第8話「猜疑心」

『な……なあ、この先に進んでも大丈夫なんだよな?』


 盾役の男がリーダーにそう言っていたのだが、リーダーの方は無言だった。どうやら不信感を与えることには成功したようだが、無言は勘弁して欲しい、見ていて面白くならないだろうが。


「魔王様、この先にはどんなトラップを仕掛けているのですか?」


「ああ、この後は二つの道を用意してある。どっちも同じところに出るんだがな、選択出来るのはどちらか一方だけだ。もう一方は選ばれなかった時点で扉が開かないように出来ているんだよ」


 不審そうにブレインはこちらを見てくる。まあこんな手ぬるい罠は信用もされないか。


「まあ見てみようじゃないか、人間達の絆というものがどれだけ強固なのかをな」


 ふん、絆なんて役に立ちそうもないもので結ばれている関係など信用出来るものか。こうして不和を僅かずつにでも積み重ねていけば崩壊するものだ。例えばそれは膨大な重さを支えている柱のようなものだ。無傷の間はきちんと支えられるが、爪でひっかいただけでもそこから崩れるほどに脆いと相場が決まっている。


 そんなやりとりをしているうちに、人間達は二つの扉がある分岐に行き着いた。しっかりと『右と左、進めるのはどちらか一つ』と壁に書いておいた。そして壁には二つのボタンがある。押した方が開くような仕組みになっている。


『くっ……トラップか、どちらを選んだものか……』


『右に行こうぜ、こんなもん考えてるとイライラしてくるんだよ』


 盾役の男は見た目通り筋肉で物事を考えているようなことを言っているが、案外それが正解なのでなんとも皮肉なことだ。


『私は左かな、直感だけど』


『そう? 右の方が安全そうだけど』


 こうしてパーティはどちらの扉を開けるかの議論が始まった。しかしヒントが無かったのであまり議論が沸騰するようなことにもならない。扉に色でも塗っておけば勝手に推測してくれたかもしれないので反省をしておこう。人間とは脆弱だが意志だけは強いはずなのに、この程度の揺さぶりでも勝手に不和を起こす。愚かな生き物だと思うが、滅ぼすのは不可能だろうな。


 そしてここでの議論の同接を確認したが、視聴数は微増となっている。大きく跳ねるでもなく、ガツンと落ちるわけでもなく、ただただ緩やかに数字が増えていた。


『よし! ここは左に行こう、俺の勘を信じてもらえないだろうか? 頼む!』


 リーダーがそう言って仲間に頭を下げている。ちっ……統率を取るのは上手いようだな。他の三人も、リーダーが頭を下げると異論も出せず、結局連中は左のボタンを押す。そして無事開いた左側の扉の中へと入っていった。真っ先にリーダーが入っていったのは自分の選択に責任を取るためだろう。こういう人間は厄介なんだよな。


「どうしましょう? 即死トラップでも使用しますか?」


 ブレインが不安そうに訊ねるが、俺はそっと首を振った。それはスポンサーに申し開きが出来ない、死者が出ること自体は魔族が楽しめるだろうが、即死されると面白さが一気に減ってしまう。人間を殺すのを否定はしないがじわじわとやる方がいい絵が撮れるのだ。


「即死トラップは無しだな、ただし次の部屋には魔物を用意している、そいつに頑張ってもらおう」


「ちなみに何を用意したのですか?」


 ブレインがおずおずと訊いてきたのでシンプルな答えを返す。


「バフ魔法をそれなりにかけたゴブリンだよ、見た目は普通のゴブリンなのにゴブリンキングにも劣らない力を持っているぞ」


「ゴブリンですか……このダンジョンのボスでしょう? それはあまりにも一方的に殺されてしまいませんか?」


 甘いやつだ。俺はきちんとゴブリンに怪力と魔法耐性を付与したんだぞ。


「ゴブリンにしたのにも意味がある。お前だってクソ雑魚と思っていたやつが実はとんでもない実力を秘めていたら驚くだろう? ギャップがあった方が良いって事だよ」


 ゴブリンが活躍すると並の魔族だったらゴブリンでさえもあれだけ検討したのだから自信がつくはずだ。もう少し魔族連中には人間との戦いを頑張って欲しいものだ。連中ときたら人間に会ったら出来るだけ逃げている連中が多い。それがゴブリン以下の行動だと思わせればもう少し頑張ってくれるだろう。


「たしかに……ゴブリンにまともなパーティが苦戦したら魔族も対抗意識を持ちますな」


 と言うことで、冒険者一行は何のトラップもない道を進んで合流地点にたどり着いた。便宜上合流地点と言うが、実際は選ばなかったルートの存在を隠すようにしっかりと隔壁が閉じているので、そこが合流地点だとは気付かないはずだ。


『なあ、何も無かったけど怪しくないか? そんな美味い話があるのか? それともお前にはルートの先が分かっていたのか?」


 縦の男がリーダーにそう言ったので議論が始まった。


『えー、パーティリーダーの選択で罠がなかったんだから良いんじゃない? 魔物も出てきてないしさ、きっとあたりの通路を選んだんだよ!』


 その言葉に最後の一人も意見を述べ始めた。


『信用して良かったと思いますよ、ここはトラップがそれほど無いと聞いていますし、無事皆で通れたんだからいいじゃないですか』


 喧々諤々とした議論が始まったが、答えのない議論は混迷を極めていく。トラップの設置も込み入ったものは手間だしな。いくら魔法で設置出来るとは言え、コストの安いトラップで出来るだけ効率よく視聴者を満足させたいのだ。


 そしてパーティの議論が始まってから同接が割と伸びた。魔族は人の負の感情を人間達が飲んでいる健康ドリンクぐらいの感覚で接種するのでさぞや気持ちのいいことだろう。


『そろそろ最深部なんだけどさ、この先に進んで本当に大丈夫なのかな?』


『ここまで来て引き返せという気か?」


『うーん……そうじゃなくてさ、回収出来てないアイテムがありそうって言うかさ、ほら、やっぱりダンジョンに入ったならそれなりにアイテムが欲しいじゃない』


『誰かさんが薬草一個だけを選んだしね』


 その言葉に急激に空気が悪くなった。この先にはボス部屋と『ダンジョン入り口』への帰還陣が描かれている。それを使えば安全に脱出出来るがボス部屋の先のご褒美は無しだ。ちなみにご褒美の方はありがたいことにスポンサーの提供だ。


 ゴブリンごときでどこまで足止めが出来るかは怪しいところだが、バフ魔法の調整にかなり気をつかったので出来れば戦って欲しい。単に強化するだけならバフをもりもりにして入ってきた連中をちぎって叩き潰して踏み潰すことも出来るような強さを与えられる。


 しかしそれでは参加者が減ってしまうので頑張れば勝てるくらいの強さを目指して調整したのでかなり苦労した。それを見ずに逃げ出すようなことはして欲しくないな。


『分かったよ! リーダーはリーダーやってるだけあって正解を選んだんだろ! もうそれでいいから先に進もうぜ!』


 盾を手に持ち、そう言った。その言葉は雰囲気を悪くするには十分だった。万全の状態でもないのに連中は先に進んでいき、ボス部屋に入るか、魔方陣で帰還するかの選択をする地点までたどり着いた。

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