第2話「ダンジョン初心者向けの安全な物件となっております」

 さて……気は進まんが、やるしかないな。


 俺は現在、ブレインと計画の相談をしていた。そしてその場に似つかわしくない存在が一人。


「わわわ……私は殺されちゃうんですか!? あああああやりたいことがまだ沢山あるのに! 神様助けて」


「魔王様……」


 ブレインがその少女の顔を一瞥して俺に話しかける。いいたいことは分かるぞ。


「こんな人間が何の役に立つのかといいたいんだろう? まあそうだな、疑問に思うのも分かる。だがこの商人には少しばかり手駒になってもらわねば困るのだ」


「ままま魔王!? これって絶対生きて帰れないやつじゃないですか!?」


 やかましいやつだな……


『ミュート』


 とりあえずこの少女には何も聞こえず何も喋れないように魔法を使った。縛り上げるような方法もあるがこちらは平和的に行きたいのだ。


「言われたとおり商人を拉致してきましたが、このガキを何に使うつもりですか?」


「ああ、この前の計画準備は出来たと聞いたからな。これでダンジョンと配信の準備は整ったが、なんにせよ実況を盛り上げるには人間の参加が不可欠だからな」


「はぁ……」


 まだブレインは何か疑っているようだが、俺の答えはシンプルなものだ。


『マインドウォッシュ』


 洗脳魔法を使用して少女の記憶を書き換える。この魔法は多人数に使うと記憶の書き換えが上手くいかないからな、それに、噂を流す程度の役割なら少人数で十分だ。何より目の前の少女が人間達の間では情報通として信頼を得ていることは知っている。


 ぽやんととろけた目をした少女に初心者向けダンジョンという存在があることを詰め込んでいく。そして今回、魔王たちのところにまで攫われた記憶はしっかりと消しておく。


「よし、術式は無事終わった、ではコイツを元いた場所に戻してこい。くれぐれも人間に気取られないようにな」


「ははっ! 仰せのままに」


 そうしてブレインが昏倒した商人の少女を担いで出て行った。これで人間への根回しは終了だ。後はスポンサー探しだが、まずは無償で配信をして認知度を上げていくのが先だろうな。とりあえずは後々のための投資だ、せいぜい魔族たちも楽しんでくれ。


 まずは配信映えしそうな地点の確認からだな。人間達がいい感じに痛い目を見てくれれば魔族も溜飲が下がる上にスカッとする、お得な配信だ。


 さて、ブレインのやつに水晶の設置は任せてしまったが、きちんと見ていて面白いところに設置してくれただろうか?


 自分用の板を取り出す。魔王ということで一般魔族よりも大きなサイズで受信が可能な板だ。コイツでダンジョンを監視しながら良さげな場所を探さないとな。


 板に魔力を流すと何十にも分割されたダンジョン各地の映像が流れる。ほほぅ……ブレインのやつ、なかなか良いところを狙って仕掛けているじゃないか。


 カメラに写るのはどれも平和そうな場所だが、一見宝箱に見えるがミミックだったり、落とし穴があったり、果ては天井が落ちてくるトラップのある部屋にまでしっかりと設置されていた。ここら辺に人間が引っかかってくれると魔族は大層楽しめるだろう。


 ブレインのやつにはダンジョンの最奥にレアアイテムを置いておけと指令も出している、これで失敗した人間がそう簡単に諦めることがないようにアフターケアもバッチリだ。


「魔王様、よろしいでしょうか?」


 そう訊ねながらドアを開けてくるブレイン、コイツは慇懃無礼だが、実際有能なので大切にしておこう。


「無事送り届けてきたか?」


「はい、仰るとおり人間に見つからない安全な場所に置いてきました」


「よし、それじゃ配信の宣伝をしないとな」


 宣伝は大事だ。いくら面白かろうと存在を知られていなければ何の意味もない。幸い魔王権限でカードにメッセージを流すことが出来る、今回はその機能を利用しよう。


「ブレイン、お前、宣伝とか出来るか?」


 顔を見た時点で無理だと言いたげな部下を見て、広報担当も雇った方が良いのだろうかと思っている。まだまだスポンサーがつくのは先のことになりそうだ。


「仕方ない、俺がメッセージを送っておくか……」


「魔王様自らですか!?」


 驚きの声を上げるブレインだが、お前がやらないから俺がやるんだからな?


「さて、配信準備をするか」


『通信機能、オープン。全端末に情報送信』


 俺は特権機能を使って魔族が持っている身分証全てにメッセージを送る。


『人間のダンジョンチャレンジ配信が近日始まるぞ! 無謀にもダンジョンに挑む人間の無様が姿がお持ちの身分証に配信されるぞ! 見逃すな!』


 微妙な顔をしているブレインに俺は先に言っておいた。


「俗っぽいといいたいんだろうが、義務として配信を見させると余計見たくなくなるものだぞ。このくらいフレンドリーな方がいい」


「い……いえ、私は決して魔王様に威厳がないなどとは……」


 威厳ね……そんなものでも売れるなら売ってやるさ。ただでさえろくに納税しない魔族が多いのに、オマケに人間が各地で魔族と戦っているときている。頭が痛くなるような魔王軍になんとかして少しくらい金を流さなければならない。そのためなら多少魔王が軽んじられることなど許容出来る。


「皆……見るでしょうか?」


 自信無さそうにブレインがそう言う。俺にだって分かったことではないが、ここに召喚される前の世界には映像の娯楽があったので、魔族だからと受け入れられないわけではないと信じたい。


 正直に言えばそれなりに不安なのだが、トップが発案して、いいだしたやつが不安を見せるわけにもいかないしな。


「税くらい払ってくれればこんなことをやる必要も無いんだがな……」


 俺がそうこぼすとブレインは淡々と答えてきた。


「魔族がそんなに単純なら魔王様を召喚したりしなかったでしょうな」


「汚れ役をわざわざ召喚するのはやめて欲しいんだが……」


 俺のそんな抗議の言葉は届かないらしく、側近のくせに俺の言葉を聞くと顔を背けた。威厳もクソもあったものじゃないな。


「ところで魔王様、入ってくる人間達の相手は自動人形オートマタメインでよかったのですかな? 魔導具とはいえそれほど複雑な動きは出来ませんよ」


「それでいい、魔族を消耗させるのは俺の意に反するからな。自分からダンジョンに入っていくならともかく、魔王自ら戦わせるようなことはしたくない」


 エンタメのために魔族を死なせると求心力に影響するからな。俺だっていつ寝首を掻かれるか分からない生活なんてしたくない。いくら魔族が退屈しているからって、わざわざ命の危険を冒すことはない。何より魔族は貴重な税収の元だからな。


 そこでブレインがカードを取り出し部下と通話を始めた。果たしていい知らせなのか悪い知らせなのか……


「魔王様、冒険者の一団が『始まりの迷宮』に挑むそうです! 配信を始めますか?」


「もちろんだ。人間達のお手並み拝見と行こうじゃないか」

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