第二話 試験
雲一つ無い蒼天の青空。照り輝く太陽の下、俺は父バリーと
「いいよ、父さん」
手から木剣が離れないように握る手に力を込める。されど、体全体にあまり
型。―
この型は攻める際には使えないという懸念点はあるが、型の中で最もカウンターに特化している型だ。
敵の動きを面で捉え、攻撃を逸らしたのち、すぐに攻撃に転じることができる。一連の動作をするにあたって隙が少ないのだ。
感覚を研ぎ澄まし集中する―。
すると、こちらが攻めてこないと見たバリーが動いた。
凄まじい勢いで間合いを詰めてくるバリー。その瞬発力は、まるで弦から引き抜かれた弓のようだ。
しかし動じることはない。
間合いを詰め、下段から切り込んでくるバリーの木剣を剣で受け止める。
このとき俺は全ての衝撃を吸収するのではなく、利用した。くるりと身を回転させることで衝撃を外に流しつつ、自分の回転の勢いを衝撃を利用して加速させる。
そしてそのまま剣も回転に乗せて敵に叩き込む。
そう、これは回転斬りの要領。
『
これはスキルではない。舞に昇華させた武。俺が編み出したカウンター技だ。
これにバリーは目を見張った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
バリーとってシルクは不思議な息子だった。
男が弱いのは世の
弱い男が虐げられる世界で、息子の未来が決して明るいものではないことを悟ったバリーは苦悩した。
なんとかしてあげたい。しかし自分にはその力がない……。
愛しい息子を想うと焦燥感が募っていく。
そんな想いを抱いていたとき、息子は自分に剣を教えてほしいと頼んできた。
まだ四歳だった息子からそんなことを言われた際は大いに驚き、また悩んだ。
シルクのレベルは0。剣を教えれば尚のこと弱い自分を受け止められないのではないかと。
けれど、シルクが自分を頼ってくれているのだ。こんな俺でもシルクの力になってあげたい。
悩んだが、バリーはシルクに剣を教えることにした。
剣を教え始めてから一年が経った。
四歳のころは何も知らなかったシルクが不出来ながらも型をとるようになった。
少し体力面もついてきたのではなかろうか。
剣を教え始めて二年が経った。
シルクは徐々に型をしっかりとれるようになってきていた。筋肉も少しずつ付きはじめ、男らしさも出てきている。
そして驚愕したのは、あのレベッカの攻撃を、防いだり避けたりしているとシルクは語るのだ。
レベッカのレベルは6。これは村の皆が周知している事だ。だからこそ、レベッカの攻撃を防いだり避けることなどレベル0ならあり得ないことだった。
そんなある日、帰ってきた息子の首に青あざが付いていたので何事か尋ねてみると、レベッカに首を絞められたとシルクは語った。
これを聞き、前に言っていたあれは少し見栄を張っていたのかと納得した。可愛らしいところもあるんもんだと頬を綻ばせたものだ。
そのあと「あのゴリラ女…」などと、シルクから聞こえてきたが、聞かなかったことにした。
それから三年、四年と経った。
この頃にはシルクは型を完璧にとれるようになっており、中々
また、最初は撃ち合いをしていた俺との稽古は型を見るだけのものとなっていた。
なぜ自分と撃ち合わないのか聞いてみると、試験のときに驚かせたいからとのことだった。
試験とは、十二歳になると受けることができるもので、子どもが魔物の生息する地に行っても大丈夫なのか保護者が判断する試験のことを指す。
認められた者は正式な書状に判を押してもらい、生息地の魔物を狩れるようになる。これにより仮にその者が死んでしまったとしても親の同意のもと判が押されているので自己責任というわけだ。
そういうことで、試験までは型だけを見てもらったり、バリーが学生だった頃の冒険譚を聞かせてほしいとのことだった。
本人がそう言うなら、あまり親がでしゃばるもんでもないかと少し寂しい気持ちになったが見守ることにした。それに妹のセレスと歳も近いのだから撃ち合いもセレス相手のほうがいいのかもしれない。
セレスのほうが圧倒的にレベルが高いが、妹も手加減してくれるだろう。
そしてシルクは十二歳を迎えた。
