第32話 企業秘密です


 視界が戻った――。

 ここはホワイティ梅田最深部、泉の広場。


 その中央、四色のレーザー光でライトアップされた大噴水が、俺の眼前にある。

 再実体化を指定したのは、この滔々と噴きあがる水柱の陰で、上級三人組の視界からは死角となる位置である。


「やったか?」

「いや……消えた?」

「おい、どうなってる」


 などという会話が、水音に紛れて聴こえてくる。

 先輩方からすれば、確実にヘッドショットを決めたはずの標的が、なぜか忽然と消えたわけだからな。相当慌てている様子。


 彼らが俺の現在位置に気付く前に、急いで確認しなければならないことがある。

 腰の辺りに、これまでと異なる感触があった。


 見れば、刃渡り三尺、やや細身の刀剣らしきもの。

 いつの間にか――その銀色の鞘が、ベルトに引っかかるようにして、俺の左腰に、斜めにぶら下がっていた。


(これか? 例のお土産って)


 さきほど取得したばかりの「物品鑑定LV1」を発動させてみる。



 「シュピーゲル・ブレード」

  種別:片手武器・直刀

  状態:良

  攻撃力:高

  耐久:高

  備考:不明



 ……あまり参考にならなかった。鑑定技能のレベルが低いせいだろうな。

 ともあれ柄を掴んで、刀身を抜いてみる。


 実はこれまで、刀というものに触れたことがなく、正しい扱い方の知識もない。

 にもかかわらず、ごく自然に、するりと抜くことができた。


 まるで前々から使っていたかのように、その柄が不思議と手に馴染む。

 かなりの長物だが、どういうわけか、重さはほとんど感じない。これまで使ってきたサバイバルナイフより軽いくらいだ。


 なにより、その刀身、その刃――。

 片刃だが、一般的な日本刀と異なり、細くまっすぐ伸びる刀身には反りがなく、よく磨かれた鏡面のごとく光っている。


 その刃は紙のように薄い。極限まで研ぎ澄まされ、妖しい輝きを帯びていた。

 刀剣にかけては素人の俺でも、ひと目でわかる。


 これは、物凄い業物だと。

 こう眺めていると、ふっと刀身に吸い込まれそうな。


 そんな、危うげな魅力さえ漂わせている――。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「いたぞ……あそこだ」

「いつの間に?」

「位置が悪い。あれでは狙えん」


 刀に見惚れている俺の耳に、慌ただしい声が届いた。もう気付かれたか。

 俺は、シュピーゲル・ブレードを鞘に戻しつつ、噴水の陰から姿を現した。


 三人は、泉の広場の出入口、双方向ポータルのそばに居並び、佇んでいた。

 普段は高級ブランドのスーツをビシッと着こなしている三人だが、ダンジョン内では、それぞれの天授技能に見合った防具類をまとい、完全武装している。


 魔法使いの服部さんは黒い長衣、銃撃手の桂木さんは特殊ラバー製のアンダーウェアに防弾ジャケット、剣闘士の連城さんは黒銀のプレートアーマー。

 いずれも会社支給の最高級品であり、とくに服部さんの長衣は「隠者ピエールのローブ」という一点物の古代遺物だという。


「聞こえてましたよ、連城さん。誰がはしゃぎ過ぎですか」


 俺は、いかにも何事でもないような口調で、彼らに声を投げかけた。


「……もちろん、きみのことだ。里山くん」


 連城さんが、落ち着き払った様子で応える。

 一同の年長者らしく、態度も声もどっしりと重々しく、二十代とも思えぬ貫禄を感じさせる人物である。


 左右の二人も、平静を装うごとく、いかにも気楽そうな声で話しかけてきた。


「なあ、里山。さっき確かに、コイツでおまえの頭を撃ち抜いたはずなんだがな。なんで生きてる? どんな手品を使った?」


 桂木さんが、右手に光る拳銃を弄びつつ言う。噂の聖遺物、黄金銃。

 なんでも大昔、外国の独裁者が愛用し、その死後、独裁者の霊が銃身に宿って、常識を超える性能を持つようになったのだとか。


「企業秘密です」


 俺は彼らのもとへゆっくり歩み寄りながら、表情を消して応えた。


「そういうとこだよ、無能ブランク


 服部さんが、苛立たしげに言う。

 無能ブランク……か。


 前々から、ユニーク天授持ちが、そう陰で呼ばれていることは知っていた。

 探索者界隈でのみ通じる隠語だ。効果不明の天授など、最初から無いも同じ……空白ブランク、ということだ。


 さすがに、面と向かって言われたのは初めてだが。

 もはや悪意も殺意も、取り繕う必要はない、ということだろう。


「どうにも得体が知れないんだよ、おまえら無能ブランクは。能力の有る無しだけの話じゃない。雰囲気からして、俺らと同じ人間とは、どうしても思えない。まるで、名前も知らない虫が、人間の皮を被って歩いてるみたいでな」

「ようするに」


 桂木さんが横から補足を入れる。


「おまえらは、存在自体が気味悪いんだよ。とてもじゃないが、仲良くやっていける相手じゃない」

「我々から見れば、きみは魔物と変わらない。魔物と人間は共存できないんだ。里山くん。きみは今日ここで、おとなしく死んでおいてくれないか」


 連城さんが、重厚な声で話を締めくくった。

 ……酷い言われようだ。これが個人レベルの話なら、単なる社内でのイジメだが、どうもそういう次元の話ではないらしい。


 彼らがユニーク天授持ちを嫌悪する感覚というのは、俺には到底、理解も共感もしがたい。理不尽としか思えない。

 だが、彼らだけでなく、探索者界隈……ひいては世間全体でも、俺たちをそういう目で見ている者は、おそらく少なくないのだろう。


 ゆえに差別されたり、ときに侮辱を受けることもある。

 差別とは、そういうことなのだろうな。


 その多くは、理屈ではなく感性、感覚的なものなのだろう。

 虫が好かない。受け付けない。だから所詮、わかりあう余地はない。


 そう彼らは言っている。

 ……ならばいっそ、清々しい。


 俺は、彼らを特に憎んでも嫌ってもいないが、わざわざ俺を殺しに来た相手の言いなりになるほど、お人好しでもない。


 ――強くなること。強くあること。

 誰のために――?


 探索者として、俺が目指すものは、もっともっと先のほうにある。こんなところで足踏みしてはいられない。

 つまらない確執で俺の前に立ちはだかり、行手を遮るというのなら。


 何者であろうとも。

 ただ、返り討ちにするのみだ。


 ――シュピーゲル・ブレードの刃を抜き放つ。

 白鏡の刀身が照明を反射し、七彩の輝きを帯びた。


「そのご提案は、お断りします」


 静かに応えつつ。

 俺は床を蹴って、三人のもとへと駆け出した。

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