第3話「はじめてのはいしん」

「よし、それじゃ念写水晶から持ってこられた映像を配信するぞ」


「はっ! 魔王様の仰せのままに!」


 俺は魔王専用の魔導具を手に取って、表示されている配信開始に指をのせた。


 それで受信している端末の数が表示される。現在百人ほどの魔族が視聴しているようだ。あまり多いとは言えないが、人間達が上手く立ち回ってくれることを祈るばかりだ。


 しかしこの冒険者連中、随分とのんびり進んでいる。配信時間を稼げるという意味では美味しいのだが、あまりにも絵にならないというのはそれはそれで問題ではある。


「この人間達は何故こんなヌルいダンジョンで悠長なことをしているんだ?」


 その問いかけにブレインはきちんと答えを返してくる。


「ダンジョンというのは危険なものだと認識されていますからな、しかも人間は魔族と違い腕や足をとばされれば再びそこから生えてくるような生命力もありませんし、慎重にならざるを得ないのかと」


 人間は脆弱だ、それは転生前の俺がそうであったようによく分かっている。しかし危険も無しに報酬を欲しがるのは我儘だろう、もう少しリスクを取る姿勢が欲しいものだ。


 死んだら終わりというのは魔族でも人間でも同じだが、命を大事にしすぎではないか? 命のために戦うのをやめたらただの被支配対象になるぞ。


 そんなことを考えていると、ようやく人間達がダンジョンの通路に入っていった。そこで僅かに同接が増える。やはりそうでなくては盛り上がらないからな、頑張って欲しいものだ。


 そこで俺たちも入ってきた連中の様子を視聴者の一人として見ていると、その中の一人が床の一カ所を踏んだところで粘着質の白い液体が降り注いで奴らを絡め取った。


「あれ? あんなトラップあったか?」


「今回のパーティは男女混合ですからな、オークなどには需要があるのでわざわざ白い染料を混ぜたトラップを仕掛けておきました」


「そうか……」


 なんの需要があるのかはあえて聞くまい。しかしこの瞬間に同接が跳ね上がったということはそっち方面の需要もあるということだ。一応魔王をやっている身から言えば手ぬるいような気もするが、連中をそう簡単に死なせるわけにもいかないからな。


「ちょうど女騎士もいますし、そちらをアップで映しましょうか?」


「いや、露骨なやり方をするとスポンサーが離れるからやめておけ」


 一応この実験はスポンサー探しの一環だからな、イメージが悪化するようなことはしない方がいい。今の時点でもお子様の情操教育には悪いかもしれないが、このくらいならセーフだろう。


 そのトラップに引っかかってもめげない冒険者たちは、そのままダンジョンの奥に潜っていった。あんな単純なトラップにかかるとかダンジョンに向いてないんじゃないかと思うが、なんにせよ人が来なければ成り立たないものだからな、精々がんばってもらおう。


「しかし同接が随分増えますな、わざわざ白く着色した甲斐があるというものです」


「もう全部お前が計画しろよ、俺が要るか?」


 そんな言葉を吐きながら人間達の映像を見る。連中が次に着いたのは左右に分かれた通路だ。この通路は先で繋がっているのでどちらを使ってもいいのだが、意見が割れるといい感じにギスギスするのでそれを楽しむために意味も無く道を分けたというものだ。ここで連中の議論が白熱すると撮れ高が期待出来るのだが……


「録音機能は有効になっているな?」


「もちろんですとも! 連中のギスギスっぷりを放送する準備は完璧です!」


 それは結構なことで。画面の中の冒険者たちは右に行くか左に行くかで議論が分かれているところだ。右側の壁を赤く塗って、左側は青く塗ってある、いかにもどちらを選ぶかでその先が変わりそうな雰囲気を醸しているが、その企みは成功していると言える。


『右に決まってんだろ! 不穏な雰囲気はブラフだって!」


『左でしょ! このダンジョンは引っかけるような難しい問題はないって聞いてるわよ』


 いい感じに議論がヒートアップしてきたな。さて、どちらを選ぶだろうか?


