第2話 彼女の頬には絆創膏が貼られている

「おはようございます。塩見くん」


「ん、おはよう」


 九月十三日。水曜日。

 陰鬱とした顔で頬杖をついていると、山野が登校してきた。


一昨日のことがあったからか、俺たちは挨拶くらいはする関係になっていた。


 ふと、俺はあることに気がつき、バッグから教科書を出している山野に話しかける。


「怪我でもした? 昨日は絆創膏貼ってなかったよな?」


 正方形型の絆創膏が左頬に貼られている。


「ああ、これですか。昨晩、彼に殴られたんです。二、三日もすれば元に戻るので大したことありません」


「大したことだろ……。親とか教師に相談した方がいい案件じゃないか?」


「いえ、私が我慢すればいい話なので」


「……山野がいいなら別にいいけど」


 会話が終わり何気なく窓の外を眺めていると、凛とした声が背後から飛んできた。


「春太。アンタなに黄昏てんのよ」


「麗華? いや、黄昏てたわけじゃ……」


「ふーん。まぁなんでもいいけど、この宿題やっといてくんない?」


「宿題?」


 麗華からA4サイズの紙を渡される。


「今日、数学の宿題があるの忘れてたのよ。昼休みまでに終わらせて、あたしのとこに届けにきて。よろしくね」


「あ、ああ……了解」


 宿題プリントを受け取ると、麗華はスタスタと自分のクラスに戻っていく。


 山野は麗華が教室からいなくなったのを確認すると、俺に視線を配ってきた。


「塩見くんが、カノジョさんの宿題をやっているんですか?」


「いつも大体そうだな。ホント、人使い荒いよな」


 麗華は俺よりずっと学力が高い。

 これだって、麗華なら五分もあれば終わるだろう。


 こうしてわざわざ俺にやらせるのは、嫌がらせ行為に他ならない。


 心底、歪んだ関係である。これを恋人と呼んでいいのやら。


「あまり無理をしすぎないでくださいね」


「大袈裟だな。宿題くらい大した重荷にならないよ」


「そうでしょうか。塩見くんは抱え込むタイプに見えます。蓄積しすぎていつか爆発してしまいそうです」


「それは山野の方じゃないか?」


 山野はわずかに目を開くと首を横に振った。


「そんなことありません。私は大丈夫です」


「ならいいけど。てか、ここの問題わかったりする?」


 宿題プリントの大問2を指差す俺。


 山野は問題文を一瞥すると、スッと目を細めて。


「わかりません。数学は苦手なので」


「そうなの? 頭良いのかと思った。いつも本読んでるし、眼鏡だし」


「偏見ですね……。何も科学的根拠がないじゃないですか」


 山野は呆れたように俺を一蹴すると、軽く肩を落とした。


 余談だが、山野は眼鏡を外すと印象がガラリと変わる。

 コンタクトにして、前髪を短くすれば、男子人気は爆上がりすると思う。


 スマホ片手に数学の宿題を進めていると、山野がポツリと独り言のように呟く。


「塩見くん。今日の放課後、お時間あったりしますか」


「特に予定ないけど、麗華から呼び出される可能性はあるかな」


「では暇だったら図書室に来てください。少しお話ししたいことがあります」


「……? 了解」


 今、話せばいいのでは? と思ったが、そうしないのには何か理由があるのだろう。


 図書室で待ち合わせか。

 もしも、麗華に目撃されたら大目玉を喰らいそうだな。

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