第一話(後編) 異世界転生きちゃあぁぁあ!!!


「待っでレベッカぢゃん! ギブギブギブ!!!」


 転生してから随分と歳月が経過した。俺はすくすくと成長し、あっという間に六歳という伏目を迎えた。


 しかし現在、シルクこと俺は、一人の女に首を絞められ二度目の人生を早くも終えかけていた。


 時は少し遡る―。


▼ ▼


 転生してやってきたこの世界には、空想で思い描いたようなモンスター。所謂いわゆる魔物が実在する。

 一度は漫画やアニメでモンスターを倒すカッコいい勇者や冒険者を見たことがあるだろう。そしてこの世界には、魔物に対抗するための技や魔法といった『スキル』と呼ばれるものがやはりというべきか存在していた。


 スキルの種類は豊富で、誰しもが覚える事のできるスキルや生まれたときから備わっている特殊スキルまであるようだった。


 そして、スキルを会得するには要件が二つ存在する。


 一つは突然何かの拍子に会得すること。

 これは前述の生まれたときからスキルが備わっていたり、生きているうちに突然スキルを習得するといったこちらの意を介さない事象のことを指すものである。


 そして二つ目は、レベルが上がることで会得するといったもの。


 レベル。それは、この世界を語るにあたって無くてはならないものだ。


 レベルとはその者の強さを指標する謂わば、格付けのようなものである。

 レベルは全ての人間に与えられており、このレベルが高ければ高いほど強者、低ければ低いほど弱者として、差別化もされている。


 スキルを会得するにはこのレベルを上げる必要があるのだが、それには、魔物を倒すといった他にも体を鍛えるといった方法も存在する。


 レベルやスキルの存在を知ったときは大いに喜んだものだ。


 レベルやスキルという概念が存在する世界に胸躍らない二次元大好きオタクがいるだろうか、いやいない。


 しかし月日が経つにつれ、その喜びも次第に薄れていった。


 両親曰く、レベルとは元来、生まれてくる子が男なら1、女なら3、ということらしいのだが、俺はというとなんと0。

 レベル1ですらなく0だったのだ。


 もちろん最初は、俺は特別な存在なのかもしれないと呑気に妄想を膨らませていたが、どれだけの時間を鍛錬に費やそうと、そのレベルが1すらも上昇しないとなると落胆せざるを得ないだろう。


 他の子たちとレベルを比較するとわかりやすい。

 今、俺たちが住んでいる場所はパリロ村という程々に広い村なのだが、この村の子供たちの平均レベルは1〜3であり、レベルの高い子だとレベル5や6のやつなんかまでいた。

 俺の歳ぐらいのやつでレベルが1のやつなんかまずいない。


 要するに、他の子はレベルが上がっているのに対して、俺のレベルは0から一向に上がっていないのだ。

 如何に俺が奇妙な存在か説明がつくだろう。


 もちろん、両親のバリーとジェシーにはたくさんの愛をもらい育ててもらっていたが、案の定、村からの反応はお世辞にも良いものとは言えなかった。


 ヒソヒソと噂されることはもちろんのこと、陰では忌み子とまで呼ばれる始末。

 これでは喜びが薄れていくのも仕方なかった。



 この世界は、男は弱きモノ。女は強きモノ。

 それがこの世界のつねである。


 例えば、もし成人した男性が成人した女性に勝負を挑んだとしたら、果たしてどうなるのか。

 答えは、大抵の場合あっけなく殺されてしまうらしい。


 これはごく当たり前の事らしく、例えどれだけ男がムキムキであろうが、レベルとスキルの存在があるおかげで、そんなものは意に介さないようだった。


 前述、男は生まれた時のレベルは1。

 これが成人男性となると、平均レベルが20ほどになるのに対して、女は生まれた時からレベルが3、さらに成人女性の平均レベルとなると軽く30を超えるというのだから否が応にも女性のほうが強くなる寸法だ。


 この話を聞くと、バリーがジェシーに逆らえない訳が察せられるだろう。


 実際、弱い男は奴隷や召使いとして女性たちにこき使われるという話もあるみたいだった。



 俺はスキルやレベル、男と女の力関係の話、この世界の常識を聞いたとき、不思議と奇妙な既視感を抱いた。

 何かと似ている……そう感じ、懸命に頭の中にある記憶の引き出しをあけていくと、あるゲームの設定と酷似していることを思い出した。


 それは、前世で俺が死ぬ直前に徹夜プレイしていたエロゲの設定である。


 そのエロゲ【えちダン2】は学園ダンジョン系の作品で、男主人公が学園の女の子と共に、ダンジョンの魔物を倒していくダンジョンRPGゲームとして、人気を博していた。

 エロだけでなく、ゲームとしても楽しめるエロゲの第二作目ということでエロゲ界隈を大いに賑わせていたものだ。


 そんなえちダン2の大まかなあらすじは、主人公が男では珍しい高レベルであったことから、優秀な人材を育成する学園、セントマリア学園の学園長に入学を推薦されたのをきっかけに物語が進行していく。

