第4話 カノジョに嘘は付くし、浮気相手にはお金を借りる

 浮気をするくらいなら、恋人を作るべきではないと俺は思っている。


 意外なもので、こうしてカノジョ以外の女の子とベッドで横になっている時も、その考えは変わらなかった。


「塩見くん」


 俺の左腕を枕がわりにして、山野はピタリと密着してくる。


「色々としてしまった後で言うのはお門違いですが、一つ聞いてもいいですか?」


「なに?」


「どうしてカノジョさんと別れないんですか?」


「ん、ああ……アイツが別れさせてくれないからだよ。別れ話を切り出しても、まともに取り合ってくれないし、話をすり替えてくる。それで結局ズルズルと関係が続いてる」


 常日頃、俺への不平不満を漏らしてくる割には、一向に別れようとしない。


 何を考えているのかわからない女だ。


「カノジョさんの了承を得る必要はあるのでしょうか。客観的に見て塩見くんはカノジョさんから酷い扱いを受けていますし、別れたいと声を大にすれば周囲も協力してくれると思います」


「そんな簡単じゃない。アイツの執念深さはそれなりに理解してる。だから、別れるなら合意は取らないと余計に面倒なことになると思う」


 その気なれば恋人関係を終わらせることは可能だ。


 でも、麗華がそれに納得してくれないと、大ごとになりかねない。


「そう言う山野こそ別れないの? 暴力してくる男とは距離を置いた方がよくないか?」


「別れる予定はないですね。彼には恩があるんです。……少なくとも、彼の気持ちが私から離れるまでは、このままだと思います」


 少しモヤッとしたものを胸の奥で感じる。


 とはいえ、別れた方がいいと強く進言することはできない。

 そもそも俺が麗華と別れていないのだ。到底、言える立場ではない。


 天井を見上げると、山野は上体を起こしてこちらを見下ろしてきた。


「塩見くん。もう一回しますか」


「なにを?」


「明言させることで興奮を覚えるんですか。困った人ですね、塩見くんは」


「そんな目で見るな……って、あ、電話……」


 聞きなれた電子音が室内を木霊する。


『栗宮麗華』と液晶には表示されていた。状況が状況だけに、焦燥に駆られる俺。


「焦らなくて大丈夫ですよ。私、静かにしてますから」


「そ、そうか。悪いな、すぐ終わらせる」


 俺は一呼吸おき、気持ちを切り替える。

 通話ボタンを押すと、すぐに麗華の声が飛んできた。


『ねぇ、アンタ今どこいんの?』


 開口一番、ドキッとする発言。


 俺は努めて冷静に。


「家だよ。自分の部屋で勉強してる」


『だからアプリのGPS追跡もオフにしてるんだ?』


 俺と麗華がやっている位置情報共有アプリのことだろう。


 もし、俺の現在地を追える設定にしていたら一巻の終わりだった。


「そうだよ。で、それだけ?」


『ううん、本題はこっから。あたしさ、今、春太の部屋にいるんだよね』


「え?」


『だから、春太の部屋。アンタさ、勉強してるんじゃなかった?』


 口の中が一瞬にして乾く感覚。アプリを開き、麗華の現在地を確認する。


 麗華の言葉に嘘はなかった。


『ねぇ、なんとか言いなさいよ。どうして今、あたしに嘘ついたわけ?』


 やばい。


 やばい、やばい。


 ツメが甘かった。いや、甘すぎた。


 浮気をするなら最大限の注意を図るべきだ。

 なのに、俺はロクに麗華対策をしていなかった。


「そ、それは……」


 口を開いたものの、続く言葉が出てこない。


 血の気が引いていく中、山野がスマホのメモ帳を見せてきた。


『隠れてプレゼントを買いに行ってるって設定にしたらどうですか?』


 山野からの助け舟。これは言い訳に使えそうだ。


「麗華に、プレゼントを買いに行ってたんだ」


『は?』


「ほら、俺たち付き合ってそろそろ七ヶ月だろ? だから、その記念に麗華へのプレゼントを買いに行ってたんだ」


『な、なによそれ……だ、だったら半年の記念日に渡しなさいよね! 半年の記念日になにもくれないくせに、そんなの信じられるわけない!』


 さすがに簡単には信じてもらえないか。


 でも、麗華の声が弾んでいるのがわかる。こう言うときはもうひと押しだ。


「半年の記念日は……ごめん、忘れてた。だから、その贖罪も込めて七ヶ月目の記念日には絶対なにか渡そうって考えてたんだ。でも、そんなこと言っても信じてもらえないよな……」


『べ、別にそこまで信じないわけでもないっていうか……。ま、まぁそういう理由があったなら納得だし……うん。あたしもちょっと悪かったわよ。春太が浮気してるんじゃないかって疑った。でも、そうよね。春太がそんなことするわけないもん』


「当たり前だろ。浮気なんかしない。絶対に」


『そうよね! これからはちゃんと記念日とか大切にしていきなさいよね! あ、あたしも……しょうがないから、アンタになんか買っておいてあげる。じゃね!』


 通話が終わり、俺はほっと安堵の息をこぼす。


 安心したように脱力すると、山野に向かって頭を下げた。


「ありがと。すげー助かった」


「いえ、これは私の問題でもありますから」


「それもそうだな」


「カノジョさん、なんだか凄く嬉しそうでしたね。プレゼントどうにかしないといけませんね」


「ま、まぁそこはなんとかする……自信ないけど」


 バイト代が入れば、プレゼント代は賄えるが……給料が出るのは一週間先。


 母さんに土下座でもして、金を借りるか。


「お金にお困りなんですか?」


「う……はい、恥ずかしながら」


「少しでよければお貸しします。貯金はあるので」


「いや、金銭の貸し借りはやめた方がよくないか?」


 お金のトラブルは尾を引く。


「塩見くんの問題は私の問題でもあるんです。余裕ができた時に返していただければ構いませんから受け取ってください」


 そう言って、山野は五万円を手渡してきた。


「そ、そんな大金必要ないって!」


「入り用になってからでは遅いです。受け取ってください」


 強引に俺の手にお札を握らせてくる山野。


 高校生がスッと出せる額ではないため、どうしたって戸惑ってしまう。


 その後も何度か押し問答をしたが、結局、山野からお金を借りることになった。

 浮気に続いて、お金まで借りてしまった。着実にクズ街道を進んでいる気がする……。

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