第34話 全部斬る


 ダンジョンに棲息する魔物にも様々な種類がある。

 人型、獣型、虫型、それらのハイブリッドもいれば、ブロッブのような不定形生物もいる。侍魂のような怨霊悪霊のたぐいも棲んでいる。


 また、ダンジョンに定住しているわけではないが、魔術師が異空間から召喚する魔法生物というものがあり、これは魔物に近い性質を持っている。

 無数の蔦を伸ばして人間を絡め取り絞め殺す、凶暴な人食い植物――走る蔦ストラング・ラーヴァインとは、そういう魔法生物を召喚、使役する魔法である。


 ……という話を、以前、第四探索部の同僚から聞いたことがあった。非常に高度な魔術で、魔法関連の天授技能を持つ者でもなければ使いこなせない、とも。

 服部さんは、まさにその「魔法使い」の天授持ちである。


 魔法陣から溢れ出た緑の蔦の大群が、俺の視界を覆わんばかりに繁茂し、俺を絡め取らんと、一斉に押し寄せてくる――。

 大量の蔓先が、上下にうねり、柳の枝先のごとく左右にしなりながら、風を切って伸びてくる。


 その一本一本が銃弾並の速度で、しかも軌道が不規則で、これを前進しつつ回避するなど、曲芸師でもなければ無理だろう。


(だったら――)


 俺はやむなく足を止め、対応に専念することにした。


(全部斬る)


 シュピーゲル・ブレードを振るい、飛来する蔦を、ばさばさと斬り散らしてゆく。

 本来、走る蔦ストラング・ラーヴァインの蔦や幹はきわめて弾力豊かで、生半可な刃物では切れないとされている。


 そんな魔法植物でも、シュピーゲル・ブレードの切れ味の前では、カイワレ大根ほどの手ごたえもない。

 ただ、人食い植物と称されるだけに、あちらも単なる動く蔦ではなく、攻撃方法は意外に多彩らしい。


 こっそり足を取らんと、音もなく床を這い、忍び寄ってくる蔦先もあれば、俺の腕や胴を絡め取らんと、先端からさらに細いツルを縦横に伸ばしてくる蔦もある。

 俺はそれらにも注意を払い、油断なく切り落としていった。


「仕切り直しだ。……死ね」


 桂木さんの声。俺が足を止めている間に、早くも弾の充填を済ませたようだ。

 銃声が響き、うねり伸びる植物の隙間を縫って、再び銃弾が飛んできた。


 さすが狙撃のスペシャリスト、こんな状況でも、俺の真額を狙ってきている。

 かろうじて初弾は回避したが――これはまずい。


 銃弾を躱すことは可能でも、二射、三射と続くと、その対処で姿勢を崩し、蔦への対応が遅れかねない。

 もしどこか一箇所でも蔦に絡みつかれ、動きを封じられれば――詰む。


(――やれるか?)