 こうして、入学した学園ではいろんな女の子達とダンジョン探索をしつつ、仲を深めていくストーリーとなっていた。


 肝心なのは、その世界観などがゲーム内でちょろっと説明されていたのだが、まさに今いる世界がそのエロゲの世界設定とそっくりだった。


 男は弱く、女は強い。


 プレイ時には、さほど気にしていなかったが確かに主人公は弱かった。

 四人パーティの編成であったバトルシステムでは、主人公は入れずに女四人で戦い、主人公は控え。そんな姫プみたいな有様になるほど。


 まさかな、とは思いつつも両親に、ここら辺で一番大きい学園はどこかと問いかけてみたところ、返っててきた答えはセントマリア学園。

 というか、二人ともそこが母校らしかった。


 このときをもって、俺が転生したのは【えちダン2】の世界だということが判明したのだった。


 もしここが本当に【えちダン2】の世界なんだとしたら、もちろん俺ツエェェェェ!!!なんて無双が出来るはずない。

 あれだけ主人公が弱かったのだ、プレイ時に名前も聞いたことすらないシルクの俺では、到底強くなんてなれないだろう。

 だからとりあえずは精一杯生きることに努めることにした。



 そうして、ようやくまともに体を動かせるようになってきた四歳の頃から、木剣を手に、父から当たり障りのない型を教えてもらったり、父が不在の時は愚直に剣を何度も素振りを繰り返した。

 体力づくりも欠かしてはいけないと思い、ひたすら走りこむなど、あらゆる方法で体を酷使していった。


 はじめは筋肉痛に大いに悩まされたものだが日々の鍛錬は欠かさず、今では慣れたものだ。


 しかし、俺のレベルは一向に上がらず0を維持したまま。

 エロゲの世界だということに気付いたのは五歳になるちょっと前の頃だったか―。




 そして今日も俺は、日課の素振りと筋トレをアルカ草原にある立派な樹木の側で行なっていた。


 ここアルカ草原には魔物はおらず、広さも子供にとっては良い具合で、四歳の頃から利用している恰好の鍛錬場だった。

 そんな場所で、いつもと同じように父から教えてもらった型の練習をしていると、そいつはやって来た。


「またここで訓練ごっこ?あんたがどれだけ足掻いたところでザコはザコなのに」

「……」


 声がしたほうにチラリと横目を向けると、嫌味な笑みを浮かべた女の子が立っていた。


 彼女の名前はレベッカ。同年代の六歳の女の子だ。


 赤銅色しゃくどういろの髪は腰まで伸び、カール状に綺麗に巻き上げられており、日差しの影響か、柑子色こうじいろの瞳は輝いて見え、なんとも魅力的に映っていた。

 服装を見ると、いつも白の服をなにか身に着けていて、今回は上に白のブラウス、下に紺青こんじょうのロングスカートを履いていた。


 そんな彼女の異名は傲慢少女。


 家族以外、誰に対しても上から目線でものを言ってくることから付けられたあだ名だ。


 なぜ上から目線なのかというと、彼女のレベルに理由があった。


 レベッカのレベルは、なんと6。

 これは同世代で類稀たぐいまれな高レベルで、神童と言われる粋に達していた。


 魔物を倒すことができない、小さな身の六才がレベルを3から三つも上げているということは、それほどまでに凄いことであった。


 大体魔物というのは十二歳ごろから倒すものらしく、それまでは鍛錬や修練に身を費やし、レベルを上げてから挑むのが常識らしい。


 だったら鍛錬をしていればレベルなんかすぐ上がるんじゃないかと疑問に思うかもしれないが、事はそう簡単じゃない。


 まず、生まれたときからレベルが3もあるというのが上がりにくい要因だ。

 これは、レベルが上に行けば行くほど上がり辛くなるらしく、六歳でこんなにレベルが上がる女の子は殆どいないみたいで、上がったとしても一上がる程度が普通らしかった。


 二年も鍛錬に身を焦がしてる俺が1つも上がってないんだからそんな簡単に上がってたまるかって感じなのだが……。


 こうして、神童と言われ持て囃された結果、目の前の傲慢娘が出来上がったというわけだ。


 そんな彼女との出会いは実に最悪だった。


 そいつは突然やってきて、こう言い放った。


「ねぇ、あなた忌み子なんですってね! 母様が言っていたわ、呪われてる世界最弱の男だって! 弱い奴はみんな私のおもちゃにするの。だからあなたも玩具おもちゃとして使い潰してあげる!」


