召喚魔王は財政改革のためにダンジョン配信を始めるようです

スカイレイク

第1話「魔王たちは金欠のようです」

「魔王様、食事をお持ちしました」


 俺に側近のブレインが食事を持ってきた。それは俺が魔王メディオという役割に就いてからいつも通りの食事だった。しかし……なんというか……


「みすぼらしいな……」


 ああ、転生前の食事が懐かしい。コイツが食料のキツい魔王軍からなんとか俺のために食料を調達してきてくれたのは分かるのだが、食えるだけマシとは思えなかった。


 転生前は確かに貧乏だったが、それでも日々の食事に困るほどではなかった。それを思うと現状はお世辞にも良い環境であるとは言えない。


「魔王様、本日も冒険者たちへの対策品のカタログです。ご発注をお願いいたします」


「はいはい、分かったよ、目を通しておく」


 魔王軍がジリ貧か……出来れば人間に勝っている間に召喚してほしかったな。


 俺は頭の角を触りながら、部屋から出ていったブレインの出て行ったドアを眺めた。


 魔族たちの納税意識は誉められたものではない。連中、人間より体が頑丈だからと数年単位で幽閉されようともたいして罰にはならないので開き直って脱税を平気でしている。納税は義務だった前世と比べると難しい連中ばかりになったもんだと実感する。


 ええっと……今、人間達が落としたダンジョンはどのくらいになるんだっけ?


 俺は魔力を流して手元のガラス板に戦況を表示させた。拠点の制圧率を見てみると魔族領にあるダンジョンの三割くらいが青く表示されている。ここまでヤバくなってから魔王を召喚しようと思いついたのがブレインという魔族だが、俺はあのいけ好かないブロンドの優男が、自分の責任を押しつけるために俺を召喚したのではないかと疑っている。


 そもそも俺なんて魔王の器じゃないんだよ。ただの小市民を召喚して『魔王様、ご命令を』と言ってきたアイツを思い出すとイライラしてくる。


 仕方ない、今の税収で買えるものを見てみるか。


 先ほどブレインが置いて行った魔導具のカタログを手に取る。しっかり印刷されているのを考えると魔族にもまだ余裕があるのではないかと思えてくるな。まあ、魔王に配慮しただけだろうと思うがな、金に困っているのだから手書きのリストでも問題無いはずなのに、わざわざ書物の体を取っていることはせめてもの見栄だろうか。


 ペラペラとめくってみるが、どれもかなり高額なものばかりになる。その上大抵のものは人間たちに攻略されたという嫌な実績がついているものがほとんどだ。


「どうしようもなくね?」


 俺は一人きりの玉座でそうつぶやいた。どうしようも無いとはこのことだろう、安心の『人間にたいする高い効果!』とか『魔王歴最新版!』とか『撃退人数○人』などという威勢の良い言葉が書いてある。


 このカタログを作ったやつはきちんと校正をしたのだろうか? どうせそのうち倒される魔王だからと小銭を巻き上げようとしているとしか思えない。頭の角を引っ張れば外れて人間として生きていけないかなとまで考えるほどにろくでもないものばかりだった。


「新製品に期待するか……」


 俺は諦めて新製品のページを開いたが、よく考えると『魔王歴最新版!』は新製品リストに載っていなかったな、という過去のカタログをもらいだしてからずっと旧製品の項目に載っていた。多分廃盤になるまで最新版を名乗るのだろうな、人間達と変わりゃしないな。


 新製品には『実績あり! 冒険者撃退に安心のガス発生装置』『長期使用可能! 長持ち回復魔法スクロール』などなどが載っている。新製品なのに実績があるのかなどというくだらないツッコミはもうしない、それは今までに何度も見たからな。


 そしてどれもそれなりの値段がした。諦めの境地に至ったところで一つの魔導具を見つけた。それは通信魔法と転写魔法が付与された水晶で、使い道としては要するに部下を監視するための監視カメラだった。その製品の新しいところは、最近発明された高品質通信で一々有線で接続しなくても魔族なら皆所有している身分証に映像を映し出せるということだった。


