第17話「幕間、挑戦者たちと視聴魔族」

 ――とある町にて


「なあ、アイツらだぜ」


「ああ、初心者向けダンジョンで逃げ帰ってきたって言う」


「傷一つ負ってないのに逃げることもないだろうに」


 そんな噂がドンドン流れている。私の仕事は果たしたのだが、必要以上に怖がらせてしまったようだ。魔王様ももう少し気をつかって欲しいなあ……あのザマじゃあ私の情報の信用まで落ちてしまう。


 あのダンジョンが簡単だと噂を流したのは私である魔王様の右腕、アルマだ。魔王様が悪いとはまったく思わないが、私の評判が落ちるのはやはり嫌だ。そもそもあの貧弱で臆病なパーティにダンジョンの情報を流したのは結果的には私だが、あそこまで無能だとは思わなかった。


 念のために一次情報がどこであるかを隠しておいたのは正解だった。成功したなら情報源として胸を張れるが、あんな惨めな惨敗をされては私の情報が疑われてしまう。信用商売なのでああいう連中がいると迷惑極まりない。


 ギルド内で一人お酒を飲んでいる私を気にする人はいない。何しろアイツらが馬鹿にされたと喧嘩をしているからね。喧嘩なんて魔族の間じゃ挨拶みたいなものだし好きにすればいいけれど、喧嘩に勝てる実力があるのかは怪しいものだ。魔王様は初心者向けに作ったというのに攻略失敗だなんてね。


 大体あのパーティが傷一つ負っていないのが危険性が無い証拠だろう。魔王様が人間に甘すぎるのではないかとさえ思える恩情をかけているのにこのザマか……


「エール、もう一杯ちょうだい」


「あんたはアイツらの話を聞かないのか?」


 酒を持ってきた人間が訊く。私は「興味無いわね」とだけ言ってエールを煽ります、人間というのは自信満々であっても信用出来ませんね。次はもう少し情報を流す先を厳選していきましょうか。それにしても、情報屋には『強さに自信のあるパーティに教えていってください』と言いましたが、守っていただけなかったのでしょうか? あるいはあそこでボロクソに言われている方々も自信『だけは』あったのかもしれませんね。


 何にせよ私の失態には違いありません。魔王様に胸を張って報告出来るような仕事をしなければならないというのに、ここで躓いていては先が思いやられます。


「でも! ガーゴイルは倒したんだ! 本当なんだ!」


「ウソつくなよ!」


「ガーゴイルなんて強い魔物をお前らが倒せるわけないだろ!」


 とまあ色々言われているわけですが、あのダンジョンにガーゴイルはいないと教えてもらったので、ウソをついているかダンジョンの入り口に置いたガーゴイルの石像を壊したことを言っているのでしょう。始末に負えない見苦しさですね。


「まったく、この町を代表するパーティだと思ってたのにな」


「うぅ……私は悪くないって!」


 あー……あのパーティは解散ルートだなぁ。魔王様に叱られるかなあ? ま、解散はしてもそれぞれどこか受け入れるでしょうしいいとしましょうかね。しかしまあ人間も軽々手のひらを返すんだなぁ、魔族も強い方に付くけどさ、人間は別に強いやつが偉いんじゃないんだよね。わっかんないなぁ……人間って難しい。


 案の定としか言えないのだけれどアイツらは解散しました。魔王様への報告は控えておきましょうかね。言わなきゃバレないでしょ。それにアイツらだって無職に成れるほど余裕は無いのだし、新しいところでやっていくでしょ、ほっとこう。


 しかし魔族の頭痛の種になる人間というのはつくづくイヤになる生き物ですね、もう少しシンプルに生きていけないのでしょうか。


「もういい! 俺はフリーでやっていく! 誰かさんに指図されるのはもう沢山だ」


 おやおや、醜い争いですね。それにしても、この解散騒動を映像化して配信すればそれなりに見られるのではないでしょうか? どこに商売のチャンスが転がっているかなんて分かりませんし、魔王様に人間同士のトラブルも映像化出来ないか訊いてみましょうか。人間は簡単に戦争とかを始めるのでそれを眺めるのには需要があるかもしれません。うーん! 私って賢い!


 さて、そろそろ近くの町で情報を流すことにしましょうか。


 私は颯爽と金貨を一枚おいて席を立ちます。「お釣りが……」と言うヒトに私は「彼らに一杯それで奢ってやってください」と言い、颯爽と去りました。その後どうなるかは分かりませんがせいぜい魔王様のご期待に応えて欲しいものですね。


 しかし魔王様も人間を育てるなんて奇妙なことをよく思いついたものです。実際お金になっているのだから文句は一つたりともありませんがね。


 私は町を出ていきました。次の町でも沢山情報を流さなければなりませんね。魔王様に報告もしなくっちゃ! 上手くダンジョンに人間を送り込めたわけで褒めて欲しいですね。ふふふ、まあなんかカレンとか言うクソ魔族が魔王様に媚びているようですが、いずれ魔王様の隣にいるのは私だけになりますし、今のことに拘泥しても仕方ありません。私の輝ける未来のために、頑張りますか!


 なんだか足取りも軽く次の町へと向かうのが楽しくなりました。


 ――魔族領にて


「なあなあ、魔王様のダンジョン配信見たか?」


「見た見た! 人間ってスゲー笑えるんだな!」


 愉快そうに魔族の若者が笑っている。彼らも税金を払っていない脱税魔族だ。しかしまったくそんなものは気にしていない。それでも許されるのは彼らがあの配信のスポンサーの運営している店舗で買い物をしたこともその一環だろう。魔族とはいえ金は必要なのだから脱税は許されないが、何か別の形であっても、間接的であっても、公務員に金を渡すことになれば構わない。


「しかし人間もあのガスでパニックになってたのは何でだ? アレってただのグリーンミストだろ? あんなもの人間の赤子一人だって殺せないようなものだろうに」


「知らないよ、人間には効くんじゃねえの?」


「聞いたことも無いなあ、大体人間たちは皆パニックになっても毒には侵されていなかったじゃん? グリーンミストって要するにグリーンスライムの出がらしじゃん、気にすることないのにな」


「人間だってそこまでバカじゃないと思いたくなるよな。アレが本気だったら魔族が人間と戦ってたのがものすごく馬鹿馬鹿しいじゃん」


「だよなあ……人間の考える事ってのはさっぱり分かんないな」


「だからこそ人間と戦ってるんだろう。アイツらは時々妙に強いやつが湧くしな。そりゃ中にはあんなクソ雑魚だっているだろうさ」


「人間は個体差が大きすぎないか? なんで普通の家庭から勇者レベルの猛者が出てくるんだよ。ワケ分かんねえよ」


 こうして魔族と人間、それぞれがそれぞれの事情を抱えながら魔王城の財政は徐々に回復中だった。

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