第30話「迷宮チャレンジ」

 姫騎士率いるパーティは俺の作った迷宮エリアに入っていた。床から天井まで壁がそびえ立っており、通路に分岐がいくつもあり、それをぼんやりとした魔導照明が照らしている。


『ひっ……なんですかここ……怖いんですが……』


 流石の魔導師も自分の力では何も出来ないところで偉そうには出来ないようだ。しかし俺は魔物を配置していないのでこの迷宮は総当たりで攻略出来る。先ほどの算術問題と違い、壁を突破されると破綻するので壁はしっかりとした金属で作ってある。


『さあ姫騎士パーティもついに新作に入ってきました! 連中はこの大迷宮を突破することが出来るのか? 今度は壊せない壁を使用しています、これにどう対抗するのでしょうか!』


 カレンの実況も熱が入っている。実のところこの迷宮は救済措置的な意味で一つの壁に手をつけて離れることなく辿っていけば突破出来るような作りにしてある。その場合時間がかかるものの、努力をすれば誰でも攻略出来ることにしている。


 実際、もっと難しい仕組みでも作れるが、通路に目印をつけるなどの方法を使えばいずれ出口に着くのでここはクリア出来ないことはないと思っている。


 ガキン


 金属音が鳴ったのに気付いて映像を見ると早速剣で壁を殴っていた。あきれた連中だな……それとも成功体験を与えてしまった俺が悪いのだろうか?


「魔王様、コイツらは私直々に手を下したくなってきました」


「気持ちは分かるが抑えろ。圧倒的な力で倒すと面白くもなんともないのが分からないお前じゃないだろ?」


「申し訳ありません。少々このパーティがあまりに無能で腹が立ったので……」


 ついにブレインがコイツらにキレそうになっている。一回壁破壊が上手くいったからそれ一本で以降とする姿勢はクソだなと思うが、一応同接はそれなりなのでブレインに潰されては困るのだ。


『やれやれ、あの姫騎士、壁が壊れないと分かったらいい感じの絶望顔をしていますね、皆さんもここは見所なのでよく見ておきましょう。ここまでマヌケなパーティは流石に人間といえどそうそういませんよ』


 カレンの言葉にも毒舌が混じり始めていた。壁破壊は本当につまらなかったが今度の迷宮ではそんな事故は起こらない。人間が絶望するのはそれなりに面白いし、数字も取れる。それを考えればまだ迷宮はやりやすい方なのだろう。


 パーティは怖々と迷宮を進んでいるのだが、急ごしらえの迷宮なので危険なトラップは仕掛けていない。死なれたら困るし、配信時間が縮んでしまうからな。出来るだけ玩具は長持ちさせるべきだ。壊すのは簡単だが代わりを探すのは大変だからな。


「このガキどもは一回成功したことを繰り返そうとしていますね、これは魔王様にあまりにも失礼な気がするのですが……」


 ブレインが心底不快そうに言う。


「言ってやるな、絵面だけは良いんだからそれなりに同接も稼いでいる。たとえ頭が悪かろうが俺たちに協力しているようなものだぞ? それを否定することもないだろ」


 結果的に俺たちに都合の良いことになっているだけで、本人たちにそのつもりは全く無いのだろうが、そこは結果を出しているので文句は言うまい。


「申し訳ありません、出過ぎたことでした」


 ブレインはそれで黙ったが、やはり人間達にイライラしている様子は見て取れる。コイツだったらこの造りの迷宮なら壁を全破壊出来るだろうからあの姫騎士たちが蹂躙されるだけのことになる。戦うなら頼もしいが、数字が取れたものではないので我慢してくれ、すまんな。