 しばし待っていると次第に安全そうな左側のルートを選ぶ流れになっていった。うれしいことに右側に行こうと主張していた奴らはいい感じに不満を持ったままそれに従っていた。うむうむ、そうでなくちゃな、話し合いの末に合意して納得されるより、こういう不穏の種を抱えた方が見ている方はドキドキするものだ。


「視聴者は増えたか?」


「はい、こういうのを見るのが好きな悪魔族層がいくらか見ているようですね」


 連中は本当に悪趣味だな。それに人間の悪意が好きな連中を仲間にしておいていいものだろうか? もしもそれが魔族に向いたら? そう考えるとゾッとしない連中だな。


 画面の中ではそれなりにダンジョンの奥地へ進んで行っている。次のトラップはパズルだ。時間内に解かないと徐々に水が溜まっていく仕組みになっている。最終的に死ぬようなことは無く、ある程度まで水が溜まったらダンジョンから冒険者ごと強制排出されるようになっている。配信をする以上貴重な役者を使い捨てには出来ないからな。


「次の部屋は改造してないよな?」


 念のためブレインに尋ねてみた。コイツは俺の言葉の裏を読みすぎるきらいがある、言われたこと以上をやってほしいわけではないからな。


 ブレインは頷いて『ここは魔王様の仰るとおりの設備になっております』とのことだ。さて、縁者たちはどう踊ってくれるだろうか? せいぜい我々魔族を楽しませて欲しいものだ、仲間割れとかがあると視聴者が増えそうなのでそれに期待をしたいな。


『おい! 青のブロックはこっちだ!』


『分かったよ! 畜生! なんでこんなに面倒なダンジョンになってるんだよ!』


『水が! 水が!」


 まだ水は足首くらいまでしか溜まっていない。肩くらいまで溜まったら排出されるようにしているが、早くもギスギスしてくれているのでなかなか役に立つ連中だな。


「パズルの方はどうなってる? コイツらにも解けそうか?」


「それほど難しいものではないんですがね、いかんせん冒険者ときたらあまり頭が良いとは言えませんからなぁ……」


 配信の動画に目を落とすと、本当に連中は苦戦していた。ただ単に決められた色のブロックを決まった場所にはめ込むだけのパズルに苦労している様は滑稽そのものだ。


 コイツら頭が悪いんじゃないだろうか? 人選ミスったかな?


『おい! そのブロックはこっちだ!』


 ゴトリ……そう音を立てて水は止まり、奥への扉が開いた。水は無事排出されたのであとは進むだけとなった。


「ふぅ……ここで終わったら視聴者が減るだろうが……なんでこんなポンコツどもがよりにもよって入ってきたんだよ」


「初心者向けを強調しましたからな、ある程度こういった手合いが増えるのはやむを得ないかと」


 ブレインが的確なことを言う。そういえば誰でもいいから挑戦しろと宣伝したもんな、雑魚が入ってくるのも無理がないことか。しかし書かれているとおりにブロックをはめ込むだけのパズルに手こずるとは思わなかった。そういえば長寿の魔族と違って人間は読み書きを覚える時間が人生においてかなりかかるらしい。読み書きを覚える余裕がなければ無理もないことか。


「もう少しわかりやすいパズルにした方がよかったな……」


「ですね、文字での解説はやめた方が良いかもしれませんな」


 ダンジョンに入るというのに随分と不用意な連中がいたものだ。さすがにもう少し考えると思ったんだがな。今回はある程度規模の少ないパズルだから良かったものの、少し難しくなると失格していただろう。盛り上がりの欠片もない配信にならなくて本当によかった。


 画面に目を落とすと人間どもは次の部屋に入ろうとしていた。次の部屋はゴーレムが守っている部屋だ。いくら何でもコアをむき出しにしたゴーレムを倒せないと言うことは無いだろう。いかにも弱点ですというところがむき出しになっている上に、強度も弱いと来ている。そんなものが倒せないなんて言う雑魚ではあるまい。


「魔王様、こやつらをこのまま進めて大丈夫でしょうか? 死人が出そうな気がするのですが……」


「流石に無いだろ。次の部屋は弱点むき出しのゴーレムが待っているだけだぞ? それもクソ雑魚に弱体化魔法を使っているような相手に負けるはずが無いだろ」


 そして俺たちは画面内の人間達が次の部屋へ入るところを見守った。なお、先ほどの連中の失態はなかなか好評だったらしく、視聴者数は無事増えている。そして次の部屋の扉が開いていった。

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