第7話「スポンサー付いての初配信」

「魔王様……今回からスポンサーが付きましたが大丈夫でしょうか?」


 いつになく不安そうにしているブレインが言う。俺だって保証はできねーよ。とにかくやってみるしかないだろうが。


「今回のために新しいトラップも仕掛けたし、ダンジョンの拡張もした。後は神というものがいるならそれに任せるしかないだろうさ」


 不安そうな顔をしながらブレインはそっと魔王城最奥に設置されたダンジョン配信用の石版に目をやった。スポンサーが料金のいくらかを前払いしてくれたので、魔導具屋から購入した大きな投影水晶板だ。金払いの良い客はとても貴重でありがたいな。


「ちなみにどのようなトラップを仕掛けてあるのですか?」


「ああ、人間達を心理的に追い詰めるようなトラップだよ、例えば黄色いガスが徐々に湧き出てきて、その部屋から出るために一人を残しておかないといけないとかな」


「ほほう、しかし死者が出るのはマズいのでは?」


 やっぱそこが引っかかるよなあ。


「安心しろ、普通の空気に色を付けただけのものだ。死人が出るようなものじゃない。ただしその事は人間達にはもちろん知らせないがな。人間達が誰か一人を犠牲にしないと出られない部屋、人間の醜いところが発揮されるだろう?」


 そう答えるとブレインも柄にもなく笑った。


「ははは! 魔王様も意地が悪い罠を仕掛けますな!」


「そりゃ魔王だからな」


 魔王として人間の醜いところを披露するのは当然だろう。画的にも面白いものになるしな。なおそのトラップは黄色いガスが全て放出された時点で部屋のロックが解除されるようになっている。


 つまりベストな選択をすれば『誰も犠牲にならず』突破可能なトラップだ。技術も魔力も要らない、ただメンタルを試すだけのものになっている。


「しかし、人間達を殺さなくていいのですか? 視聴者もそういった展開を期待しているのでは?」


「それやるとダンジョン攻略に挑戦する人間が減るからなぁ……長く続けていきたいから人間に減られると困るんだよ」


「人間にそこまでの配慮が必要とも思えませんがな」


 別に人間に配慮しているわけではない。ただ単に見世物の寿命を短くしたくないだけなんだがな。それに今回自信を持っているトラップは挑戦したパーティの人間関係に禍根を残しそうなものだ、人間達はお互いを信頼しているだろうと言うが、見捨てるというのは信頼を無くすには十分すぎる理由だ。


「例えば魚を食いたいと思えば池で釣るだろう?」


「え? ええまあ……」


 ブレインは何がいいたいのか分かっていないようだ。


「魚をたくさん取りたければ池の水を全て無くしてしまえばいい、そんなシンプルな魔法があってもそれをするわけではないだろう?」


 ブレインは何がいいたいのか分かったようでコクリと頷いた。


「なるほど、家畜はいずれ殺すにしても根絶やしにするのは愚かであるというわけですか」


「そーいうことだ。ま、俺たちは人間どもがどのくらい信用出来るか見物させてもらおうじゃないか」


 まったく、人間というのは面倒だ。お膳立てもしないとダンジョンに入ることすらしようとしない、よくもまあ魔族と戦っているものだな。


 蛮勇のような気もするが、人間と争いを続けると魔族もそれなりに消耗する。それはあまり望ましいことではない、人間達と争わず、その上で魔族達が上位にいるようにしなければならない。魔族と人間が出会うと即座に戦い始めるような状態では安心も出来ないんだよ。


「魔王様! 人間どもがダンジョンに入るようです!」


 俺は映像に同時接続数と各所の装置が映像を映してくれるように設定した。これは配布されている魔族用身分証には付いていない機能だ。これからダンジョンを監視するために特注で水晶板に機能を付けてもらった。


