第33話 氷の長城


 俺が前へ踏み出すと同時に、三人も一斉に身構えた。


「なんだ、あの武器は」

「さっきまで、あんなものは持ってなかったはず」

「切り札ってことか……?」


 三人揃って、俺の右手に光るシュピーゲル・ブレードに、いささか戸惑っている。

 ついさっき「お土産」として貰ったものだからな。見慣れないのも当然だろう。


「あれだけ跳ね回った後で、まだ走れるのか。どんな体力だ」


 と、憎々しげに呟くのは、「魔法使い」の服部さん。

 つい先ほどまで、俺は「百霊繚乱ウメチカバーゲン」状態の怨霊百体と大立ち回りを演じて、限界近くまで消耗しきっていた。


 その様子を、三人もひそかに観察していたはずである。

 だが今、俺の身体は、死亡時点から三十分前、ちょうど泉の広場に踏み込んだ直後ぐらいの状態で復活している。


 とくに怪我も無く、体力も気力も満タン近い、万全の状態。

 ――もちろん、彼らはそんな事情を知る由もない。


「まずは……足を止める」


 服部さんは、言いつつ右手を差し上げ、ぶつぶつと、呪文を呟きはじめた。


氷の長城フリージングウォール


 たちまち付近に冷気が生じた。俺の視界に、白い靄が漂い出す。氷の魔法か。

 行手の床に、太い白線が、ピシリと真横に走った。氷結の線――とでもいおうか。


 その氷の線が、一斉に音もなく隆起し、長大な氷の壁を形成する。

 ちょうど俺と三人の間を遮るように、ぶ厚い氷の長城が、忽然と出現した。


 壁の高さは十メートルぐらい。厚みはわからないが、氷壁の幅はこの広場を横断して、すっかり前方を遮断していた。

 これでは、飛び越えることも、外側に回り込むこともできない。


 昨日まで、幾度か三人の探索に俺も同行し、服部さんの魔法もずいぶん見せてもらってきたが、こんな大仰な魔法は初めて見る。

 おそらく服部さんの切り札のひとつ。これまで、あえて俺には手の内を見せていなかった、ということだろう。


 相手の意図はわからない。

 あるいは、壁で俺を押しとどめている間に、さらに威力のある魔法を詠唱し、壁ごしに、もしくは壁ごと俺を吹っ飛ばす――とかいう算段だろうか。


 だが、ちょうどいい機会だ。こいつが……どの程度使えるか、試してみよう。

 俺は、右手のシュピーゲル・ブレードを振るい、眼前そびえる白い城壁に、真正面から斬りかかった。


 刃は羽よりも軽やかに、輝く軌跡を宙に描いた。

 ただ一揮にて。


 氷壁は、斜めに、すっぱりと斬れた。手ごたえも何もなく、軽々と。

 俺はなお左右に刃を振るった。


 氷壁の中央部分を、紙細工のごとく四角に切り落とし、ちょうど俺の背丈くらいの突破口を、一瞬のうちに切り開くことができた。


(なんだ、この武器……!)


 俺は、シュピーゲル・ブレードの刀身をかざし、その眩い輝きに、あらためて目を見張った。

 ぶ厚い氷壁が、さながら薄紙のように、するりと斬れた。


 シュピーゲル・ブレードの切れ味は、完全に常識を越えている。

 よく切れる、とか、そんな生易しい表現では済まされない。


 あまりに切れすぎて、ちょっと引くぐらいの威力だった。

 これは、いわゆる聖遺物武器にも匹敵するんじゃないか?




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「長城を斬っただと?」


 氷壁の向こう側で、服部さんが驚声をあげている。

 それはそうだろう。やった俺自身も驚いてるぐらいだし。


「……駅前第三から生きて戻ってきたというのは、あながち嘘でもなさそうだな。あれくらいはできて当然、か」


 連城さんは、なお落ち着いた態度を崩さない。むしろ、この程度は想定内、というような反応だった。

 ……いや実際のところ、厳密にいえば、生きて戻ってきたわけではないけど。


 あそこで死んで、自宅に再実体化したに過ぎない。わざわざ訂正してやる義理もないが。

 俺は、自ら切り拓いた突破口をくぐって氷壁を抜け、再び三人めがけ駆け出した。


「来るか」


 連城さんが呟く。さすがに実戦経験豊富な上級探索者、黒銀の甲冑をまとい、静かに大剣を横たえる立ち姿には微塵の隙もなく、殺気凄まじいものを漂わせている。


「俺がやる。この位置なら余裕で狙えるぜ」


 桂木さんが、シニカルな口調で右手を差し出し、銃口を向けてきた。

 軽快な銃声を響かせ、黄金に輝く拳銃が火を噴く。


 先刻は油断しているところを不意打ちで狙われ、見事にヘッドショットを決められてしまったが、今度はそうはいかない。

 真正面、相手の位置も射角もわかりきっている状況で、銃弾ごとき、俺が見切れないわけが……。


(――はやッ!)


 象をも撃ち抜く貫通弾は、正確に俺の眉間めがけて飛んできた。

 間一髪、頭を下げて、ぎりぎりで回避。


 俺は内心、舌を巻いた。弾速が半端ではない。

 先ほど交戦したガーリッくんの機銃など比較にならない速度。さすがは一点物の聖遺物。


「外した? くそ!」


 桂木さんは、一発外したと見るや、やや焦り気味に、続けざま撃ってきた。胸、足、胴、様々な箇所を精確に狙ってくる。

 さすがの腕前だが。


 もう目が慣れた。

 しっかり集中していれば、一発ごとの軌跡はしっかり見える。これならば――!


 右に躱し、左に避け、のけぞり、かがみ、すべての弾丸をかいくぐって、俺はなお前進した。

 機銃弾の乱射と違って、狙いが正確な単発攻撃ゆえに、その弾速にさえ慣れてしまえば、かえって回避は容易なくらいだった。


 俺の背後で、氷の壁がガラガラと盛大な音を立てて崩れ落ちてゆく。俺が回避した弾丸が、氷の長城を跡形もなく粉砕した。

 速いだけでなく、威力も凄まじい。一発でも当たれば即死だろう――当たれば。


「こいつ! なんで当たらねえ!」


 どうも弾切れを起こしたようで、桂木さんの銃撃は止んだ。


「くそっ、近付けさせるな、服部ぃ!」

「任せろ。いま詠唱が済んだ――」


 再び服部さんが右手をかざす。

 ちょうど俺と三人の立ち位置の中間あたり。


 大理石の床が突如輝き、青く光る円形の模様……魔法陣らしきものが、ぼうっと浮かび上がった。


走る蔦ストラング・ラーヴァイン


 服部さんの声に応じ、魔法陣から、黒い影が出現した。

 これは、植物……?


 みっしりと葉を茂らせた、緑色の太い蔦らしきものが幾十本。

 魔法陣から直接生えてきたかのように、急速に床を這い伸び、一帯を覆い尽くさんばかりに生い茂ってゆく。


 ――と見る間に。

 ざわざわ葉を騒がせつつ、それらの蔦が一斉に、俺めがけて、銃弾にも劣らぬ速度で伸びてきた。


 氷、銃弾ときて、次は未知の植物の襲撃。

 避けるか、斬るか。


 いかに対処すべきか――。

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