第1話 カノジョにとって俺は召使いである

 俺にカノジョができたのは、中学卒業間際だった。

 彼女──栗宮麗華くりみやれいかとは中学三年の時に同じクラスになり、少しずつ距離を縮めていった。


 放課後は一緒に勉強して、たまには休日に出かけたりもした。


 特定の女子と親しくなったのは初めてで、気がつくと俺の中に恋心が芽生えていた。


 そして受験が終わった後、俺から気持ちを伝えて交際が始まった。


 受験に合格した時の何倍も嬉しくて、幸せな気持ちでいっぱいだった。


 でも、幸せだったのは最初だけだ。

 徐々に彼女の化けの皮が剥がれ始め、今では恋人とは名ばかりの歪んだ関係を築いている。


「さっさとしてくんない? あたし早く帰りたいんだけど」


「少し、休憩をさせて。さすがにこの大荷物じゃ体力が……」


「なに泣き言言ってんの? ったく、ホント使えない。それでもあたしの彼氏?」


「…………」


「なんとか言いなさいよ」


「あ、ああ」


 恋人らしいイチャイチャなど、俺たちの間には存在しない。

 彼女にとって、俺はストレス発散のサンドバックだ。


 現に、買い物に付き合わされたかと思えば、大量の荷物を運ばされている。


 俺をいびることに生きがいを覚えているとしか思えない。


「あーあ、なんでこんなのと付き合っちゃったかな。もっとイケメンで気の利く男を彼氏にするべきだった」


 空を見上げながら愚痴をこぼす麗華。

 ズキッと胸に刃物が刺さったような痛みを覚えながら、俺は弱々しく声を上げる。


「そんなに俺が気に食わないなら別れてくれても……」


「は? あたし、ホントはもっと上の高校選べたんだけど? アンタはあたしの将来に大きな影響を与えてるって自覚ある?」


「いや、どうしてそんな話になるんだよ」


春太はるたが余計なこと言い出すからでしょ! あたし、今はまだ別れる気はないから! 別れる時はあたしから言うし、一々そういうこと口にしないでよね!」


 高圧的な態度で、麗華は言論統制をしてくる。


 俺と同じ高校に進学するって言い出したのは、麗華だ。

 俺は何も強制していない。麗華自身で決めたことだったはず。


 なのに、完全に俺に責任を押し付けている。


 でも、情けないが言い返す気力も起きない。

 言い返したところで、独自の解釈で歪曲して、俺を責めてくるのが目に見えているからだ。


「そういえば、昨日はどこに行ってたわけ?」


「え? どこかに行った覚えはないけど」


 麗華はピタリと足を止めると、こちらに振り返り目尻をスッと細めてきた。


「じゃあ、なんでGPSの追跡止めてたの? 春太はるたがどこにいるのか追えなかったんだけど?」


 麗華はスマホを取り出すと、位置情報共有アプリを見せてきた。


 このアプリはお互いがどこにいるのかリアルタイムで把握することができる。


「追跡を止めてた覚えないけど……間違えて操作しちゃったかな」


 俺は咄嗟に嘘を吐いた。


 昨日、俺は意図的に設定をオフにして追跡できないようにしていた。


 だって昨日は、麗華に言えないことをしていたから……。


「ふーん……嘘じゃないでしょうね?」


「どうして、俺が麗華を嘘を吐く必要があるの?」


「まぁ何もないなら別にいいけど。……あ、でも一応、念の為に忠告するわ」


 麗華はピシッと人差し指を立てると、俺の鼻先に突きつけてくる。


「浮気だけは絶対に許さないから。もし浮気したら、あたし何するかわからないからね」


「あ、ああ……わかってるよ。付き合い始めた時に散々言われてるし……」


 俺は手に汗を握りつつも、変に疑われないように麗華の目を見つめ返した。


 満足したのか、麗華はくるりと踵を返すと軽い足取りで帰途に就いていく。


 俺は改めて自分自身に言い聞かせた。


 昨日のアレは絶対にバレてはいけない。


 俺と彼女だけのトップシークレットだ──。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る