第35話 意地の一刺し


 先に動いたのは連城さん。

 大上段からの一閃。


 異様なまでの速さと圧力をもって、俺の頭上に落ちかかる。

 俺は、ぎりぎりで身を躱し、相手の刃に空を切らせて、素早く刺突を繰り出した。


 連城さんもさるもの、こちらの動作を読んでいたかのように、わずかに上体をのけぞらせて、悠々、俺の刃先を避ける。


「その力――」


 言いつつ、だんっ、と床を踏んで、今度は横薙ぎに大剣を振ってくる。

 俺は刃を立て、その斬撃を正面から受け止めた。やはり重い!


「どうやら、『覚醒』しているな?」


 互いに刃を合わせたまま、唐突に、連城さんが訊いてきた。


「……どうでしょうね」


 俺は、短く応えた。あえて肯定も否定もしないが、連城さんほどの実力者なら、俺の動きが、昨日までとまったく違っていること、もう察しているだろう。

 いわゆるユニーク天授持ちといわれる人々は、その大半、持って生まれた天授技能の効果を知ることなく人生を終える。空白とか無能とか呼ばれる所以である。


 だが、何らかのキッカケでユニーク天授技能を発動させ、その効果を使いこなせるようになった者もいる。……今の俺のように。

 この状態を「ユニーク覚醒」というらしい。過去にも実例は少なく、統計的にみて、きわめて稀な現象であるようだ。


 ただ、統計上の数字というのは、自らの「覚醒」を自己申告などで公にし、記録に残っている人たち。

 日本の法律上、出生時の検査で判明した天授技能の内容と詳細については、しかるべき役所への申告、登録の義務があるが、成長後の「ユニーク覚醒」についての申告は、義務ではなく任意である。


 ゆえに、「覚醒」しても、あえてその事実を秘匿し、墓まで秘密を持ってゆく……そういうユニーク持ちも少なくないのではないか。

 確証はないが、どうもそんな気がする。


 なにせ、今の俺自身がそうなのだから。


「今更きみが天授を使いこなせるようになったとしても、世間の見方は変わらん。所詮、無能ブランクは、どこまでいっても無能ブランクでしかない」


 連城さんは、再び大剣を振りかぶり、斜めに斬りつけてきた。

 俺は懸命に刃を合わせ、受け止める。


 デュランダルは一点物の聖遺物アーティファクト。そんな伝説の聖剣の斬撃を受け止めながら、シュピーゲル・ブレードは刃こぼれひとつしない。

 よく折れないものだと、むしろ感心する。


 さらに数合、火花を降らせて打ち合いながら、連城さんは苛立たしげに語った。


「むしろ尚更、虫唾が走る。無能ブランクが、たまたま能力に目覚めて、調子に乗っているなど――」


 ぶうんっ! と、ひときわ大振りの一閃が、俺の脇腹めがけ飛んで来る。当たれば胴体真っ二つは確実。

 俺は急いで後方へ飛び退すさり、距離を取った。


 再び距離を詰め、また正面から互いに刃を合わせ、激しく打ち合う。


「それが、俺を殺す理由だと?」


 俺は、連城さんの重い斬撃に、全身痺れをおぼえつつ、訊いた。


「呼ばれもせんのに、ちょろちょろ飛びまわる羽虫。ただでも目障りなところへ、わざわざ成長して、毒針を持った。いまのきみは、そんなものだ。駆除する以外の選択肢があるか?」


 とうとう羽虫呼ばわり。

 どこまでも、わかりあえる余地など、ないらしい。


「だとしても」


 俺は、繰り出される連城さんの剛剣を、真っ向から受け止め――火花を散らして、弾き返した。


「なにっ」


 初めて、連城さんの顔に、かすかな焦りが滲んだ。


「おとなしく駆除されてやる義理はありません」


 いま身に降りかかるは、理不尽の刃。

 それへ抗う意思を。明白に、俺は告げた。


 強く前へ踏み込む。

 まっすぐ刺突を繰り出す。


「ぐっ、この!」


 連城さんは、デュランダルの刃を斜めにかざして受け流したが、表情には、明確な驚きと焦りの色が見えた。

 ――ようやくシュピーゲル・ブレードの扱いに、本格的に慣れてきた。


 いや正確には……思い出してきた、というべきだろうか?

