第11話「実況者を採用してみた」
「魔王様、一つよろしいでしょうか」
ブレインがうやうやしくそう言うもので思わず頷いてしまった。コイツもそれなりに現状の財政がヤベーことを知っているので少しは建設的な意見なのだろう。それを聞かないほど俺は強情ではない。
「なんだ? お前がわざわざ来たと言うことはそれなりの用件なのだろう、答えろ。それと、隣にいる魔族のことも説明しろ」
今日のブレインは一人の少女を連れてきている人間ではなく魔族らしく角と僅かに伸びた牙がそれを物語っている。しかしコイツが誰かを連れてくるのは珍しいな。コイツの役割は俺の指示を部下たちに伝えることもその一つだったはずだ。俺にわざわざ何かをして欲しいなどということは滅多にない。せいぜいダンジョンを作るときに提案をするくらいだ。
「はい、もちろんですとも。実はこの女、酒場で歌を歌っていた流しの歌手ですね。珍しいものではないのですが、一つ思いついたことがありまして、具申させて頂きたく連れてきた次第です」
ほーん、コイツにも何か考えがあるのか。それなりに役立つことを思いついたのだろう。本当に無意味な情報を俺に流すようなやつではない。
「それで、その女を使って何をするつもりだ?」
「は! カレン、魔王様にプランの説明をしろ」
カレント呼ばれた魔族は顔を上げて俺の方を見た。前髪が目を隠すほど伸びているので顔はいまいちよく分からない。しかし酒場の流しなんてやっていたのだからそれなりに声を出せるのだろう。
「そう萎縮するな、俺も無意味に魔族は殺さない。だから言いたいことはハッキリ言え」
面倒なタイプの魔族っぽいが本当に役に立つんだろうな?
「私はカレンと申します、ブレイン様に声を見込まれてダンジョン配信の実況をさせて頂きたく思います!」
その声は引っかかりの一切無い気持ちのよい声だった。顔はあまり見えないので分からないが、声だけなら可愛いのだろうと思う。
「魔王様、こちらをどうぞ」
そう言ったブレインは宝石を一つとりだした。そしてその赤い宝石は目線くらいのところにある台に置いてある。これは……
「これは何をする魔導具だ? 魔力は確かに詰まっているようだが……」
その言葉にはカレンが答えた。
「魔王様の配信している身分証に声を流せる機能のある宝玉です。私は声を見出されてここに来ることになりましたが、もし雇用して頂けるなら大変な僥倖です」
よくもまあそんなことを思いつくものだ。俺はブレインに目をやると微妙にその目は泳いでいた。
「ブレイン、俺は自分がダンジョンを作れても面白い語りが出来ない事くらいは知っている。ハッキリ言っても構わないが人に言わせるのはやめろ」
そう言うとようやくブレインは計画を話し出した。
「ダンジョンの配信は新しい娯楽として需要がありそうですが、通路の移動中などどうしても退屈な時間が流れます。そこを解説して盛り上げたり、ここぞという危険な場面で期待を煽るような事をしたいんですよ!」
たしかに始終トラップを仕掛けるというのも見ている側が疲れるしな。そこへ毒にも薬にもならない解説を入れるというのは悪い事じゃない。それにカレンと名乗った魔族の声は玉を転がすように綺麗で澄み渡っていた。魔族が言うことでは無いのかもしれないが心が洗われるような声だ。
「では一回実況をしてもらえるか、ちょうど今、ダンジョンに潜っている奴がいるんだ。まだ浅いところにいるからそいつらが攻略なり全滅なりするまで実況してもらえるか」
カレンは少し緊張した顔をしてから頷いた。
「はい! それでは配信を始めてください!」
準備も何も無しに出来るのか。その度胸だけでも結構大物だな。
「自信はあるのか?」
そう訊くと、カレンはニコリと笑った。
「私、声には自信あるんですよ」
やる気があるのはいいことだ。それと、コイツは多分ブレインに連れてこられたくらいなのだから多分まともに税金が払えるほど稼いではいないだろう。そういう魔族にチャンスを与えるのも魔族のトップとしての務めではないだろうか。
「では映すから実況してみろ、配信用の魔導具はそれだ」
特に使い方の解説はしなくてもいいだろう。魔力を流して喋るだけだ。幸いなことに魔導具は魔力を込めている本人の声しか拾わない、俺たちの喋っていることが流れる心配は無い。
