第31話 きっとお役に立ちますよ!
気付けば、また真っ白い空間に、俺はひとり突っ立っていた。
『メインデータが破損しています。バックアップを使用しますか?』
本日二度目となる、ミラ子の脳内アナウンス。
どうもこれ、ミラーリング発動時の定型句みたいだ。毎回必ず聞かされるらしい。
眼前に浮かぶ姿見には、それはもう凄絶な俺の姿が写し出されていた。
全身傷だらけ。防護ベストも服もボロボロ。
バックパックも散々衝撃波を浴びて、すっかりひしゃげている。まだギリギリ原型を留めているのが不思議なくらいだ。
そしてなんといっても――額にぽっかりと穴があき、血がダラダラ流れている。
後頭部を銃撃され、その銃弾が貫通した跡なのだろう。それが直接の死因でもあるようだ。
とくに痛みなどはない……というか、いまは、全身の感覚がない。
鏡の中にいるのは、あくまで俺の死亡時点の姿であって、いま空間に立っている俺には、実体がない。
いわゆる精神体という、幽霊のような状態になっている。
ここから、任意に選択しロードしたバックアップデータをもとに、肉体を再構成して、俺の精神をそこへ移すというのがミラーリングの復活手順だ。
さて。
いまの状況については、もうあらかた推測がついている。
さきほど、大分裂した赤い怨霊どもとの戦いに俺が狂奔している間に。
おそらく、連城さん、桂木さん、服部さん……例の先輩上級三人組は、もう泉の広場に入って、様子を見ていたのだろう。
「魔法使い」の天授持ちである服部さんは、「隠れ身」という魔法が使える。
純粋に視覚だけを誤魔化すもので、さきほど魔人アシナが用いていた隠蔽スキルと比べると、数段効果は落ちる。
だが戦闘に夢中になっていた俺の目を
そうとも知らぬまま、俺は後先など考えず戦い続けていた。
どうにか赤い女どもの討伐を成し遂げたものの。
疲労困憊、重い身体を引きずって、よろばいつつ通路へ向かう俺の背中は……それはもう隙だらけだったに違いない。
あとは、「銃撃」の天授持ちである桂木さんが、余裕をもって狙い撃つのみ。
桂木さんは一点物の聖遺物武器「黄金銃」の持ち主。
ワルサーP38に酷似した拳銃だが、ガワは金ピカ、中身は別物。
スナイパーライフルに匹敵する有効射程と命中精度を誇り、それを拳銃並に連発できるという反則級の逸品である。
弾丸も対魔効果を持つ専用の貫通弾で、象の胴体すらまっすぐ貫通するほどの威力を持つ。
そんなもので、無防備な後頭部にヘッドショットを決められれば。
誰だって一発で死ぬ。
そうして通算三度目の死を迎え、いま俺は、またここに立っていると。
最後に聴こえた声は、連城さんだな。
いかにも苦虫噛み潰したような顔で言ってたであろうとは想像できる。
見られてることにも気付かず、赤い女ども相手に、必死に跳んだり跳ねたりやってたのが、彼らには、はしゃいでる風に見えたんだろうか……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
しばし姿見の前で思考をめぐらしていると、横あいから、金色に輝く光の塊のようなものが、ふわりと俺の目の前へ漂ってきた。
『おかえりなさい、マスター』
ミラ子の声は、また一段と自然な女性声に近付いていた。
ちょっと舌足らずな感もあって、これは……想像より幼い雰囲気が。
「面目ないね。まさか、こんなすぐに戻ってくることになるとは」
と俺が言うと、ミラ子の声は、むしろ楽しそうに応えた。
『わたくしは、マスターとお会いできて、うれしいです。ですから、いつでも何度でも、戻ってきてください』
それは何度でも死んでこいって言ってるようなものだが……そういうシステムだから、そこはツッコミ入れても仕方ないか。
そういえば、いま俺の目の前にいる、この光の塊が、ミラ子のアバターに相当するんだったな。
前回……といってもつい先ほどのことのような気もするが、前回見かけたときより、全体に、倍ほどの大きさになっている。スイカかサッカーボールぐらい。
光の密度も、より金色が濃くなっている。
さらに形状も、まだぼんやりとしているが、人型っぽくなってきていた。
このアバター、じわじわと成長しているようだ。
あと1レベルか2レベルくらい上がれば、ハッキリした人型になりそう。具体的にどんな姿かは、まだ想像もつかないが。
『マスター。ミラーリングがレベル4となり、機能拡張が行われました。ヘルプが更新されています。参照しますか?』
「ああ」
と応えると、眼前の長鏡に映る俺の姿に重なるように、テキストの羅列が浮かび出てきた。
ざっとその内容を閲覧してみる。
前回より追加事項は少ないが、変更されている項目がぽつぽつ見られる。
バックアップデータの数がさらに増えて、合計七個のうちから選択できるようになった。
