第5話 カノジョは嫉妬深いので、すぐに逆上する

「ハルくんっ」


 弾んだ声で俺を呼ぶ麗華。


 俺の腕にベッタリと絡みながら、肩に頭を乗せてきている。


「麗華、ちょっと近すぎないか? 周りの目もあるぞ」


「周りなんてどうでもいいじゃん! ハルくんはあたしのことだけ見てよ」


 登校中。

 朝っぱらからイチャつくカップルは珍しいのか、周囲からは奇異の目を向けられている。


 プレゼント効果か、麗華はいつになく上機嫌だ。

 昨日あげたネックレスが麗華の首元を明るく彩っている。


「あ、あのさ、俺への当たりが強かったのって……俺が半年の記念日に何もしなかったから? ……いや、四ヶ月目の時から何もしなかったからだったりする?」


 麗華はこくんと首を振ってくる。


 なるほど。だから俺への嫌がらせ行為が促進されてたわけか。


 毎月のように記念日を祝ってられるかよ……。

 でも、麗華の俺に対する態度が急に悪くなった理由はわかった。


「それならどうして言ってくれなかったの?」


「だって、ハルくんに気づいて欲しかったから」


 俺が思っていた以上に、麗華は頑固みたいだ。

 とはいえ、記念日に何もしないからって何ヶ月も嫌がらせして、罵詈雑言を浴びせるのは常軌を逸している。


 今後も、麗華の意にそぐわないことをしたら、召使いに降格するのだろう。




 教室に到着すると、隣の席の山野が本を読んでいた。

 俺の存在に気づいたのか、本に視線を落としながら話しかけてくる。


「カノジョさんとは仲良くなれたみたいですね。今朝、遠目から塩見くんを見かけました」


「まぁ、一応そうなるのかな。元々、記念日に何も渡してなかったのが気に食わなかったみたいだ。プレゼントを渡したら、嘘みたいに機嫌がよくなったよ」


「経緯はどうあれよかったですね。塩見くんの問題は解決したわけですし」


「いや、全然。俺は麗華への恋愛感情はとっくに冷めてる。好きじゃないのに付き合ってるんだ。大問題だよ」


 俺に非がなかったとは思っていない。


 けど、俺にもっと記念日を大切にしてほしかったなら、直接、伝えて欲しかった。

 何も言わずに俺が気づくのを待ち、挙句、嫌がらせや暴言を吐いてくるのは普通じゃない。


「では、私と塩見くんの関係は変わらないってことでしょうか」


「変わらないよ。後戻りはできないって言ったろ」


 山野は微かに口角を緩める。


「塩見くん、そこ寝癖がついていますよ」


「ここ?」


「いえ、そっちではなくて……少しジッとしててください」


「お、おう」


 すっくと席を立ち上がり、山野は俺の背後に回る。

 手櫛で、俺の寝癖を整えてきた。


「塩見くんの髪はかなり癖がありますね」


「母親の遺伝でな……」


 寝起きはいつも重力に逆らったヘアスタイルだ。

 今日は少し時間が足りなかったから、直し損ねた寝癖があったらしい。


「直りました。これでもう大丈夫です」


「ん、サンキュ」


 山野は満足げに息を吐く。



「ねえ、なに……してんの?」



 凛とした棘のある声。

 突然、割って入ってきたその声を聞いて、俺たちはピタリと身体を硬直させた。


 振り返ると、そこには呆然とこちらを見つめる麗華がいた。


「あ、アンタ誰? なんでハルくんの髪触ってんの⁉︎ ねぇどういうこと!」


 目尻を尖らせ、麗華は山野に詰め寄る。


 俺はすかさず二人の間に割って入った。


「お、落ち着いて麗華」


「今の見て落ち着けるわけないでしょ。アンタなに人の彼氏に手を出してんのよ!」


「だから落ち着け。寝癖が立ってたからそれを直してもらってただけだ」


「んなの見りゃわかるわよ! それがおかしいって言ってんの! アンタ、ハルくんのなに? ハルくんと一緒にいるの見たことないんだけど!」


 髪に触れるのは一定数の信頼関係は必要。

 少なくとも、ただのクラスメイトなら寝癖を直してあげたりはしない。


 とはいえ、麗華は少し取り乱し過ぎだ。嫉妬深い性格だとは思ってたけど……。


「私と塩見くんはただのクラスメイトです。すみません、カノジョさんがいるとは知らず、出過ぎた真似をしてしまいました」


 山野は何一つ動じることなく、深めに頭を下げて謝罪した。


 麗華はふと正気を取り戻したのか、肩の力を抜く。


「ほ、本当に、そうなの? ただ、寝癖が気になったからつい直しちゃっただけ?」


「はい。昔から人との距離感を間違えやすいみたいです。本当に申し訳ありません」


「……まぁ、あたしもすぐカッとなって悪かったわ。寝癖直してたくらいで大袈裟だった。許してくれる?」


「許すも何も悪いことをしたのは私です。責められて当然だと思います」


 山野が冷静なおかげで、麗華が矛を収めてくれそうだ。


「ううん……てか、貴方どこかで見た覚えあるかも。……あ、そうだ! この前、生徒会長と一緒にいたでしょ?」


 麗華はポンと手をつき、声を弾ませた。


 山野は一瞬、戸惑いをみせたが淡々とした様子で。


「はい。一応、彼とはお付き合いさせてもらってます」


「あ、やっぱりそうなんだ! 友達と買い物してる時に、生徒会長が女の子と一緒に歩いてみかけて、もしかしてカノジョかなって話題になったの。倍率高いのに良くゲットできたわね。凄い!」


「ありがとうございます。あの、そろそろ時間的に戻った方がよいかと」


「あ、そうね。さっきは突っかかっちゃってごめんね! またね!」


 麗華は足早に教室を後にする。

 何か用があったんだと思うが、大した用ではなかったってことか? 


 一悶着を終えて、山野は疲れたように息を漏らした。


「油断していました。もっと行動を慎んだ方がよさそうですね」


「ごめん、ああいうカノジョで……」


 ともあれ、少し意外な情報を得た。


 山野の彼氏って、ウチの生徒会長だったのか。

 良い評判しか聞かない絵に描いたような優等生だったはず。


 でも、裏の顔はあまり良くなさそうだな……。

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