第16話「冒険者パーティは勇者パーティの夢を見るか」

「ぎゃあああ!!!! 助けてくれ! 頼むから!」


「出して! ここから出してよ! 死んじゃう! 私死んじゃう!」


「ふざけんな! ここは安全だっつったろうが!」


「クソが! だからコイツらと組むのは嫌だったんだよ!」


 冒険者たちは混乱を極めていた。しかし魔王城で眺めている俺たちからすれば茶番もいいところだとしらけていた。


「魔王様、多少は有毒なガスでもよかったのでは? アレってただの色つきガスでしょう?」


 密室にて、入り口と出口が塞がり、緑色のガスが出る部屋で連中はパニックになっていた。なお、出ているガスは魔力で着色しただけの空気だ。


「まー……死人が無闇にでても困るしなあ……適当に苦しめればいいと思ったんだが」


 まさかあそこまで驚いてくれるとは思わなかった。始めに混乱してきたときはこの配信部屋で盛り上がったのだが、いい加減無害だと気付いてもよさそうなほど空気の色が変わっているのに連中はガスが危険なものだと思い込んでいる。


 多少の混乱はしてくれた方がいいのだが、ここまで混乱されると茶番感が拭えないレベルの配信になってしまう。


 しかし一応同接は増えてきている。これはこれで魔族にウケているようだ。冒険者はトラップの解除知識を持っているものだと思ったのだが、これほど無能だとは思わなかった。なんだかなあ……


 ちなみにガスが出きったら自動で部屋の扉は開くようになっている。つまりただの精神攻撃でしかないので、こんなに混乱されることは想定していないんだ。


「ドアを開けるべきなのでしょうか」


 ブレインが不安そうに訊く。一方のカレンは盛り上がっている。


「さあこの人間の醜い争いは珍しいですよ! 一見の価値ありです! おっと、ガスが部屋の下に溜まると気付いて少しでも背伸びをしようとしていますね、無駄な努力ご苦労様です」


 カレンの実況で盛り上がっているのは事実だし、同接も増えているのでここで逃がすのももったいないんだよなあ。


「せっかく盛り上がっているみたいだし、死にはしないだろうからこのまま流そう」


「魔王様がそうお望みなら」


 俺が続けることを決めるとカレンの実況も熱が入る。「人間達は醜いのです!」などと大喜びで言っている。本人たちが満足なら俺は何も言うまい。


「助けてよ! 死んじゃうじゃない!」


「うるせぇ! こっちは解除の方法を調べてるんだ! 気が散るだろうが」


 このパーティ、多分このダンジョンから出たら解散するんじゃないだろうか? 絶対に遺恨が残るやつだよな。人間の心の弱さは仕方ないが、俺の作ったダンジョンでこんな低レベルな連中に合わせなければならないのか、ダンジョン運営も楽じゃないな。


 ありもしないトラップの解除方法があると思い込んであれこれ探しているが、いい加減気付いてくれないものだろうか。段々と映像がワンパターンになってきている。それでも同接は増えているのでガタガタ言う気もないんだがな。


「おっと! 一人が現実に耐えきれず気絶しましたね、人間はショックを受けただけで気絶出来るんですね、そんなだから魔族に負けるのでしょう」


 カレンの実況も段々雑になってきているしさあ、人間ももう少し頑張ろうよ。いい加減配信事故みたいな状況になってきているぞ。しかも人間は人間で『くっ……卑劣な』とか言ってるし。お前らが勝手に気絶しただけじゃん、俺が知るかよ。


 投げやりな状況になりながらも次の部屋のギミックを思い出す。たしか目が光る像を順序通りに動かすものだったな。失敗したペナルティはなんだっただろうか?