 自分にはまるで憶えのないことのはずだが、なぜか俺は、ずっと以前、この剣を使ったことがあるような……そんな奇妙な感覚がある。


 はっきりしたことはわからない。

 ただ使えば使うほど、どんどん手に馴染む。


 より正しい構え、刃の扱い、より効率的な重心移動。そうしたものを、理屈ではなく、身体が「思い出して」ゆく。

 正直、俺自身にも、理由はわからない。


 ……ミラ子ならば、あるいは事情を知っているかもしれない。次の機会があれば尋ねてみたいところだ。そうそう簡単に死ぬ気もないけど。

 さらに二合、三合、刃を交わすごとに、俺の剣先は、じわじわと連城さんを押し込んでゆく。


 技量、速さ、いずれにおいても、俺のほうが次第に立ちまさりはじめた。

 シュピーゲル・ブレードを振るえば振るうほど、わかってくる。この細い刀身に秘められた真価が。


 記憶にない記憶。俺のものやら、誰のものやら、境界も明瞭でない、不思議な認識と感覚が、俺に教えてくれる。

 この剣、天下無双――と。


「認めん――俺が無能ブランクに劣るなど! 調子に乗るなよ!」


 連城さんが、吼えた。

 大喝、地を震わせ、斬撃に全力の殺気を乗せて、襲い掛かる。


 だが。

 俺は、斬撃を受け止めるのではなく。


 シュピーゲル・ブレードを下段から斜め上に振りぬき、落ちかかるデュランダルの剣先を――。

 跳ね飛ばした。


「なぁっ?」


 連城さんの手を離れ、デュランダルは宙をくるりと舞った。

 完全にがら空きとなった連城さんの首もとを、狙いすまし。


 突き刺す。

 手ごたえは十分。


「ぐほっ」


 口から血を吐き、呻きを発する連城さん。

 シュピーゲル・ブレードは、その喉を貫き、刃先は後ろくびにまで突き出ていた。


 刃を引き抜くと、連城さんは噴血を撒き散らし、どうと仰向けに倒れた。

 やや遅れて、デュランダルが、ガラン! とけたたましい音をたてて、床に落ち転がった。


 連城さんは、頑丈な西洋甲冑プレートアーマーで武装しており、まともな攻撃が通りそうな箇所は少なかった。

 一撃で戦闘不能に追い込むために……首の、わずかな隅間を狙った。


 まだ致命傷ではない。通常の医療での処置は難しいが、本社の「関東寺院」には、治療魔術を専門とする魔法医師たちがいる。

 急いでそこへ運び込み、手当てをしてもらえば、生命は助かるはず。


 だがさすがに、もう起き上がることはできないだろう。

 決着はついた。


 一寸の毒虫とて、五分の魂あり――。

 その意地の一刺しが、ついに、連城さんという巨人を打ち倒した。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 ホワイティ梅田の完全踏破。

 俺を殺しに来た「お客様がた」の返り討ち。


 二つながら目的を果たし、次にすべきことは……負傷した上級三人組を地上まで搬出し、治療を受けさせる。

 もとより俺は、彼らを殺す気で、戦いを挑んだ。そうでなければ勝てない相手だったから。


 だが結果として、まだ彼らには息がある。

 俺にとって大きな壁であった三人。彼らに正面から打ち克った今。


 もうトドメまで刺すつもりはなかった。戦いは終わったのだから。

 ――と、思っていた。


 またも、油断があった。

「魔法使い」の服部さんが作り出した魔法陣は、なお健在で、床にうっすらと輝き続けている。


 そのことに、俺はまったく注意を払っていなかった。


「ふざける、な……」


 どうやって三人を運び出すかと……思案をはじめた頃合い。

 血まみれでうずくまっていた服部さんは、そう呟くや、肩を押さえながら、ぶつぶつ呪文を唱え出した。


「何を――」


 慌てて声をかけると、服部さんは、心底の憎悪を込めて、俺を見上げ、睨みつけてきた。


無能ブランクなんぞに、やられてたまるかよ……。来い、来い……俺の魔力の全部、くれてやる。俺たちの命も、欲しけりゃ、贄にくれてやるっ。だから、誰でもいい、あいつを、殺せっ……!」


 血を吐かんばかりの呪詛が、服部さんの口から流れ出る。

 途端。


 魔法陣が、七色に発光しはじめた。

 止める間も、対応する暇もなかった。


 魔法陣の中央。

 さながら床下から生えてくるかのように、何者かの影がせりあがって現れた。


 同時に。

 服部さん、桂木さん、連城さんの順で、突如、青い炎にその全身を包まれ――。


 一瞬のうちに、三人は、黒い炭の塊と化した。かすかな断末魔を残して。

 急ぎ魔法陣を仰ぎ見ると、その中央に、禍々しい巨影が佇んでいた。


 人型ではあるが、身長は四、五メートルにも達するだろうか。

 堂々たる肉体、肌は青白く、豪奢な黄金色の衣冠を纏っている。


 顔立ちは人間に近く、目鼻整っているが、両目は赤く、眼光だけで人間を殺せそうなほど剣呑な気配を漂わせている。

 背には長大な黒翼。四肢隆々とたくましい。


 こんな魔物は、見たことがない。本社の資料にも、該当データはないはずだ。

 俺は急いで「魔物鑑定LV1」を発動させた。



 「デーモンロード」

  種別:最上級悪魔

  状態:不明

  脅威度:不明

  備考:不明



 例によって鑑定レベルが低いせいか、あまり参考にはならなかったが。

 名称と種族だけでも、到底、尋常よのつねの魔物でないことは確実。


 これ、俺の手に負えるだろうか?

 よりによって服部さん、なんてものを呼び出してくれたんだ……。


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