第29話「壁があるなら壊せばいいじゃない」

「さて……次の部屋も面倒な場所になったな……」


 俺はため息交じりに言う。この場の全員が思ったことだろう、今回連チュが入ってきた部屋は知識を試す部屋、問題文が書かれていて、正しい答えが表示されたボタンを押さなければ次に進めなくなっている。そして問題が十問近くあるという有様だ。


「魔王様……差し出がましいようですが、もう既に不安で仕方ないんですが」


「分かってるよ、でも部屋の接続はランダムだしな。入ったものは仕方ないじゃん」


 俺はブレインにそれだけ言っておいたが心中は穏やかではない。どう考えてもこのパーティに解ける問題ではない。多少難しい算術問題だが、先ほどのパズルにすら苦戦した奴らだ、期待なんてとてもできない。


 いくら戦えればいいと言っても限度ってものがある。配信映像の中では魔導師が『これは難しい問題ですね……』などとさも賢そうに言っているが、人間に読める文字で書いてあるのに理解出来ないのはあまりにも酷い。


「これ……流して大丈夫かな?」


 不安になってブレインに訊く。


「まあ……指定された広告は全て流してありますし、一応問題は無いかと」


 確かに広告は流したけれど、この内容ではスポンサーにクレームをつけられても文句は言えない。とにかく映像に動きが無い、見ていて面白くない上に、パーティが全員頭があまり良くないようなので見ていてもどかしい。


 しかし同接の数字は減っていない。やはり単純な計算問題も解けないと人間を見下すのは楽しいのだろうか? 俺からすればイライラするだけなのだが、そう言った魔族がいくらか居ることは否定しない。否定はしないがここまで需要があるとは思っていなかった。


『おやおや、人間というのは愚かですね。そんな問題くらい私でも余裕ですよ』


 カレンが自慢気にマウントを取っているが、現在連中が四苦八苦している問題は魔族の中では初等教育でやる内容だ。人間相手に自慢するならともかく、見ている魔族からすれば『そりゃ解けるだろ』と言うだけの話でしかない。


『あらら、除算が加算より優先されることも知らないんですか……人間ってよくそれで建築が出来ますね』


 さしものカレンもいい加減あきれつつある。いっそ三択問題にしておけばよかったと後悔しているところだ。現在の仕組みは数の石版を回答欄にはめ込む形式だ。この調子だとコイツらが総当たりで解きそうなので時間がいくらかかるか分からない。魔族の寿命が長く、暇をしている連中が多いといっても、時間の使い方には限度ってものがあるぞ。こんなものを見ていて面白いわけがないだろう。


『めんどくせえ!』


 ガコッ


 パーティの戦士が壁を殴り始めた。ドアはよほどの衝撃を与えなければ壊れないように出来ているが、壁はただの石造りなので壊そうと思えば壊せる。俺はこの部屋なら誰でも解ける問題だと思っていたので壁まで強化していなかった。常識を疑うと言えば聞こえは良いが、その方法は恥ずかしいと思わないのだろうか?


『それよ! きっとこの問題に答えなんて無いのよ! 壁を壊して進めばいいじゃない!』


 よりにもよってパーティのリーダーである姫騎士がそんな発言をする始末だ、アホなのか? 文字が読めないわけでもないだろうはずなのにあの問題を解くより壁を壊す方を選ぶのか……どう考えても問題を解いた方が早いと思うんだがな。


「魔王様、これは予想外ですな」


 ブレインはもう諦めたようにそう言った。


「言うな……俺だってまさかそれなりの肩書きを持っていたやつがこんなだなんて信じたくもないんだ」


 俺はブレインにコイツらはそういう連中だから諦めろと遠回しに言った。パーティに一人くらい自由な発想をするやつがいても良いとは思うが、その方が多数派で常識を知らない奴らばかりではそれはそれでよろしくない。


『えー……しばし人間が壁の破壊作業をするようなので、しばしカレンちゃんの爆笑トークをお楽しみください』


 カレンも解説のしようがない脳筋先鋒に解説を諦めてフリートークを始めてしまった。本来は良くないが、壁を延々掘っていく様子を実況しても面白くもなんともないのでそっちの方がマシなのだろう。


 俺はそっとテーブルに置いてあるグラスから水を飲み、いっそこれが酒だったらまだ良かったかもなと諦めの境地に至っていた。


 それにしても人間が全部このレベルだとは思いたくないな。もしそうなら魔族はこんなレベルの連中と戦い続けていることになる。流石にこんなのと良い勝負をしているとは思いたくないな。


『そこで私は言ってやったわけですよ』


 カレンもそろそろ持ちネタが尽きかけているのか時々言葉に詰まっている。早くアイツらが壁に穴を開けてくれないと話が持たないぞ……頼むからもう少し頑張ってくれ。


 現在パーティは扉の周囲の壁を壊している。扉が開かないなら取り外してしまえば良いだろうという発想なのだろう、それは分かるのだが、アイツら一体どれくらいの厚さがあるかは分かっていないはずなのに何故壊せると思ったのだろう? 壁がものすごく厚かったら成立しない戦法だぞ、たまたま俺が設計で簡単には壊れない程度の厚さにしかしていないからいいようなものの、もし分厚かったら問題を総当たりで解くより時間がかかると分からないのか。


「魔王様、流石に私も少々腹立たしくなってきました。わざわざ魔王様が考えたダンジョンをあのような野蛮な方法で突破しようとするなど……」


「気持ちは分かるが諦めろ、多分アイツらが特別に考えなしな連中なだけだと思う……思いたいな」


 俺はそっとテーブルに置いてあるナッツをかじりながらいい加減に答えた。ブレインもそろそろ冷静な振りをするのも難しくなったようで、先ほどから舌打ちを何度もしている。しまいには『壁も満足に壊せないのか』と正攻法を諦めた連中に、だったらせめて別の方法くらいスムーズに進めろと独り言を言っていた。


『おお! ついに壁から次の部屋が見えてきました! 後はその穴を扉が外れるまで広げるだけです!』


 カレンが興奮してそう実況している。なかなか終わらなかった壁破壊がようやく実を結んだ形だ。そうして後は穴を大きくしていくわけだが……


「あの……私の気のせいでなければ、あの姫騎士が穴に突っ込んで壁を壊すのに使っている剣が国からの支給品のように見えるのですが……記憶が確かならアレはかなりの高値がつくと思うのですが……」


 そう、姫騎士は国の騎士の中でもそれなりの実力と身分を持つ人間にしか与えられない騎士剣で穴を掘っていた。あの剣、いい値段がするはずなのだがあまりにも扱いが雑だ。しかし、それを考えているとまだまだ時間がかかりそうなので何も言わないことにした。


『よっしゃあああ! トラップ攻略!』


 そう快哉を叫ぶパーティを見て俺はもう少し簡単なものにしておけば良かったと酷く後悔していた。

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