「よし、入り口を表示するぞ」


 俺が手のひらの水晶玉を撫でてから叩くとダンジョンの入り口が水晶板に映る。そこにはピリピリした雰囲気が漂っている四人の人間がダンジョンに突入しようとしていた。


『おい! 初めてのダンジョンがここで大丈夫なんだろうな? 言いたかないが組んだばかりの連中とダンジョンは早いような気もするんだがな』


 映っている中で大男がそう言っている。どうやら慎重派のようだな。しかし、それであってはこちらが困るんだよ。


 手を操作して広告を流す。これでしばし広告が流れるのでその間にダンジョンの操作をして扉をギィと遠隔で開けた。念のため入り口は比較的明るくしてある、人間が気兼ねなくは入れるように我ながら気をつかっているのだ。


『入りましょうよ! ここが初心者向けダンジョンなのは信用出来る情報筋からの上方よ!』


 魔法使いであろう女がそう言った。こんな見え見えのアピールをしなければ入ってくれないのか、むしろここまでお膳立てすると怪しくなるようだが、俺の流した『情報筋』はしっかりと仕事をしてくれているらしい。一組パーティを連れてきてくれただけでも褒美をやりたいくらいだ。


『そうだな、魔族だってこんな辺鄙なダンジョンを必死に守りはしないだろう。行くぞ』


 リーダーらしき男がそう宣言してパーティが入ってきたのを確認して広告を終了し、冒険者たちが中に入るところを配信再開する。うむうむ、入ってくれた時点で成功は見えたようなものだ、感謝感謝だな。


「魔王様、先ほどまで減っていた接続数が回復しました!」


「やはり広告中は接続が減るな……」


 加減の難しいところだ。ガンガン広告を流せば出向者の評価が上がっても視聴者が減ってしまう、それは少々マズいことだ。


「仕方ないことでしょう、皆人間達が苦しむ様を望んでおりますからな」


「だったら自分で手を下せばいいだろうに……魔族というのは難儀なものだな」


 自分で戦えば実力が上であれば好き放題出来るというのに、こんな微妙な連中を観察するなんて暇だな。悪趣味とも思うが、安全圏から人間達が戦う様を見るのが好きなのだろう。人間達も魔物を捕まえて奴隷と戦わせたり、魔物同士で戦わせたりして賭けの対象にしているらしいしお互い様かな。


 今回おびき寄せられたパーティは男の剣士と盾役、そして女のヒーラーとキャスターという構成になっている。リスナーの多くが肌色成分多めの展開を期待しているのだろうが、スポンサーのためにもそれは出来ない。相手は家族全員が使えるような日用品を売っている商店だ、そういう展開を流すと企業イメージが悪くなる。それは魔王自体の信用を下げることになるからな。


「さて、ぼちぼち新規トラップにたどり着く頃だな……」


「魔王様、まだ入ったばかりですが早速皆殺しにするおつもりですか?」


 もったいないと言いたいのだろう、ブレインは恐る恐るという感じで俺に訊ねてきた。


「致死性のトラップは仕掛けてないぞ。なに、ただの宝箱を二つ置いただけだ」


「はぁ……そうなのですか」


 俺はパーティが入る部屋に二つの宝箱を設置している。銀の宝箱と金の宝箱だが、どちらか一つしか選べないようにしてある。一方を選べばもう一方の宝箱は床に落ちていくようにしてある。


 そして肝心なのは宝箱を選べるのは一人だけということだ。そして宝箱はいかにもそれっぽいが、どちらにも薬草が一個入っているだけだ。つまりどちらを選んでも得られるものは薬草一つ、そして責任は選択をしたものに押しつけられるという寸法だ。


 人間がどれだけ猜疑心に富んでいるかは言うまでもない。つまりここでどうなろうともこの先にギスギスした空気を醸し出す羽目になるというトラップだ。別に血が出たり、命を落とすようなことはないが、ネチネチと入った連中の精神を攻撃するものだ。