 ん……? 待てよ、これを組み合わせれば……


 俺はブレインを呼びぶためのベルを鳴らした。


 まるで扉の前で待っていたかのようにすぐに入ってきた。


「お気に召したものがありましたか?」


 コイツの言葉からは自信が感じられない。薄々このカタログが胡乱なしなの集まりであることを知っているのだろう。親に怒られる子供のような怯えた態度で立っていた。


「なあブレイン、俺たちって金が無いよな?」


「は……はい! すぐにでも税の徴収に力を入れるように……」


 俺はその言葉をさえぎって考えを語った。


「やめとけ、そういうやり方は反感を買うだけだ。ところでブレイン、これを見てどう思う?」


 俺はそのカタログの念写水晶のページを開いて見せた。


「これは……なる程! 魔族が仕事をしているか監視出来ますな! さすがは魔王様!」


「違う」


「え?」


 自分の考えが外れていたことからポカンとしているブレインに俺は言葉をかけた。


「俺はダンジョン生成スキルを持っている。これを新しく作ったダンジョンに大量に設置したいのだが可能か?」


 難しくはないだろうと思う。幸いなことに念写水晶自体は安価なものだ。ブレインのように監視目的で使ったとしても、魔族連中の怠惰さを分かっていて、監視をしても無駄だと思っているのだろう。


「恐れながら魔王様、そのようなことに何の意味がありますか? いたずらに人間に踏破されるダンジョンを作るつもりでしょうか?」


「いや、楽に攻略させる気は無い。まあそこは問題ではないがな、貴様もカタログには目を通したのだろう? 設定次第で誰でも見ることが出来るこの念写水晶で人間達がダンジョンで苦しむ様を配信するのだ」


 そういう配信が召喚前の世界で流行ってたからな、そのくらいの知識は使ってもいいだろう。


「ふむ……確かにそれは可能ですね、しかしそれでどうなると?」


 俺はドヤ顔でアイデアを披露する、もちろん俺のアイデアではないのだが……


「配信をさせて閲覧するときに広告を挟む。この念写水晶で魔族領全てに配信をすれば少しくらい広告を出したいという物好きもいるだろう」


 現在魔族領では身分証として魔力を込めたカードが普及している、それを使って自由に配信を見られるようにすれば退屈に過ごしている魔族には多少は受けるだろう。上手くいってくれればスポンサーもつくはずだ、上手くいくという楽観的な発想だが、少なくとも税金として搾り取るよりは心証がいいのは確かだ。


「上手くいくんですかね……?」


 ブレインのやつ、信じていないようだ。無理もないな、この世界では故郷の家族と話したりするときにしかカードの通信機能は使われていない。ここで新しい使い道を見出せばなんとか財政がよくなるのではないか。それに身分証に映し出せるというのも効率がいい、あの板は魔族たちなら誰もが持っているからな。


「上手くいくと信じようか、とりあえず既存のダンジョンへの設置から始めて見よう。いくつか配信向きのダンジョンを見繕っておいてくれ、それと配信サービスが始まることの周知も頼むぞ」


 ブレインは恭しく頭を下げて『はい、直ちに』といって部屋から出ていった。残念だが魔族は税金を払わない、かといって取り立てれば実力で反撃してくるような連中だ。なんとかスポンサーを付けて魔王軍の経済状況を改善しないと破綻しそうだしな、使えるアイデアは全て使わせてもらおう。


「それにしても……」


 ブレインの魔王召喚がこのタイミングだったのは運命なのだろうか? 幸いダンジョンに潜る冒険者たちには不自由しないのでこの企画にぴったりだ。もし魔王軍が人類を殲滅しつつあれば、こんな商売は成立しないだろう。せいぜい人間どもとだまし合いでもするとしよう。


 果たして俺は運が良いのか悪いのか、その答えが出るのはしばらく先だろうなと思いつつ、魔王の証になっている角を撫でながら考えた。

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