 ダンジョンの設計を見てみると、『トラップを解除するまで異音が響く』だった。流石にこれで混乱することはないと思うのだが、無いとは言いきれないのがこのパーティの実力の無さだ。


 そんなことを考えているうちに、ガスが部屋一杯に充満し、排気システムが起動しガスを排出し扉が開く。しかし気絶しているやつはまだ気絶から回復していなかった。


「くそっ! 魔王の奴め、非道なことをしてくれるな!」


 パーティのリーダーがそう憤っていたが、別にトラップで気絶したわけでも無いのに俺に責任を求められても困るんだが。勝手にキレられても困るんだよな。


「さすがは魔王様! 人間たちの絆を断ち切るのは大得意ですね!」


 勝手な解説をカレンがしているが、俺の意図したところではないぞ。連中の心と観察力があまりにも弱いだけだ。そんなもんを俺の責任にされても困る。そんな料理に失敗したのも魔王が悪いみたいな理論を振りかざすつもりはないんだよ。


「魔王様、申し上げにくいのですが……連中は引き返そうとしていますよ」


 ブレインの言葉に配信画面に目をやる。あの根性無しどもはあの程度の罠にビビって気絶した仲間を抱えながらダンジョンから出ようとしていた。逃げるのは自由なんだが画にならないんだよな。


「たしかダンジョンの入り口にガーゴイルのコピー品があったよな?」


 俺の言葉に少々考えてからブレインが答えた。


「確かに入り口の両脇に配置されていますな。しかしアレはただのレプリカなので本物と違って動きませんよ?」


「魔力で動かす、このまま逃げられたら面白くもなんともないだろう、多少は連中も戦わないと見ている連中も満足してくれないだろう」


 そして大急ぎで逃げ去っているパーティがダンジョンの入り口に来て、あと少しで脱出というところで俺はガーゴイルに魔力を注いで動かした。


「ウソだろ!? ガーゴイルだって!?」


「置物じゃないのかよ! 動くなんて聞いてないぞ!」


「しかもこちらは三人だぞ! 勝てるわけがない!」


 コイツらまるでやる気が無いな。ダンジョンの運営だってただじゃあないんだから、こっちも元を取らなきゃならないんだよ。そもそも逃げ出してなけりゃ必要も無い事をさせられるこっちの身にもなれってんだよ。


 しかもレプリカを無理矢理魔力で動かしているのでまともな強度も攻撃力も無い。ハッキリ言ってその辺の一角ウサギに角で突かれたら崩れ落ちるレベルだぞ。そんなものを相手に必死に逃げようとしているのは見苦しいにも程がある。


「待て! どうやらあのガーゴイルはダンジョンに入ってこないようだぞ!」


 パーティのリーダーが気付いたので、魔法使い役の意識が回復するまで休憩となったようだ。丁度いいので広告を流すことにする。期待外れではあるがスポンサーへの顔は立つだろう。


 そうして今回の配信の全スポンサーの映像を流したのだが、よほどのショックを受けていたのか映像が終わって配信画面に戻っても女の意識は混濁していた。尺が長すぎるぞ。


 仕方ないのでカレンの実況でなんとか場を繋いで、ようやく回復した頃にはカレンの方が延々無理のある実況をさせられたせいで疲弊していた。


「よし! 支援魔法を頼む! ガーゴイルを倒すぞ!」


「は……はい!」


 ようやく人間らしいことを始めたな。性格のわるい魔族だってもう少しマシだぞと思っていたが、多少はやる気になったようで何よりだ。


「うぉおおおおおおおおおおおお!」


 支援魔法を受けたリーダーが全力で斬りかかるとガーゴイルのレプリカはあっさり壊れた。流石にこれには拍子抜けしたようだが知ったことではない。去りゆくパーティを入り口から撮影して今回の配信は終わった。


 果たしてダンジョンクリアの報酬を払うのと今回のように逃げられるのではどちらが儲かるのかは分からない。ただ、あまりにも無能なやつをダンジョンに入れるのは危険だと言うことだけは理解した。


 後日、人間たちに交じってダンジョンの情報を流しているアルマから『なんかガーゴイルを倒したとか吹聴して回ってものすごくイキってます』という報告が来たのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る