第9話「選択と決戦」
さて、初配信は佳境に入りつつあった。俺の仕込んだボスが待つ部屋の前でパーティが戦略を練っている。部屋にはしっかりと『この先ダンジョンボス』とプレートを部屋の扉の上に貼っておいた、その甲斐はあってパーティの戦略は紛糾していた。
『だから! ボスなんて突っ込んで全員で奇襲をかけるべきだろ! 魔族が一番弱いのは身構えていないときだろうが!』
『慎重にいきましょうよ、危険なボスがいるかもしれないんですよ?」
『なわけねえだろ、ここまでだって死ぬような罠はなかっただろ! 速攻を仕掛けてこちらに気付く前に倒しきる方が安全だろう』
『落ち着け、ここは初心者向けとはいえ、ダンジョンのボスを名乗っている部屋だぞ。危険が無いはずがないだろうが』
『はっ! リーダー様がビビってちゃ世話ねえな』
しかし煽られたリーダーも冷静に話そうとしていた。
『もしボスが危険なものだったら真っ先に死ぬのはパーティの盾なんだぞ? それを誰がやっているか考えてからお前はそう言っているのか? 自己犠牲も結構だが慎重で悪い事なんてほとんど無いぞ』
ふーむ……なかなか面倒なリーダーだな。この調子では簡単に攻略されてしまいそうだ。ちなみにわざわざボス部屋の隣に設置しておいた期間用魔方陣は『どこに繋がってるかわかんねえだろ』と全員一致で丁重に無視された。魔族が信用出来ないのは分かっているが、もう少し葛藤している場面を流したかったので俺の意図通りにはいかなかった。
「魔王様、帰還陣はせっかく用意したのに残念ですな」
「まあ人間がこちらの思い通りに動くとは限らんだろう。全て思い通りにいったらやらせだのなんだのとあらぬ疑惑をかけられそうだしな、これはこれでリアル感があっていいだろ」
実際、パーティがボス部屋の前で口論を始めてから同接は増えている。徐々に積み重なってきた不信や疑念を楽しんでいる魔族が多いのだろう。お客様満足度が高いのだからきっとこれが正解なのだろう。帰還陣は無駄になったかもしれないが、どうせそれを設置するのに使ったのは俺の魔力だけだ、それ以上の見返りがあったのだから文句は無い。
『分かったよ、じゃあ俺が『絶対防御』スキルを使って先陣を切るからお前は回復出来るように魔法を準備しておけ、リーダーもそれでいいな? 俺だってこのパーティの盾だ、お前らが俺より先に死ぬようなことにはしねーよ。それ文句ねーだろ』
『そこまで言うのでしたら……』
『責任はしっかり取ってくださいよ?』
『みんな納得したか……ならその作戦でいこう。本当に気をつけろよ』
どうやら連中も意見がまとまったらしく、ボス部屋の前でスキルなどを使用する準備を始めた。少し地味な画が続きそうなので操作パネルをタッチしてスポンサーの広告を流した。この場で離脱する視聴者は少ないだろう。
人間がボス部屋に到達したということで同接数も増えていたので広告を流してみたのだが、ほとんど同接数は落ちなかった。どうやらいいタイミングで広告を差し挟むことが出来たようだ。
一通り流したらボス部屋の中に映像を切り替えた。パーティが突入してくる瞬間をしっかり映しておかないとな。
ギィ……バタン
扉が重い音を立てて開いた、そこへ先ほどの男が盾を構え、その盾に魔力を込めてバリアを張りつつ突入してきた、その陰に隠れて他の三人も突入してくる。中に置いておいたゴブリンもそれに気付いたようだ。
『ギッ!? ギギッ!?』
入ってきた連中はゴブリンを見た途端に気が抜けた顔になり、盾をやっていたやつに至ってはスキルを解除してしまった。
『なんだぁ? ボスなんて大層な身分をしているクセにゴブリンじゃねえか。魔族は人間様を舐めてんのか?』
『苦労してたのがバカみたいですね』
『楽でいいじゃない、サクッと倒しちゃいましょう』
リーダー以外の三人が気を抜いているところで、ゴブリンは動いた。それも通常のゴブリンとは違う圧倒的な速度でだ。その小さな体で盾に体当たりをする。ぐらっと盾が揺らいだところで油断していたところへ爪でひっかきにかかった。
