第3話 勘当される前に出て行きます!

 スピネラが薬湯を持ってきたのは本当にすぐであった。


「兄さんも呼び出すとは何かありましたね、お嬢様」


“青い石”はローレンを呼び出す符丁である。なんでも彼の名前そっくりの青い宝石が数年前に見つかったからと決めたものだ。


「ええ、理解が早くて助かるわ。王子から婚約破棄されたの。お父様達に身一つで勘当されるのは当然だから、その前に出ていくわ。準備の手伝い、できれば二人にも付いてきて欲しいの」


 ジェレミアは、素早く売り飛ばせそうな宝石類を壊さないようハンカチでくるみながらカバンに詰めていた。


「わかりました! このスピネラ、理由が何であれ付いていきます。私も宝石類持ち出し手伝います。その前に急いで手紙をシトリンに付けます!」


 彼女の飲み込みの早さと忠誠心の強さに改めて感服した。

 乳兄弟として育ち、乳母が亡くなったあともメイドとして屋敷に置いてもらった恩があるからだろう。それはローレンも同様で今は護衛騎士である。


 シトリンはこの家の賢い犬だ。小さい時はともかく、婚約者の居る身になったので気軽に話ができなくなってからはスピネラを通すか、シトリンの首輪に手紙を付けて伝達役にしている。


「じゃ、とりあえず荷造りしましょう。急いで!」


 そうして二人で身支度を終え、窓から庭へスルリと降りた。ここが一階だからできることである。それにスピネラから借りた平服は動きやすい。そこにはローレンが馬を用意して待っていた。


「手紙を読みました。ジェレミア様。手伝います」


「ローレン、念の為聞きますがそれでいいのですか? この家での護衛隊の地位を失い、もしかしたら追われる身になるかもしれないのです」


「別に。ジェレミア様が勘当されて平民になるのならあなた様一人だけにはさせません。それにあなた様のいないバイト家に未練はありません」


「ありがとう、私もそれで決心がつきました」


 私はスピネラに頭の髪飾りを全て外して預けてから、小刀を出した。護身用であり、万一の自決用でもある。


「お嬢様、何を!」


「え……」


『ザクッ』


 私は腰まであった髪を小刀で切り、ボブカットより少し短めのショートになった。

 予想外の行動にスピネラもローレンも唖然としている。何せ毎朝スピネラが美しいと言ってとかしてくれていた髪だ。ローレンも子どものころは「ジェレミア様の髪は綺麗な水色だから好き」と言っていた時もあった。それをバッサリと切ったのだ。


「これで少なくとも伯爵令嬢には見えません。ローレン、スピネラ、あなた達の忠義に感謝します。行きましょう」


「兄さん! 驚くのは後よ。間もなく王家からの使いが来るわ」


「わ、わかった、スピネラ」


 庭から外へ出たときと王家からの知らせの馬車が来たのは同時だった。


「なんとか間に合いましたね、ジェレミア様」


「様はもう付けなくていいわ。そうね、いきなり平民になるには少し無理があるから旅の間は商人の娘にしておきましょう。ローレンはその護衛ということで。うちの家紋は隠してね」


「は、はいっ!」


 まだ声が上ずっている。よほど髪を切ったのがショックだったよう。


(身を挺した説得は成功ね)


(大げさよ。いずれ旅の邪魔になるし、変装はしなくてはならなかったから)


 そうして屋敷内の喧騒をよそに一行は敷地外へ出た。

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