第10話 彼の気持ちが報われることはない
「どうなってるんだ、あの女!」
九月二十七日。水曜日。
天草先輩から呼び出しをくらった俺は、屋上扉の前の踊り場にいた。
「いきなりなんですか。急に叫ばないでください」
「叫びたくもなる! 僕が何をしても、栗宮麗華が僕に靡かないんだ。意味がわからない。春田くん、君は一体、彼女に何を吹き込んだんだ!」
今にも掴みかかってきそうな迫力で、天草先輩は俺を睨んでくる。
「何も吹き込んでいません。そもそも最近はほとんど会ってませんし、別れたといっても過言ではない状態です」
俺は努めて冷静に返答する。
天草先輩がマイナスになることは何も言っていない。それどころか麗華と距離を置いているのだから、援護射撃しているようなものだ。
「だ、だったらどうして僕が全く相手にされないんだ」
「知りませんよ。麗華本人に聞いてください」
「こんな屈辱初めてだ。これじゃ僕が損しているだけじゃないか。……くそ」
「損?」
頭を乱暴に掻きむしりながら、下唇を噛む天草先輩。
損という表現が引っ掛かり、俺は眉根を寄せる。
「だってそうだろ。僕のカノジョである楓ちゃんを春太くんにあてがったんだ。このまま終わったら僕だけ損をしている」
「上手く理解できませんが……先輩は、山野のことを物か何かだと思ってるんですか?」
「ん? ああ、まあね。楓ちゃんのお父さんの会社が倒産しそうになった時、僕が母さんに頼んで援助してあげたんだ。まともな生活が送れなくなるところを僕が助けたんだ。それ以降は、楓ちゃんは僕の物といって差し支えないね」
倒産を救った、か。恐らくそれが、山野の言っていた「恩」だろう。
当時の天草先輩は、山野に好意があったんだと思う。手中に収めるために山野の父親の会社を倒産から救った。そういった背景があったら、山野は天草先輩に従わざるおえないだろうな。
「でも山野への恋心はもう冷めてるんですよね。だったらもう、解放してあげてくれませんか」
「はっ、やだね。だって楓ちゃんは僕のものだもん」
「生徒会長ともあろう人がひどいですね。それ全校生徒の前で言えますか?」
「言えるわけないでしょ。僕は表ではいい顔してるんだ。そういうのストレス溜まるんだよ。楓ちゃんはストレス発散にちょうどいいんだ」
堂々と、クズ発言を続ける天草先輩。
俺は呆れたように吐息をこぼし、ポケットからスマホを取り出した。
「すみません先輩、今の全部録音させてもらいました」
「ん? は? なに勝手なことしてんだ。今すぐ消せよ!」
「消すのは構いませんが、山野とは別れてあげてください。それが条件です」
「僕を脅すのか。春太くん、君は僕のカノジョと浮気してるんだ。僕にだって春太くんを貶める武器はある。優位に立てると思うなよ?」
「言いたきゃ言ってください。俺は先輩と違って大した立場じゃないので、せいぜいクラスメイトから白い目で見られるくらいです。生徒会長である天草先輩はそうはいかないと思いますけど」
天草先輩は一瞬頬をななめに歪める。
けれど肩の力を抜いて、諦めたように吐息を漏らした。
「春太くん、意外と強かだね。君のこと舐めてたかも」
「そんなことないです。カノジョに長いこと召使い扱いされるくらいには雑魚キャラですよ」
麗華に酷い扱いをされて、まともに抵抗をできなかったのは俺だ。
俺は弱いから、麗華に言われるがままだった。そして俺は弱いから、山野と関係を持ってしまったのだ。
強い人間であれば、もっと上手く物事を進められたと思う。
「僕としたことが迂闊だった。……わかった、楓ちゃんは諦めるよ。それでいいだろ」
「はい。助かります」
「でも、栗宮麗華は諦めないよ。春太くんから奪うから」
「だからそれは好きにしてくださいって。もっとも、俺はもう麗華を手放したつもりなんで」
「ふーん? でも、あの子は相当、春太くんに入れ込んでるよ。僕に見向きもしてくれない」
「へえ。あ、前にも言いましたが麗華に無理強いするような真似はしないでくださいね」
再度、念押しをしておく。
麗華は人を見る目は優れていると思う。
特に、自分に利があるか害があるか。そこの判断には目を見張るものがある。
だから、麗華が天草先輩に揺らがないことには確信めいたものがあった。
俺は「頑張ってください」と微塵も思っていないことを一言残して、天草先輩の前から立ち去った。
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