 そうしてしばらく迷宮を進んでいる映像を配信したのだが……


『さて、このパーティはお察しの実力のようなのでカレンちゃんの泣ける感動話で場を繋ぎます、配信を切らないでくださいね!』


 ついに面白い話のネタが尽きたのか、カレンが別の話を始めた。無理もない、コイツら一度通った道を何度も通っている。通過済みの通路に印をつけるだけで回避出来ることすらせずグダグダになってしまっている。攻略法を知らないのはともかく、これはやってはいけないだろうというあきれたことをしている。


 ガキン


 この前修理した床を再びブレインが踏みつけてひびを入れていた。今回はひびだけではなく見て分かるほど足を中心に凹んでいる。よほどこの姫騎士たちがムカつくらしい。同じ画を延々見せられているわけだから無理もないか。


 しかし幸いなことに、姫騎士の見た目は良いのでそちらを画面の中心に添えて流しながらカレンのトークを流していれば一応配信としては成立している。声だけで良いじゃんと思わなくもないが、聴力を持たない魔族や視覚を持たない魔族のどちらも一応楽しめるという配慮であると主張しておきたい。決して手抜きではない……多分……


 カレンのトーク内容は、魔族の悲恋だった。実際の魔族は性欲のままに行動している連中が多いのでそういう話は成立しないような気がするが、あくまでもお話であって実話ではない。そして現実によくある話だったらわざわざ聞こうとするものも少ないだろうしそれも込みで話をしているのだろう。


『ねえ……この道前に通ってない?』


 お! ようやくこのアホどもも気付いたか! これでようやく先に進んで……


『気のせいでしょ、大したトラップもないしとにかく歩いて行けばいずれ出口に着くはずよ。そんな楽をしようとしないでしっかり歩きなさい』


 ヒメキシィィ! テメーは仲間の的確な忠告を無視するんじゃねえ! ようやく話が進むかと思ったら全部台無しじゃねえか! しかも改善案を要った魔法使いが悪いみたいな雰囲気になっているし、コイツら正気で言っているのか!?


『困りましたね、カレンちゃんのトークもそろそろ間が持たなくなってきました。パーティが進まないようなので魔族の英雄譚の朗読しますね』


 ついにカレンのトークのネタが尽きた! マジでなんとかしてくれ! 頼むからさあ!


 そうしてカレンもそろそろ一作読み終える頃になんとか奇跡的にブレインがブチ切れる寸前で出口に偶然到着した。本当に適当に進んでいった結果の偶然なのだが、この際なんでも良いから先に進め、次はボス部屋前の回復部屋だからさ。


『いやー、ヤバかったですね。このポンコツ姫騎士もようやくボスに挑戦するようです。流石のカレンちゃんもトークネタが尽きかけたのである意味勇者よりよほど怖かったですね』


 うん……勇者だって強いけれど見ている魔族をイラつかせるような能力は無いものな。ある意味で非常に強いパーティだった。


「魔王様、ボスには何を設置されましたか? 私としては正直このパーティが再挑戦するような相手でないと助かるのですが」


 ブレインは頼むからさっさとボスを倒して出て行って欲しいのを隠そうともしていない。今回はカレンのトークがなければ視聴者がキレそうな映像だったのでギリギリの配信だった。


「ボスはコボルトが一匹だ。迷宮で脱落するかと思ってボスは適当にしたんだが……強いやつにしなくてよかったよ」


 それを聞いてブレインは胸をなで下ろしている。無理もないな。


 そうしてボス部屋前の部屋で回復ポーションを使用して疲弊した体を癒やしてボス部屋に突っ込んでいった。結果はいうまでもなくコボルトが姫騎士の斬撃一つで両断されて戦闘は終わった。一応ご褒美の部屋も用意してあるので連中はそこで持てるだけのアイテムを持ってダンジョンから出ていった。そしてそれを見てから三人の声がそろった。


「「「もう来るなよ」」」


 過去一つまらない配信はカレンのトークでなんとか評判を落とすことなく終えることが出来た。本当に奇跡のようなものなので次はまともなパーティを送り込んでくれることを俺は心の底から祈った。

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