスさんは真剣な面持ちで語気を強め、言葉を続けた。


「あなた達は何か勘違いしていませんか? 同世代の者よりも大人と協力して安全に狩ることのほうがいいのではないか。そもそもの話、魔物ごとき自分の力だけで簡単に屠ることができる。と、そんな風に考えているのではないでしょうか。

……たしかに大人の力を借りれば簡単に魔物を倒すことができるかもしれません。しかし、あなた達は言わばお荷物以外の何者でもないのですよ。そんなとき互角以上の魔物に相対したら、どうなると思います? お荷物を引っ張って逃げきることができると思いますか?

それに、あなた達がそんなぬるま湯で育っていったとしても、いざと言うときに対処できず、あっさりと死ぬでしょう。それくらい現実は非情で残酷です。一人で倒せるなどという思い上がりも、魔物というものを知らないから出てくる発想で、それがどれだけ愚かなことかすぐに理解するでしょう。

私たち人間は一人一人では弱い存在だということを学ぶ良い機会だと思います」


 ま、規則は規則なので守ってくださいね。とそれまでの雰囲気が四散するような笑みで言葉を締めた。


「「「…………」」」


 俺たちは何一つ言えなかった。

 沈黙だけが静寂をつらぬいていく。


「また、危険だと判断したらすぐに撤退してくださいね。いくら許可書に判を押されているからといっても、無意味な死を遂げることはギルドにとってもかんばしくありません」


 先ほどの胸に突き刺さるような教えを聞いたあとだと、ギルドのこの措置はさも当然だと思えた。


 しかし、ここである疑問が浮かぶ。

 前世を生きてる分、他二人より精神年齢が高い俺が率先して聞かなくてはいけないだろう。


「その場合、報酬金などはどうなるんですか?」


 聞いたところ、報酬金は三人で均等に山分けになるらしい。


 これはちょっと如何いかがなものだろうか。これでは貢献度がどれだけ低いやつがいても、そいつは報酬金が貰えてしまうことになってしまう。


 しかし、先ほど聞いた教えが頭をよぎった。


 なるほど、そういう奴ほど先に死んでいく世界か……。


 また新米冒険者は、一ヶ月経てば一応一人でも魔物の生息地に行く許可が貰えるとのこと。


 これは認可が降りなければ無理らしいが。



 もともと俺はレベルを上げる云々よりも実際には報酬金が目当てだった。


 この世界では不思議なことに、魔物は倒された際にドロップ品を落とすのだが、それをギルドに献上することで報酬金としてお金が貰える仕組みが出来上がっている。


 俺としては目的のため、どうしても報酬金が必要だった。


 その目的とは、ある場所に入学するため。



 セントマリア学園。【えちダン2】の舞台である。



 転生したての頃は、俺つえええ!!!ができると思っていたら、レベル0のクソ雑魚であることが判明した俺なのだが、なにも冒険者以外の道を考えていなかったわけではない。


 この世界には鉱石や魔物のドロップ品などを使って武器や防具などを作ったりする生産職も存在する。

 両親には、そちらの生産職への道や一般職への道をよく勧められたものだ。

 レベルが0なのだから死の危険性リスクが高い冒険者は親としてもやってほしくない訳である。


 しかし、それでも俺は冒険者を目指すことにした。


 それはなぜか。


 一つは、せっかく剣と魔法の世界に来たのに、戦わずに生を終えてしまうのは勿体無い気がしたからだ。生産職も魅力的だが、男ならやっぱり冒険譚に憧れてしまうってものだろう。


 もう一つは、この世界がエロゲ世界だったからということだ。未だに【えちダン2】の登場人物たちには出会ってはいないが、もしいるのだとしたら、彼女らと冒険をしたいと思うのはゲームプレイヤーとしては当然のことだろう。あわよくば、ぐへへな関係になりたいと思うのもごく自然のことだった。


 だから俺は戦う道を選択した。


 そして、やはり後者を叶えるなら【えちダン2】の舞台であるセントマリア学園に行くことは必然であった。


 セントマリア学園。それは優秀な人材を育成する学園機関であり、この世界唯一のダンジョンと呼ばれる存在がある場所でもある。


 このセントマリア学園に入学する方法は二つ。一般入試と推薦入学だ。


 一般入試は当然の如く、入試を受けて合格したうえで金を払い学園に通うものである。


 無論、優秀な冒険者を育成する機関なので、筆記試験のほかに実技試験などがあり、おおよそは実技試験の結果が学園の合否を大きく左右すると思うのだが。


 そして後述の推薦入学はその名のとおり、学園の教師や学園長から推薦状をうけて入学できるといったものだ。

 これには試験はなく、入学金や授業料など、諸々の金銭も取られない。

 優秀な者は金など気にせず、世代を担うくらいより優秀に育ってほしいってことだろう。


 【えちダン2】の主人公がこの推薦入学にあたる。かの主人公は、男では珍しく高レベルだったことで学園長から推薦されていたはず。

 ゲームプレイ時は全く興味のなかった設定だが、殊更ことさら今においては非常に羨ましい限りである。


 もちろん俺は一般入試。

 そのため、多大な金が必要というわけである。


 必要な金額は、平民の俺からしたら遠いところに位置するので、沢山倒して資金をはやく集めたいという想いがあった。そもそも平民に手の出せる金額ではなく、平民が入学するときは大抵推薦なのだそうだ。


 では誰が一般で受けるかというと、より家を強固なものにしたいお貴族様というわけだ。血筋を強い者で固めることによって、家の存在を大きくしようと画策しているのだとか。


 渋々ではあったが俺たちが報酬金分配に納得したあと、フェリスさんはその他いろいろ説明をしてくれた。


 説明されたことを挙げると、なんでも新米冒険者はチームで最低十回は出撃しなければ初心者を脱却できないらしい。また、出撃時にはなんでもいいので魔物を倒してくることが条件と。


 それと、魔物のドロップ品を献上した際にはその冒険者の討伐情報がギルドに記載されるようで、これにより冒険者がどのような魔物を倒したのか調べればすぐにわかるようになり、おおよその実力を測る判断基準にもなるのだそうだ。



 と、まぁ、いろいろと説明や注意事項を聞いた俺たちはフェリスさんにお礼を言い、魔物の生息地であるデボス密林にさっそく足を運んでいた。


 デボス密林。


 草木が鬱蒼うっそうと生い茂るここは、トランガルドの街から一番近い魔物の生息地であった。


 元々昔はそこまで草木は生えていなかったらしいのだが、魔物が現れて以降、今現在までにどんどん増えていったらしい。


 今日は天候が良いにも関わらず、太陽が木の葉で覆い尽くすように隠れてしまっていて、薄暗くなっており、不気味な雰囲気を漂わせている。デボス密林の入るとあまりの明るさの変わりように、深淵への入り口かなにかを彷彿とさせる。


「はぁ、こんなやつと組むことになるなんてついてねえなぁ」


 そして先刻から愚痴を吐きこぼして続けているのは先ほどの灰色髪の少年だ。


 聞いたところ、名前はソルド。

 ソルドのレベルは6らしく、同年代の男子の平均レベルも超えているみたいだった。


 だからといって嫌味を言われる筋合いはないのだが。


 そして俺が警戒していたレベッカは、というと今のところ何の反応もなかった。

 険を帯びた表情をしているものの非常に大人しいものだ。

 

 しかし、本当にこの三人でやっていけるのだろうか……。


 前途多難なパーティーだと感慨にふけりながらも俺たちは歩みを進めた。





◎読んでくださっている読者の皆様、本当にありがとうございます。

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