そうしてやや大きめの板に物好きが挑戦しているいつものダンジョンを映し出した。その映像にはそこそここなれた冒険者のグループが慎重にダンジョンを進めているのが映る。こういう慎重なのが面倒くさいから配信していないんだよな、こんなもん流しても特別面白い事件が起きないのだから流しても面白みの欠片もない。
「では始めますね」
カレンがそう言うと魔導具を手に取りそれに声をかけ始めた。配信は有効になっているが、宣伝はしていないので見ている魔族の数は少ない。いきなり沢山の相手をするより少数からテストをした方が安全だからな。いきなり魔族の大半が見るような映像に声をのせて失敗し、後ろ指を指されるようなことは悲しいからな。
「さて、始まりました緊急配信です! 今回ダンジョンに入ったのは何も尖ったところのない面白みのない連中です、どうにか面白いことが起きて欲しいですね、実況担当のカレンです、さあ配信が始まりますよ!」
まったく喋れないわけではないらしい。最低限の度胸はあるようなので止めずに最期まで見物させてもらおうか。
そんなことを考えていると、パーティがトラップをめざとく見つけ解除した。命の危険は無いのだから出来れば引っかかって欲しいのだがな。
「おっと、コイツらはビビりのチキンですね! 大したトラップでもないのにこの慎重さ、これはビビりすぎでしょう。この配信者泣かせめ!」
結構辛辣だな、その通りだから困る。どうかとは思うがこの調子で続けさせよう。
「あー! ついにトラップに引っかかりました! え? スライムの詰まった落とし穴に落ちましたね。ダンジョンって怖いですねえ! しかし根性を見せてくれます! きちんと落とし穴から出てきました! ヌメヌメのままダンジョンを攻略するつもりのようです! あの程度のトラップに引っかかるのに奥に進んでいく、その蛮勇には敬意を表したい!」
そしてダンジョンは徐々に攻略されていった。パーティは非常に慎重に進むのでトラップに引っかかることが少なくて絵面が面白くない。いくら何でもこんなパーティを配信しても見るやつなんて……
「魔王様! 同接が増えています!」
そこにブレインの声が割り込んできた。コイツも配信管理画面を見ていたらしい。
「マジか……物好きもいるもんだな」
俺はそう言って配信状態に目をやった。そこには途中から配信を始めて絵面も面白くないというのにいつもの配信より多めの数字が出ていた。これが何かの間違いでなければカレンの実況の力なのだろう。すごいな、しゃべり一つでここまで変わるものなのか。
「さあこの面白みのない奴らもそれなりの奥まで潜ってきました! さあここからトラップが強力になっていきますよ! コイツらは無事生き残れるのか? 皆さん注目しましょう!」
ダンジョンの奥に入ってきたが、それに合わせて同接もジリジリと増えていく。これならスポンサーがつくんじゃないかと思えるほど順調な配信だ。いくらイレギュラーな事とはいえ、金になるかも知れなかった話を逃したのは少し惜しいな。
などと考えているうちに連中がもう一階層クリアしていた。カレンの実況にも熱が入ってくるようで、盛り上げてくれるのはいいことだと思う。
「一階層は無事突破したようですね、人間が必死に成様ほど面白いものはありませんね! みんなも楽しんでね! この先にはもっとすごい……おっと、これは非公開情報でしたね……」
そう言って音声を切る。俺は思わず言った。
「なあ、別にこの先も特別すごいものは無いダンジョンなんだが何か仕掛けたのか?」
その質問に対しカレンのヤツはしれっと言う。
「さあ? 私はこのダンジョンよく知らないですし、ただの煽り文句ですよ。言っておけばこういう休憩の光景を延々流す退屈な間に同接が減りにくくなるでしょう?」
「それはまあ……間違ってはないが」
大丈夫か? 何も特別なものは無いぞ。しかし表示されている同接数はあまり減っていない。数字がきちんと保たれているので批判するにもな……問題はダンジョンがつまらなかった場合俺の責任なんだよな、この実況者に頼るしかないか。
そうしてジリジリと減っていく数字を眺めながら少しばかり待つと、冒険者たちも補給が出来ないので体を休めたらさらに奥に入って言った。この調子で大丈夫だろうか?
少なくとも人間が進み始めたところでカレンが実況を始めると確かに同接は増えた。仕方ない、任せるしかないな。
運命の神とやらは魔族でも味方をしてくれることがあるのだろうか、そんなことを考えながら配信画面を見た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます