第6話「スポンサーがついた」

「魔王様! 緊急報告失礼します!」


 転移魔法が使えないからといって大急ぎで俺の部屋に入ってきたのはもちろんブレインだ。まさか勇者が誕生して攻め込んできたというわけでもないだろう。いくら勇者でもそんな急成長したら人間からも恐れられるだろう。


「何の用だ、またダンジョンが落ちた報告か?」


「いえ! 違います!」


 肩で息をしながらブレインはソワソワした様子を隠しきれないようだ。どうせ大した自体でもないだろうが話は聞くか。


「じゃあなんだよ? 初心者向けダンジョンで死人が出たとかそういう話か? 俺だって難易度調整はきちんとやってるんだぞ」


 面倒事でなければいいのだが、コイツはそこそこ優秀なだけに割とギリギリまで問題を抱え込む悪癖がある。本当に危険なことなら魔王の力でなんとかするからさっさと報告を上げてほしいのだがな……


「いえ、ダンジョン運営は至って順調です! 実は配信のスポンサーに名乗りを上げた企業と話し合ったのですがなかなかいい値段をつけて頂けました! しかも至ってクリーンな魔族です! 配下の者達からも評判がいいので間違いなく優良顧客かと」


「ふむ……」


 なるほど、スポンサー探しをしていたんだったな。ここ数日ダンジョンの改善と新しいダンジョンの設計ばかりをしていたのですっかり頭から抜けていた。しかし魔族にもクリーンな運営をしているやつがいるのだな。大抵のところは搾取か脱税をしているものだと思っていたがなあ。


「それで、現在の平均視聴数は4桁だがそれでも名乗りを上げてくれたのか? 額の方はどうなっている? いくらスポンサー探しをしているからと言って足元を見られたわけではないだろうな?」


 ようやく落ち着いてきたブレインのやつは悪い笑みを浮かべて話し始めた。やはり魔族はこのくらい企みを感じさせる方がいいな。


「はい、しばらくは魔王城の全員への給与に充てられるほどの金額を提示してきました!」


 それは大変美味しい話なのだが、そこまで順風満帆だと怪しい気さえしてくるな。魔王城の人件費を知っているのだろうか?


「それで、条件はどうなっている? あまり過激な宣伝は出来ないぞ、きちんとその辺も相手に伝えたのか?」


「はい、向こうの出してきた条件はシンプルです。その金額でスポンサーになるので向こうしばらくは値上げをしないでくれという契約ですな。すぐに視聴数を集められる配信でもありませんし問題無いかと、いえ、むしろありがたい契約条件ですな」


 昔からうまい話には裏があるというものだが、そう簡単に信用して大丈夫か? 大した条件ではないような気がするが、向こうもこちらの将来性を買っていると言うことだろうか? 初期からのスポンサーとなれば有名にもなるし、接続数が増えても費用は据え置きなのでそれを狙っているのだろうか?


 今にも部屋から出て契約をしたそうにしているブレインが手に持っている契約書を俺が魔法で引き寄せた。それを開いてみると羊皮紙にはシンプルな内容が書かれていた。


『人材派遣業は是非ダークネスブラッド社にお任せを! 従業員も絶賛募集中!』と書かれており、自社のハーピーに歌わせた曲に合わせた宣伝を配信の後に入れてくれという内容だった。問題無いとは思うのだが、この企業は部下を使い捨てたと噂が立っていたんだよなあ……最近じゃ随分と良心的な経営に切り替えたらしいが、これもイメージ戦略ということか。


 どうするかなあ……財政を考えれば受けるの一択なのだが罠が無いかよく読んでおこう。こういう契約書には大抵小さな文字で但し書きがあるものだ。


 収納魔法で使っている亜空間に手を突っ込んで必要なものを取りだした。魔力で倍率が変わる拡大鏡だ。これに魔力を多めに込めて隅から隅まで確認しておこう。


「……」


「あの……」


「……」


「魔王様……」


「……」


「い……いかがでしょうか? 悪い話ではないと思うのですが」


 驚いた事に本当に条件はそれだけだった。特に小文字で但し書きなど付けていない、至極シンプル極まる良心的な契約書だった。これなら受けても問題無いだろう。


 あまりにも美味しい契約なので思わず話しかけてきていたブレインのことを忘れていた。


「いいと思うぞ、俺からの許可は出す、最終決定はお前に任せる。契約書を読んだ範囲では問題無い、よくやったな」


「はい! 魔王様の期待に応えられるようにサキュバスバーで詳しく話を聞いてきます」


 うん、なんか契約とは微塵も関係なさそうと言うか、むしろ遊びに行くような場所が聞こえたが、これも営業の一つなのだろう。魔族に潔癖であれなどと言う必要は無い、そういう連中の集まりで、そのトップが俺だ。多少の闇の部分に責任を持つことくらいはしよう。部下の責任は俺の責任だ。


 しかし一抹の不安を覚えるんだよなあ……書庫でその企業の詳細を調べておくか。


 俺は自室を出て魔王城の書庫に行って魔力錠を解錠した。滅多に誰かが入ってくるようなことのない書庫に入るとどこかかび臭い匂いが漂っている。書物は貴重なのだからもう少し管理に気をつかえと教えたはずだったんだがな……


 そんな愚痴を言っても仕方ないので書庫の近代史区画に行く、確かこの辺にあそこが起業した頃の本が残っていたはずだ。気が遠くなるような量の本だが、魔王になったときに判断力の底上げがあったので苦もなく目的の本は見つかった。


『ダークネスブラッド社について』


 そう書かれた本がすぐに見つかった。そこそこ歴史のある企業だったはずなので調べやすくて助かる。昔は調べるのが難しかったが、今ほど公開されてはまずいことを消し去るのもまた楽ではなかったからな。


 その本にはその企業が人間の奴隷を集めて農業などをやっていたという話が載っていた。こういうのが魔族と人間の確執を生むのだが、それも長くは続かず、人間はすぐ死ぬのでそれらが貧乏な魔族にとって変わられたらしい。そしてその魔族は非常に苦労したらしいが、きちんと給与を支払っているとは書かれている。その点では信用出来るだろう。


 最近の情報も調べるべく、新しめの本も当たってみたが、どれもそこそこキツいが適性があればそこそこ金になるということで貧乏魔族からはむしろ人気になったらしい。意外なところだが、魔族は体が頑丈だからこの程度の人間にとっては過酷な労働も出来るか。


 よし! スポンサーにも問題なさそうだし、気合い入れて新規ダンジョンの生成でもしますかね!


 なんとなくスポンサーが付くとやる気が出たのでなんとか上手いこといかないだろうか。少しくらい力のあるやつ向け――初心者とは言えなくなってきた傭兵連中が稼ぎに来るようなダンジョンでも作りますかね。


 アイデアはやる気になれば出るものだ。金を出してくれるという奇特なヤツも現れたことだし、きっちり視聴数を増やすためのダンジョンを作るとしますかね!


 なんとなくその日の気分はいい気分になり、真王室に戻って設計でもすることにした。視聴者数、増えるといいなあ……

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