『マズい!』
リーダーがゴブリンの爪を剣で受け止めた。なかなかやるじゃないか、他の三人はゴブリンの突然の攻撃に驚いていたようだが、コイツだけは反応した。
『コイツはただのゴブリンじゃない! みんな戦闘態勢を取れ!』
その声と共に全員が戦闘用のスキルを使用した。危ないところだった、ゴブリンがワンパンで全員を倒してしまうといまいち見ていて面白くない。どちらが勝つか予想するのも楽しみの一つだからな。結果の見えている勝負は面白くないんだ。
そこから御一行はゴブリンとのマジバトルになった。スキルをフルに使いながらリーダーが指示を出している。それとは対照的にゴブリンは本能のままにパーティに対してその力で殴ったり蹴ったり体当たりをしたりしている。普通のゴブリンであれば弱すぎる攻撃だが、俺の強化済みなので一撃一撃がしっかり防御しないと耐えられないような攻撃になっている。
『クソが! なんでゴブリンごときの攻撃がこんなに重いんだよ!』
『ヒールが間に合いませんよ!』
『なんとかもう少し耐えてくれ! おい、『ファイヤーブラスター』の準備をしろ!』
『え? ゴブリン相手に使う魔法じゃ……』
『コイツはただのゴブリンじゃない! 四の五の言ってられないんだよ! とにかく大技で焼き払う! 俺たちが守るから詠唱を始めろ!』
ほう……連中もなかなかやるじゃあないか。しっかりと中級呪文まで準備済みか、ここに来る時点で初級魔法しかマスターしていないと思ったが、存外慎重な奴らのようだ。
「魔王様、このままでは攻略されてしまいますな」
別にどうでもいいと言った感想を隠そうともせずブレインは言い放った。別にここを突破されても大した価値のないダンジョンの報酬と、犠牲になる一匹のゴブリンのみの損害だ。それが大した痛手ではないことは理解しているようだ。これだけ数字を取れているのだから別にそのくらいは人間にくれてやってもいいな。
「そうだな、人間にしては頑張った方じゃないか? ギリギリの戦闘を見せるつもりだったが、戦略を練ればこの程度の人間でも割と余裕がありそうだな」
そんなことを話しているうちに、盾がボコボコになって使い物にならなくなりつつあるところで詠唱が終わった。
『ファイヤーブラスター』
巨大な火柱が上がってゴブリンを焼き尽くす。あの火力ではゴブリンの死体も残らないだろうが、ゴブリンの素材に価値が有るわけでもない。あのゴブリンは頑丈だが、俺の魔力補助でそうなっているだけで、死んでしまえば魔力が霧散し、ただのゴブリンと変わらなくなる。だから素材を諦めた戦い方は偶然だろうが至って正しいと言える。
ゴブリンが灰になって燃え尽きたところで魔力蓄音機でファンファーレを鳴らした。入ってきた連中のためではなく視聴している魔族のための演出だ。
『倒した……のか?』
『やったわね! 私たちの勝ちよ!』
『なんかあっけなかったなあ……』
『よし、奥に出口があるはずだ、そこから帰るぞ』
そうして勇敢なチャレンジャーたちはボス部屋の奥、報酬を置いてある部屋に入った。
『驚いたな、結構な報酬じゃないか』
『持てるだけ持って帰るぞ! 高そうなものから集めていけよ!』
こうして冒険者一行の初心者向けダンジョン攻略は終わった。なかなか魔族も楽しんでいたようで、ボス戦では結構見ているやつが多かった。これならスポンサーも満足だろう。
「魔王様、お疲れ様でした」
「ああ、予想外のこともあったが数字は取れたな」
「では、私はまた出稿者探しに戻るとしましょう。今回の成功報酬も受け取ってきますので失礼します」
そう言ってブレインは出て行った。こうして俺の作ったダンジョンにチャレンジする人間達は魔族を楽しませて好評のうちに終わった。
「さて……目新しいダンジョンでも作るかな」
そう独りごちて俺は自分の部屋に戻り、椅子に座り、自分のダンジョンを攻略するのに必死になる人間達に思いを馳せた。
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