第20話「効率のいい嫌がらせって何があるかな?」

「さて、無事第一の部屋を突破されたわけだが」


「魔王様、呑気に言わないでください」


「いや、アイツらが粘っている間に流せと言われていた広告は全部流したしな、これ以上はサービスだろう? せいぜい同接が増えれば広告費をふっかけられるようになるくらいだろうが」


「それが重要なんですよ! 魔王城の財政を少しでもマシにしたいでしょう!?」


 ブレインはどこまでも真面目だな。スポンサー機の希望は全て叶えたんだぞ、過剰なサービスがそこまで必要かね。


 とはいえ、ここで配信を打ち切るにはわざわざ改造したダンジョンがもったいないからな、多少なりにも面白い映像が欲しいな。


『さあ人間達が次に行き着く部屋はここだ! スワンプワームのヌルヌル三昧! 虫を食べない人間にはあまりにも過酷な部屋! さあ人間は全てのワームを倒すことが出来るのか?』


 おっと、用意していた部屋へ入ったか。思ったより早く出たな、こういうのも完全ランダムにしたが故の筋書きの無い話だ。


 そこでカレンが配信用機材にミュートの魔法をかけて俺に声をかけてきた。


「魔王様、連中、なかなか部屋に入ろうとしませんね、どうせ一旦入らないと部屋は変わらないんですけどね」


「人間だってこの絵面は苦手なんだろう。人間はモグラ系魔族じゃないんだよ」


「グルメですねぇ……」


 俺たちなら根こそぎワームを消し飛ばすし、汚れなんて魔法で洗い流せばいい。ところが今回入ってきた人間は全て戦士タイプだ、脳筋は湧き水でもないとろくに洗濯も出来ないのだ。


「魔王様、人間が部屋と部屋の境目に居座ってしまうと配信事故になってしまうのですが……」


「まぁ……ノルマの広告は流したんだし、後の配信はサービスなんだから多少つまんなくても構わないだろ」


 やることはやったのだ、悪くいわれる覚えは無い。一方人間達は仲間割れをしていた。


『おい! ここのミミズを全滅させないと出られないって書いてあるぞ?』


『うぇ……この虫を全滅させるのか……切る前からかなり気持ち悪いんだが』


『ガタガタ言うな! 俺たちは汚れ仕事だって散々やって来ただろうが! 今さらミミズごときにビビってんじゃねえ!』


 威勢のいい人間もいるものの、未だ誰一人部屋へ突入していない。一応スワンプワームは水がそれなりに無いと生きていけないので、この部屋に入らずずっと待っていればいずれ全滅する。しかし魔物なので水を粘液にして蒸発を防ぐため、自然に消えるのを待つには相当の時間が必要だ。スワンプワームが人間達に嫌われているのは知っているからこそのこのトラップだ。


「魔王様、暇ですし歌でも謳って配信を繋ぎましょうか?」


「カレンは自己顕示欲を少しは抑えろ。お前は自分の歌にどれだけ自信があるんだよ」


「いくら魔王様と言えどそれは辛辣すぎますよ!」


 知らん、実際配信するまでロクに知られていなかったのにその地震はどこから来るんだ? ブレインもよくこんなやつを見つけて連れてきたな。


「ブレイン、部屋の扉を強制的に閉めるぞ」


「良いのですか? 魔王様は自然な人間のギスギスを見せたいのでは……?」


「その……なんだ、俺が見ていてつまらん」


 と言うことでさっさとダンジョンを操作して閉じている部屋の入り口を徐々に室内に向けて押し込んでいくことにした。人間達はそれに気付くと必死に抵抗しようとしだした。


「やっぱ押し出しはゆっくりやるか、その方が連中の反応が面白い」


「魔王様はやはり人間に厳しいですね」


 そう、人間達は足場が狭くなってくるとミミズの群れに落ちないように必死に壁にすがりつく。当然だが壁に掴む場所など無く、いずれ押し出されるのだが、面白いことに自分だけは落ちまいとパーティのメンバー同士で残った足場の奪い合いが発生した。


 人間が魔物を倒す絵面よりこれはよほど面白い。必死にさっきまで協力していたメンバーを押し出そうとする様は風情があると言っていいだろう。短気な魔族ならサクッと殺し合いに発展しそうな場面でも人間はそこまでいかないギリギリの戦いをしてくれる、しかも人間同士で、だ。こんな面白い映像はそうそう無いな。


『さあ人間達の仲間割れが始まりました! 最後まで残るのは一体誰でしょう! 誰が残ってもいずれは落ちるというのに必死にあがく人間達をどうぞ鑑賞してください!』


 カレンも実況に戻ってくれたし、せいぜい楽しもう。まだ武器を抜いていないのでもう少し完全閉鎖までのスピードを緩めよう。こういうのはじわじわと攻めるのが楽しいのだ。もちろんぼとりと落とすことは指先一つで出来る。しかし人間が人間と争うのは魔族が人間に勝利するよりも面白いことだ。それがこんなにお手軽に見られるとは思わなかったぞ。


 スワンプワームは草食なので人間を食べないが、人間にはスワンプワームの体液を浴びるのはいやだと言うことは知っていた。知ってはいたがここまで嫌がるとは思わなかった。雑な嫌がらせ程度に思って作ったのにこれではダンジョンを作った冥利に尽きるというものだ。


『おい! お前が落ちろ! ミミズを片付ければ部屋から出られるんだぞ!』


『は? 調子のんなよ! リーダーだったらまず自分がお手本を見せて見ろ!』


『お前らまとめて落ちやがれ!』


『落ちる! 落ちるの嫌だからお前らちょっと足場になれ!』


 滅茶苦茶な混乱をしだすパーティ、これは実に面白い。ここで一旦足場を狭めるのを止めよう。落ちると覚悟してしまうと困る、覚悟を決めた人間排外と強い。逆に微妙に助かりそうなら必死に助かろうとするのが奴らだ。希望を完全に奪うよりも僅かに残してそれを奪い合わせた方が楽しいな。


「魔王様、人間を殺しているわけでもないのにものすごく残酷な顔をしていますね」


 ブレインが俺を見てそう言って来た。


「人のことは言えまい、お前だって十分楽しそうだぞ」


 クククと二人して笑いながら『さあ盛り上がってきました!』というカレンの実況を聞く。さて、人間は何時まで武器を抜かずに耐えられるのか試してみようじゃないか。


「魔王様、どうぞ」


 ブレインが俺に一杯のコーヒーを渡してきた。長丁場になりそうだということだろう。なかなか気の利く部下じゃないか。


 後でカレンも労ってやろう、今回は結構喉を酷使するからな。喉にいい薬でも探しておいてやるか。


 シャキン


「「「お!」」」


 三人の息が合う。ついに人間が刃物を抜いた。始めに武器を出したのはパーティのリーダーだ。やはりこういった時は素の人間性が出るようだな。


『うおおおおおおおおおお!! ミミズがなんだってんだ! 死にやがれええ!』


 ミミズの群れにダイブしたリーダーを見ながら俺たち三人はしらけていた。つまらないのか実況のカレンも得に何もコメントしていない。


『リーダーに続けえええええええ!』


『人間を舐めるなあ!』


『この先にお宝があああ!』


 なんだか一人邪念が混じっていたような気もするが、人間達はスワンプワームに飛び込んで八面六臂の戦いを繰り広げ勝利した。それはそうだろう、スワンプワームは人間を食べないし、特に外敵への攻撃能力も無い、ただ気持ち悪いだけの生き物なのだから戦えば勝利するのは当然と言える。


 しかし、まさか人間が自己犠牲の精神を見せるとは思っていなかった。ここで争って全壊すると踏んでいたのだが、むしろパーティ間の結束が高まってしまった。これは面白くない。実際リーダーが飛び込んだところで同接がガクッと下がった。


「つまらん」


「つまんないですね」


「魔王様、配信を続けますか?」


 俺とカレンは心底不快な顔をして、ブレインに至ってはまだ途中なのに打ち切ろうとしていた。これ以上に人間が嫌がる部屋があっただろうか? そんなことを考えながらコーヒーをすすった。なんだかいつもより苦い味がしたのは気のせいだろうか。

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