第3話 かくして俺と彼女は正式に浮気をする

 帰りのHRが終わると、山野は我先にと教室を出ていった。


 ピロンと、スマホに麗華からのメッセージが1件届く。


『今日、里奈りなと遊ぶから駅前には来ないで』


 麗華は友達と遊ぶ際、俺と遭遇するのを嫌う。

 友達同士の時間は友達だけで完結したいそうだ。


 どのみち駅周辺に用はないから問題ないが、良い気分はしない。


 了解、と短く返信して俺はスマホをポケットに戻した。


(さて、図書室行くか)


 何はともあれ、麗華に呼び出される展開にはならなかったため、山野が待っている図書室へと向かうことにした。



 ★



 図書室。


「数分ぶりですね、塩見くん」


「ああ……てか、山野しかいないの?」


 扉を開けると、俺に気づいた山野が微笑を湛えてきた。


 グルリと辺りを見回すが、カウンターに座る山野以外に人の気配がしない。


「図書室はいつもそうですよ。図書委員しかいない日がザラにあります」


 まあ、漫画類が置かれていないお堅い図書室だしな。

 よほどの読書好き以外は立ち入る余地がないのだろう。


「塩見くん。よければ隣に座ってください」


「図書委員でもないのに、そっち入っていいの?」


「問題ありません、どうせ誰もきませんし」


 カウンターに入り、山野の隣に腰を座る。


「それで、俺に話したいことって?」


「ああ、はい。その……私と塩見くんの関係についてです」


「俺と山野の? ……クラスメイト、だよな?」


「私にあんなことしておいてですか?」


 山野はすかさずピシャリと切り返してきた。


 俺の心臓が早鐘を打ち始める。


「あんなことって人聞き悪いな……」


「人聞きの悪いことしたじゃないですか」


「そ、そうだけど……てかそれはなかったことにするじゃなかった?」


「なかったことにはなりません。二人の秘密にするって約束しただけです」


 あまり意味が変わらない気がするけど……。


 山野は椅子ごと俺に向けると、背中を伸ばして。



「実は私、あの日から塩見くんのこと忘れられないんです」


「は、はい……?」



 俺はまぶたを開け閉めする。疑問符を頭上に浮かべた。


「恐らくですが、身体の相性がよかったんだと思います」


「あ、ああ……そういう意味ね……」


「塩見くんはそうでもありませんか? カノジョさんの方が相性よかったですか」


「それは……正直、山野の方がよかった」


 俺は山野から視線を逸らすと、頬を紅潮させた。


 そもそも、麗華は俺にさせるばかりで自分からは何もしないしな……。


「私、思ったのですが……浮気はバレなければ問題ないのではないでしょうか」


「お、おお? すごいこと言い出したな⁉︎」


「違いませんか? 浮気は観測されなければ咎められません」


「そりゃそうだけど、やっぱりダメなことだと思うよ」


 倫理的なお話しだ。


 他の誰かと関係を持ちたいなら、恋人関係は解消すべき。


「今日、ウチに誰もいないんです」


「いやいや、なに話進めようとしてるの? だから浮気はダメだって」


 暴走発言を続ける山野。


 浮気はいけないこと。それは幼少期から教え込まれてきたことだ。


 あの日の過ちは胸の奥にしまい、早く忘れた方がいい。


「塩見くんの意思は固いんですね」


「山野こそ意思弱いよ。浮気はもうしない」


 いくら恋人に不満があっても、浮気をしていい理由にはならない。


 山野はわずかに下唇を噛むと、スカートを両手でギュッと掴む。

 俺は肩の力を抜くと、首筋を掻きながらあさってを見つめた。


「……って言いたいとこだけど、バレなきゃいいってのは正直同感」


 山野の右手の上に、俺の左手を重ねる。


「し、塩見くん……」


 山野は瞬きの回数を一時的に増やすと、戸惑い気味に俺と目を合わせた。


「山野がそのつもりなら、俺は乗ってもいいよ。……でも、そしたら後戻りはできないよ」


 俺の中にいる天使が、浮気はダメなことだと声を大にして言ってくる。


 それは重々わかっている。

 けど、胸の奥底では恋人以外の温もりを求めている。それが事実だ。


「塩見くん、目、瞑ってください」


「え? 何で急に……」


「察しが悪いですね。いいから瞑ってください」


「こう?」


 言われた通り、両目の瞼を落とす。

 すると唇に柔らかい感触が襲ってきた。


 数秒間の口付けの後、山野は前髪をいじりながら薄っすらと頬を赤らめる。


「これが私の回答です。伝わりますか」


「いや、よくわかんないからもう一回」


 俺は山野の後頭部に手を回すと、勢いよく唇を奪った。


 さっきの挨拶がわりのものとは違い、深く相手を求めていく。

 つい夢中になって、俺も山野も息が絶え絶えになった。


「は、はぁっ……い、いきなり過ぎませんか。ここ学校ですよ?」


「でも、図書室は人こないんだろ」


「ほとんど来ないだけです。たまには来ます」


「なら大丈夫」


「何も大丈夫じゃないです、もう」


 山野は唇を軽く尖らせると、不満げに俺を睨んでくる。


「じゃあ、山野の家……行く?」


「委員会活動が終わるまでは図書室から動けません」


「それって何時まで?」


「十七時までです」


 あと二時間弱か。


「人こないんだしサボっていいんじゃないか?」


「いけません。そういうルールですから」


「こういうとこはキチッとしてんだな」


「何ですかその物言いは」


 浮気を提案しておいて、図書委員の仕事はキチンと遂行する。


 そのギャップがおかしくて、自然と笑ってしまう俺だった。

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