「父さん、試験を受けたい。今の俺がどれくらいの実力か見てくれ」
バリーもシルクと同様、この日を今か今かと心待ちにしていた。
雲一つない蒼天の青空。照り輝く太陽の下、父バリーは息子シルクと
「いいよ、父さん」
息子がそう言いつつ、素早く型をとる。
この型は装威転身か。
いつも見てきた洗練された型は、いつも以上に凄みを感じた。
最近伸びてきた背も相まってその姿は
見るものを魅了するとはこういうことをいうのだろう。否応にも体に武者震いが走る
シルクのレベルは十二歳になっても未だに0である。
日々長い時間、鍛錬を重ねたはずだがシルクのレベルは一切上がることはなかった。
しかし、息子は折れなかった。
忌み子と陰で
俺はそんなシルクが不思議だった。
どれだけ鍛錬に時間を費やそうと、上がらないレベルに何度も嫌気がさしたはずだ。
けれどシルクは諦めない。男が弱い世の中でレベルがずっと上がらないなんてことは男にとってなんて絶望的なことだろう。
しかし、シルクは違う。ずっと前を見続けている。
レベルが0? そんなことはどうでもいい。
最初は不思議な子だと思った。しかし今は、こんなにも心が強い子の親であることを誇りに思っている。
さして、己の前で型を構えている者はどう見てもレベル0であることを感じさせない。
頭ではレベル0と理解している。
しかし構えをとり、こちらを見据える息子は果たしてレベル0なのであろうかと疑ってしまう。
末恐ろしいな、と思わずにはいられなかった。
相手はカウンターに特化した装威転身の構え。
無論、攻めてやる必要はない。カウンターとわかっていながら攻めるなど愚か者のすることだろう。
……しかし。
見てみたいと思った。こいつがどれほどのものなのか。
こちらが攻めないとみるやシルクは攻撃の型をとるだろう。
こちらから叩くか。
バリーは身を屈め、勢いよく地を蹴る。
バリーの現在のレベルは30。成人女性の平均レベルよりは低いが、男の中では十二分に強い。
そのバリーが、本気ではないながらも勢いよく地面を蹴ったことで、それなりにスピードが出ていた。
しかし、これをシルクは難なく受け止めた。
手応えをあまり感じない。
まだまだ!そう思ったのも束の間。シルクの姿が目の前から消えた。
瞬間、全身にゾワリと悪寒が走る。
嫌な気配がするほうへ目線を向けると、そこに敵は居た。
その者は、獲物を狩る目をしており、今この瞬間にも剣をこちらに振りかざしている。
バリーは目を見張った。
まずい。
咄嗟にバリーは、本気でスキルを行使した。
「『
本来の肉体では再現できない、通常の何倍もの速さで斬りかかることができるこのスキルにより、回転をかけて迫ってくる剣に対応することができたのだった。
木と木がぶつかり合う音が辺り一面に響いた。
ギリギリと、二人の剣が
お互いの顔が見合った。
シルクは獲物を狩る目を崩すことなく、獰猛な笑みを浮かべていた。
対照的にバリーは困惑と畏怖が混ざり合ったような顔をしていた。
スキルを本気で使わされた。まだ十二歳のレベル0だぞ……。
先ほど、バリーには息子が息子に見えていなかった。シルクを敵と認知していたのだ。
どうしてこれがレベル0なのか。バリーの胸の内に困惑が募っていく。
「父さん、スキルを使ったね?」
「!」
やはりバレてしまっていたか。
「セレスやレベッカのスキルを今まで何度も見てきたからね。すぐにわかったよ」
「……」
「勘違いしないでね、父さん。俺は嬉しいんだ! 父さんがスキルを使ってくれたことが!」
獰猛な笑みを湛えながら、シルクは歓喜した。
気迫呑まれ、無意識にバリーの力が緩む。
それをシルクは見逃さなかった。
シルクは己を奮い立たせ、鍔迫り合いを制した。
「くっ…」
「まだまだ!」
シルクは即座に姿勢を変える。
型。―
この型はその名の通り、
剣のみでなく、手や足も第二、第三の刃として用いることで防御の隙も与えない。護りを潰す戦闘スタイル。
シルクの全身全霊の猛攻がシルクに襲い掛かる。
しかし、バリーはもう迷わなかった。
シルクを息子ではなく、しっかり敵と認めた。
認めるぜ……お前は強え。だから、俺はお前の全力に応えよう!