再実体化ポイントの仕様も変更されている。
自宅か死亡地点を選べる点は変わらないが、死亡地点を選んだ際の再実体化ポイントの座標指定が一メートル刻みから三十センチ刻みとなった。
より一層こまかい指定が可能になった……といっても、さすがに細かすぎる気もするのだが。
今後、そういうことが必要な局面もあるのかもしれない。
復活ボーナスの全能力一割アップ、後天技能のランダム習得は、前回と同じ。
ただし、これに加えて、新たな所持品が追加されるらしい。つまり、なんかお土産がもらえると。
この「お土産」は、復活時に俺の所持品に加わる。
武器なら、それを手にした状態で、衣服や防具は、それを着用した状態で。宝飾品等の小物類は、左手に握った状態で実体化するんだとか。
具体的にどんな品物かはランダムで、ヘルプを見る限りでは詳細不明だが……。
『マスターがその時点で必要としているアイテムが追加されます。きっとお役に立ちますよ!』
と、ミラ子がやけに元気一杯に補足してくれた。
……なんか、ミラーリングのレベルが上がるたびに、反則度が増してる気がする。
死んで復活したら、お役立ちアイテムを自動的にゲットとか。
ただ、上級三人組とこれからやりあうことを考えたなら、これほどのサポートがあっても、なお不安を感じる。
あの三人は、それほど強い。装備も経験も、俺とは格が違う。
一対一でも、おそらく今の時点で、まだぎりぎり俺では敵わないぐらい。これが三人連携して掛かってくれば、勝ち目は無い。
それでも――やりあわなければならない。
つい昨日まで、俺は彼らを、良い先輩、手本とすべき同僚……そういう風に思っていた。
それだけに、あの瞬間――三人がかりでポータルへ突き飛ばされたときのショックは大きかった。
何かの間違いかと戸惑う一方、思い当たることもあった。
ユニーク持ちは、探索者界隈ではだいたい嫌われ者である。そう考えると連城さんたちの態度は、むしろ当初、不自然なくらい友好的だった。
最初から、俺を罠に嵌めるつもりで近付いてきたのだと、そのとき悟った。悟らされた。
ただ、そんなユニーク嫌いの彼らの行動の結果として、長年効果不明だった自分の天授「ミラーリング」の真価を知ることになったのは、なんとも皮肉な話だ。
さすがに感謝まではしないが、それもあって、正直俺は彼らをさほど憎む気にも、恨む気にもなれない。
だが降りかかる火の粉は、どうあっても払わなければ、先へ進むことができない。
昨日は間接的な手口だったが、今日、彼らは俺を直接殺す気で来た。
……というか、既にいっぺん殺されて、俺は今ここにいるわけだし。
もはや彼らと和解しうる余地はないのだろう。
さきほど、魔人兄妹とはどうにか話が通じたが、あれはあちらも「仕事」であり、かつ初対面。
お互い、個人的な確執のない相手だったからこそ、停戦できたのだと思う。
一方、先輩三人については、そうはいかない。
彼らはよほど俺を嫌っているようだ。騙し討ちにしてでも殺したいぐらいに。
そういう確執を向けてくる相手に、尋常な対話など通じるわけもない。
こちらも、相手を殺す気で返り討ちにするしかない。
厳しい戦いになるだろう。
『マスター。次の行動を選択なさいますか?』
ミラ子が訊ねる。
「ああ、やってくれ」
『現在、ロード可能なバックアップデータ数、七。いずれかを選択してください』
例によって、どこから現れたか、複数の長鏡が左右からさーっと浮かび漂ってきて、俺の前に並んだ。合計七枚。
右から、死亡一秒前、十秒前、五分前、三十分前、一時間前、一日前、一週間前、となっている。
三十分前、というのが今回追加された分だな。
ちょうどサバイバルナイフを交換して、泉の広場に踏み込んだ直後くらいの時間だ。装備も身体状態も万全。今回はこれでいこう。
再実体化ポイントは、もちろん泉の広場。
座標は……大噴水を挟んで、連中の死角になりそうな位置がベストだろう。
技能と所持品の追加はランダムだっけ。何が貰えるのやら。
『設定完了しました。すぐ実行しますか?』
「ああ、頼む」
うなずくと、ミラ子のアバター……まだ実体未満の、ぼんやり人型な黄金の輝きが、ふわりと光の尾を引いて、俺の周囲を巡った。
『それでは、データロードを実行します。ファイトですよ、マスター!』
なんか、どんどんフレンドリーになってるきてるな、この子……。
そんなことを思う間に、視界が漂白されてゆく。ロードが始まったようだ。
『全能力値にボーナスポイントが永続加算されました』
『技能・物品鑑定LV1を取得しました』
『シュピーゲル・ブレードを装備しました』
再実体化直前、ミラ子のガイダンスが脳内に響いた――。
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