 なんだコイツ。そう思い、「うるさい」と俺が一言告げると、顔面にフルスイングパンチをお見舞いされた。

 一撃で意識は刈り取られ、そして起きたときには、顔をボコボコにされた状態で家で寝かされていたのだ。


 こちらはレベル0で、相手はレベル6。普通なら争い合うことが愚かなくらい格上の相手が俺に襲いかかった結果だった。


 母からは、女の子に逆らうとそんなことになるのよと、ボコボコにされた顔を鏡で見させられてから回復してもらった。俺に危機感をもってもらおうと、敢えて起きるまで回復しなかったのだろう。



 これが五歳のとき。

 以来あれから何かと絡んでくるようになった。


「別にいいだろ」


 こんな小娘に媚びたって良いことは一つもない。どうせ下僕のような日々になるだけだ。


 出会ってからずっと嫌味を言われ続けているのだが、俺はまったく意に介さない。

 そうすると決まって暴力がとんでくるのだが、最近では慣れてきたのもあって、少しずつだが避けたり、防御することも可能になってきていた。


 今日はどんな暴力が飛んでくるのだろうと思って警戒していたら、レベッカが俺にゆっくり抱きついてきた。


 ふわりと柑橘系のいい匂いが鼻をくすぐってくる。


 まさか、ついに俺にも春が来たか?!

 今までのは照れ隠しだった……?と、思った矢先、くるりと俺の後ろに回ったかと思うと、その場に押し倒される。


 きたきたきたー!!!押し倒されちゃいました俺。

 こんな外でなんて、おませさんだなぁ〜!


 すると今度は腕を俺の首に腕を回してきた。


 ん? なんだろうこの腕?


 途端、腕にすごい力が加えられ、俺の首が締め上がった。

 顔をその圧倒的ゴリラのような力で上に持ち上げられて、イナバウアーのようなポーズをとってしまう。


「ぅが!!?」

「玩具は口答えしないで。私に逆らえなくなるまで今日は帰さない」

「待っでレベッカぢゃん! ギブギブギブ!!!」


 更に締め上げてくる腕を何度手を叩いても、一向に終わる気配がない。


 あ、これヤバい…。


 どんどん意識が遠のいていく中、その声は凛と辺りに響いた。


「おやめください、レベッカおねえさま。これ以上は、にいさまが事切れてしまいます」


 声の後、レベッカの腕に力が入らなくなる。


 どうやら締め上げるのはやめにしたらしい。

 助かった……。


 ふと、先ほどの声の主を見上げる。



 声の主は俺の最愛の妹。セレスであった。

 彼女の本来の名前はセレスティーナ。愛称でセレスと呼ばれており、良くできた自慢の妹だ。


 このは、俺が産まれてすぐ一年後くらいに両親がハッスルしまくって産まれた妹で、年齢は現在五歳。


 さらに俺と違ってレベルは5。

 実は彼女も、レベッカと同じく同世代の女の子の中で2つもレベルが上がった稀な強者だったりする。


 ジェシーと同じ栗色の髪を背中を覆うくらいストレートに伸ばしており、さらりと伸びた髪は何度見ても美しい。

 紺碧こんぺき色の瞳が心配そうに俺を見つめていた。


「セレス。こいつはあんたの兄である前に私の玩具なの。邪魔しないで」


 その発言が聞き捨てならなかったのか、俺に向けられていた心配そうな目が、険しくレベッカに向けられる。


「そんなにお暇でしたら、私がお相手致しましょうか? レベッカお姉さまには不足かと思いますが」


 にこりと笑みを浮かべたセレスだったが、言葉からは明らかな怒気を感じた。


「ふん…」


 そうすると、バツが悪そうにレベッカは俺の拘束を解き、さっさとどこかへ行ってしまったのだった。


「にぃ、大丈夫?」

「あぁ、ありがとうセレス」


 セレスにゆっくり起こされる俺は、感謝の言葉を述べた。

 実際セレスが来なかったら相当やばかっただろう。


「間に合ってよかった」


 にこりと笑うセレスは、今の俺には天使に見えた。

 先ほどレベッカに向けていた怒気が伝わる怖い笑顔とは違って、満天の天使スマイルだ。


 日々鍛錬をする俺の影響からか、セレスもここで一緒に鍛錬をする日があり、今日もここに鍛錬しにきたのだろう。

 レベルが上がったのも、もしかしたらそのおかげもかもしれない。


「にぃはレベッカさんに目をつけられてるんだから、もう少し気をつけて!」

「うっ、本当に面目ない……」


 まさか抱きつかれて有頂天になっていたとは言えない……。


「鍛錬できそう?」

「うん、少し休めば問題ないよ」

「そっか! じゃあ先に始めとくね〜」


 もっと、もっと強くならなくちゃ。可愛い妹を守れるくらいには強く―。


 懸命に木剣を振るう妹を眺め、俺はそう新たに胸に誓ったのだった。

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