バリーはスキルを解放する。
瞬間、バリーの持つ木刀に禍々しい魔力の
確かにその型は相手の防御を崩すほどの型だ。しかし弱点も存在する。
弱点。それ即ち、防御を捨て捨身の攻撃をするわけだから諸刃の剣というわけだ。なので、防御に徹するのではなく、あえてこちらから迎え撃つ場合、軍配は
確かにシルクは強いが、それは子供にしてはだ。
さらに強くなれ、小さき剣士よ。
「!!?」
シルクは死の気配を感じ取り、咄嗟に剣を向ける。
そこに、ソレは飛来した。
「『
バリーの剣が閃光を放った。
『修羅一刀』。本来ならこれは魔力を剣に纏わせ、真上から振り下ろすだけのスキルだが、バリーの膂力が剣に閃光を
シルクの木剣はいとも簡単に折れ、斬撃がシルクの体に深々と切り込まれる。
「がぁあ''あ''!!!」
そこでシルクの意識は暗転した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
試験から数時間後、俺は家でジェシーから治療を受けていた。
「にぃ、大丈夫…?」
「あぁ平気さ。母さんの治療で骨も元通りしな」
心配そうに俺を見つめるセレス。
そんな心配するセレスを安心させるように、胸をぱんぱんと二回叩く。
「まったく! バリーは加減ってものがわからないのかしら!」
「シルクは強かったんだ…。だからその、シルクに父親の俺が応えてあげなくちゃいけなかったんだよぅ……」
その隣ではジェシーがバリーを叱りつけている。バリーは少し涙目だ。
「母さん。父さんが俺の全力に応えてくれて、俺は嬉しかった。だからここら辺で許してあげて」
俺は苦笑いしながら、父さんを許して欲しいと頼み込む。
実際、スキルを用いてまで俺に応えてくれたのは嬉しかった。深々と切り刻まれた跡は少し残ったが、砕けた骨はジェシーのスキルの治療で元に戻った。残った跡は剣士の勲章ってやつだ。
「はぁ…。シルクがそう言うなら仕方ないわね」
「ありがとうシルク!」
どうやらお許しが出たようだ。
「それでなんだけど、父さん。試験の結果ってやっぱり……」
「ああ! 合格だ!!」
「え!?」
不合格だとばかり思っていた試験が合格だと聞いて、俺は素っ頓狂な声を上げた。
俺が試験で動けていた時間はほんの僅か。
攻防は濃密であったが、決着自体は早く終わっていた。
だからこそ、不合格でも何ら不思議はなかった。
「あれだけの力を見せつけたんだ。お前は立派な剣士だよ」
「バリーがそう言うなら何も反対はないわ。よく頑張ったわねシルク」
両親の言葉が温かいぬるま湯のように身に染みてくる。
これまでずっと死に物狂いで鍛錬に身を焦がしてきた。そんな俺を両親が認めて誉めてくれたのだ。嬉しくないわけがなかった。
「ありがとう父さん、母さん。それにセレスも」
「セレスはおまけですか! にぃのばか!」
そのあと、セレスがプンスカ怒っているのを家族で笑い合う幸せな時間が続いた。
そしてその日。
俺は魔物という存在への出会いに、期待と緊張を胸に秘め、夜を過ごすのであった―。
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