 と、俺はふと思いつき、あらためて身構えた。

 ここはシュピーゲル・ブレードの切れ味に賭ける。


 そうほぞを固め、あえて正面から、再び前へと踏み込む。

 銃声がとどろく。無数の葉がざわめく。


 眼前、押し寄せる蔦蔓、すっ飛んで来る弾丸――。

 宙に白刃の軌跡を描き、それら全てを、俺は、ほぼ同時に斬り落とした。


 銃弾を斬る――アクション映画でもそうそう見られないような芸当を、ぶっつけ本番でやってみたところ。

 できてしまった。象皮をも穿つ貫通弾が、綺麗に真っ二つに斬れた。


 なお続々撃ち込まれて来る弾丸も、ことごとくシュピーゲル・ブレードの刃で叩き落としつつ、地を蹴って、前方の魔法陣へと飛び込む。

 そのまま、姿勢低く、地を薙ぎ払うように、魔法陣の中心めがけ刃を繰り出し、そこに生えている緑色の太い幹へと斬りつけた。


 走る蔦ストラング・ラーヴァインは、その根元を断ち切ってしまえば、再召喚しない限り、もはや繁茂できなくなる……と聞いたことがある。

 その記憶を頼りに、一刀のもと、すっぱりと幹を断ち、伐採する。


 たちまち緑の蔦の束も、生い茂る葉も、一斉に茶色に変じ、動かなくなった。

 ばさっ、と大量の葉が散り落ち、切り落とした幹が一気に朽ちてゆく――。


「かっ、枯れたっ?」

「なんで当たらねぇ! 化け物が!」


 服部さんと桂木さん、二人揃って焦燥の声をあげた。

 服部さんは、再び弾切れ。


 桂木さんは召喚魔法による消耗がよほど激しいのか、肩で息をしながら、その場に片膝をついている。


 ――ここだ。


 俺は、音高く床を蹴り、二人のもとへ跳んだ。

 ここが勝機。


 枯れ葉散乱する魔法陣を飛び越え、二人居並ぶ懐へ、一気に飛び込む。

 狙い済まして、刃を振るう。


 二人、対応の暇もあらばこそ――桂木さんの右腕を斜めに切り落とし、返す刃で服部さんの肩口へ斬りつける。

 悲鳴とも呻きともつかぬ声をあげ、桂木さんは腕を押さえて倒れた。自慢の「黄金銃」は右腕ごと床に落ち転がり、金の銃身は血にまみれ、輝きを失った。


 服部さんのほうは、少々妙な手ごたえがあり、刀傷もやや浅かった。おそらく「隠者ピエールのローブ」の防御力によるもの。

 それでも、しっかりとローブを切り裂き、傷を負わせることができたのは、シュピーゲル・ブレードの切れ味が勝ったということだろう。


「ちっ、畜生ッ!」


 肩から鮮血を噴き上げ、服部さんは、その場にうずくまった。

 どちらも、致命傷でこそないが、もう戦闘は継続できまい。とくに桂木さんは利き腕の肘から先を失う重傷。


 残るは……。


「よくも!」


 横ざま、不意に、猛烈な斬撃が飛んできた。

 これまで静観していた連城さんの強襲。


 怒声一喝、大気を切り裂く豪刃。

 間一髪、シュピーゲル・ブレードの刀身で受け止める。


 たちまち、全身がバラバラになるかと思えるほど重い衝撃が、柄から直接、伝わってきた。

 この威力は――!


「これを止めるか……!」


 連城さんは、負傷した仲間二人を庇うように、あらためて、前に立ちはだかった。


「どこでそんな力を身につけた? 無能ブランクの分際で」


 いったん刃を引いて、やや距離を取りつつ、睨みつけてくる連城さん。


「つくづく、度し難い。無能ブランク無能ブランクらしく、地上で残飯でも漁っていればいいものを。目障りだ」


 忌々しげに呟くと、連城さんは、白い大剣の刃をかざして身構えた。

 一点物の聖遺物アーティファクト、名剣デュランダル。刃渡り四尺近い両手剣で、岩をも絶つという伝承が残る剛剣である。


 その一閃、かろうじて受け止めはしたが、想像以上に重く、強烈だった。武器の性能と連城さんの技量、それらがあいまって、凄まじい威力を発揮している。

 受け止めたのが支給品のサバイバルナイフだったら、一撃でへし折られ、そのまま俺自身も真っ二つにされてしまっただろう。


 シュピーゲル・ブレードだからこそ、かろうじて受けきることができた。

 逆に言えば、シュピーゲル・ブレードならば、どうにかまともに打ち合うことができる、ということでもある。


(――マスターがその時点で必要としている物が追加されます。きっとお役に立ちますよ!)


 さきほど、ミラ子は、そんなことを言っていた。

 その言葉に違わず、いまシュピーゲル・ブレードは大いに役に立っている。むしろ、勝利の鍵にすらなっている。


 思えば、この武器は「ミラーリング」の恩恵として付与されたもの。

 シュピーゲル・ブレードとは、俺の技能が部分的に具現化した武器といっていい。


 彼らが「無能ブランク」と蔑視してやまぬユニーク天授。

 しかし、ひとたび覚醒すれば、その威力は常識を超える。どこまでも強くなれる。


 この刃は、強さを求める、俺の意志そのもの。


「あなたが俺をどう思っていようと、知ったことではありませんよ」


 と、俺は吐き捨てるように言った。

 正直に言えば、先の一撃を受け止めた衝撃で、まだ両腕が痺れている。


 連城さんは、正真正銘の大敵。

 容易に勝てる相手ではない――そうと肌で感じつつも。


 俺は、超えねばならない。さらなる高みを目指すために。


「俺の邪魔をするなら、容赦はしない。それだけです」


 言い放ち、俺は静かにシュピーゲル・ブレードを両手で構え直した。


「御託はもういい。死ね」


 連城さんが大剣を振り上げる。

 互いの殺気、地を捲いて。


 電光のごとく剣戟が交差する――。

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