 薬草を一つ連中に与えてしまうことにはなるが、安いものだろう。何しろ今回はスポンサー付きだからな。


『なんだここは……「二つの選択肢、一人の選択」? 一体何故こんな事が書かれているんだ?』


 部屋の前に来たリーダーはその石版を見て驚いている。わざわざ親切心から置いてやったのにそんな疑うのか、人間というのはこれだから信用ならん、魔族の多くは力が全てという性格だぞ。


 そして部屋のガラス製の扉が自動で開く、この扉は一人入ったら閉まるようになっている。


 その部屋に入ったのは……やはりと言うべきか盾役だった。命綱のヒーラーは最後方に、キャスターは援護出来る距離には位置してリーダーが部屋にいつでも突入出来るようにしている。その扉が並の物理攻撃や魔法ではびくともしないということすら分からんのか。


 盾役の男が入った時点ところ、自動でガラス扉が降りた。全員に緊張が走るものの、魔物が出てくるわけでも無いことに困惑し始めた。ガラスには遮音魔法をかけているので中の様子は見えるがコミュニケーションは取れない。


『なんだぁ……? 「どちらの箱を選びますか?」だと』


 さて、この男はどちらを選ぶかな? どちらを選んでも一緒だが、出来れば悩んでくれた方が同接が増えて助かるんだがな。


『罠だ! 気をつけろ!』


『危ないわよ!』


『逃げてください!』


 それぞれがそれぞれのことを言っているが、この部屋から出るには宝箱を開けるしかない。さて、どちらを選んでくれるかな?


『クソが! ハズレを選んだらどうなるんだ? 死ぬのか? クソみたいなトラップだな!』


 男は悪態をついているが、金と銀の宝箱を前に悩んでいる。二つは同時に開けられる位置にはない。さて、どんな選択をしてくれるだろうか?


『おい! 銀の宝箱を選べ! 多分金の方は罠だ!』


『待ってよ! お宝が入ってるかもしれないじゃない! 金の方が豪華そうだからそっちを選ぶべきだって!』


『バカ! アイツの命がかかってるんだぞ!』


『ヒントが無いんだからどちらを選んでも一緒じゃないかしら?』


 チッ……勘のいいやつもいるようだ。まあいい、その言葉がやつに届くことは決して無いのだ。それに接続数も無事じわじわと増えているしな。


 画面の左に部屋の中を、右側には部屋の前で言い争っている様子を流している。これは結構いい感じに数字が出そうだな。


「魔王様、なかなか出足は好調ですな!」


「ありがたいことだよ、人間が疑い深いというのは実に面白いな」


 人間の醜いところと、悪意や猜疑心を簡単に体感出来るというのは魔族にとってはお手軽すぎる娯楽だ、自分で何かをする必要も無いしな。


『ええい! 悩むなんて柄じゃねえ! こっちだ!』


 男は金の宝箱を選んで開けた、中には薬草が一個だけ、そして銀の宝箱は床に開いた穴に落ちていった。宝箱が手の届かないところに行ってからキョトンとしていた。そこでガラス扉が開いた。


『良かった! 生きてるな! 無事で本当によかった!』


『まあ良かったわね、私としてはもう一つの宝箱の方も気になるのだけれど』


『生きているんだからそれでいいじゃないですか、もう一つの穂湯がトラップだった可能性もあるんですよ』


『それはそうだけど……』


 どことなくパーティに猜疑心を植え付けることには成功した。そして同接も無事増えた、このまま瓦解してくれればいい感じに数字が取れるんだがな。是非とも仲間割れを期待したいところだ。


『いいか、罠には細心の注意を払って進めよ! 今回は怪我もしなかったが幸運だと思え』


 リーダーの奴め……コイツ指導力がそれなりにあるな。まあいい、この先にもトラップは用意してあるしな。


 俺とブレインは数字の増減に一喜一憂しながらそのパーティの次にかかるトラップについて考えていたのだった。

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