第28話 赤い衣の怨霊
いま俺の直近まで寄ってきているのは、
余の連中も、じわじわと集まりつつある。
俺はサバイバルナイフをかざすや、最も手近なところにいる
強襲の一閃。防御の
たちまち、左右から後続が襲いかかってきた。
(……おや)
かなり強い違和感。
敵の動きが、おそろしくスローモーに感じられる。
先に戦ったゴブリンやオークと同等くらい。攻撃を受け止めるどころか、意識して回避するまでもない。
軽く身体をいなすだけで、連中の攻撃は、俺にまったく届かなくなる。
本来、そんなことはありえない。
ようするに、俺がさらに強くなっている、ということ。ミラーリングの復活ボーナスの恩恵は、思った以上に大きいようだ。
さながら、周囲がスロー再生のなか、自分だけが等速で動いているような感覚。
――まずは、隙だらけな
すぐさま刃を引き抜くと、
魔物どもの絶叫すらも、スローに響く。しっかり神経を研ぎ澄ませている証拠だ。
こうなるともう、ここいらの魔物など、立っているだけの人形にも等しい。
返り血を浴びるより速く、俺は力強く前へ踏み込む。
地を蹴って疾走し、立ちはだかる魔物どもを、右へ左へ斬り捨ててゆく。
たちまち
誰あって、俺の前に一秒と立っていられる魔物はいない。ろくな反応も抵抗もなしえず、一方的に斬り殺されていくばかり。
俺の脚はなお止まらない。後ろに累々たる骸を残し、早々に大噴水の手前へとさしかかった。
そこに一群、横列をなして待ち構える、真紅の魔物たち。
山羊の頭、真っ赤な毛皮、背には黒翼という、見るから禍々しいシルエット。
樫本の資料ではレッドデーモンと呼称されている。昔はレッサーデーモンともいったらしいが。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
前面に並ぶ個体数は五。ただし、噴水の反対側にも、まだ待機している一群があり、合計で十体以上いるようだ。
俺の接近にともない、レッドデーモンどもは横列を維持したまま、四色の光彩鮮やかな大噴水を背に、一斉に両腕を振り上げた。
「……!」
「……?」
「……!」
突如、奇妙な発声が響きわたる。
人間の耳には不快なノイズとしか聴こえず、言語として理解することは不可能。
彼らデーモン独特の音声信号のようなものらしい。
なんの信号かといえば、それは――魔法の詠唱である。
デーモンらの掲げる手から、複数の雷光と火炎が同時に閃き、猛然、俺めがけて放たれた。
見える。見える。
空中を駆ける雷の光条も。
赤い尾を引いて飛来する火球も。
それらの軌跡すべてが、はっきりと捕捉できる。
素早く足をさばき、軽々と先制の魔法攻撃を回避しきって、俺は一気に赤い悪魔どもの懐へ踏み込んだ。
刃を振るう。
手近なレッドデーモンの首を、ただ一撃にすっ飛ばし、さらに右へ左へ斬りつけ斬り飛ばし斬り伏せる。
ほとんど一瞬で、五体のレッドデーモンを血煙に沈め、そのまま大噴水を時計まわりに迂回。
残りのレッドデーモンどもは、噴水の向こう側に佇み、まだろくに態勢も整えていない様子。
そこへ横ざまに突入し、問答無用で刺し貫く突き殺す斬り倒す。
「……!」
最後の一体が、慌てて詠唱をはじめた。だがもう遅い。
「これでラスト――」
素早く腰もとへ斬り付け、薙ぎ払う。
「……」
詠唱も終わらぬ間に、腰を真横に切り裂き、最後のレッドデーモンを血泥に叩き込んだ。
戦いつつ移動し、戦い終わったときには、大噴水の反対側まで辿り着いていた。
俺の背後で、大噴水はいまも滔々と水柱をあげている。
一息入れ、あらためて自分の状態をチェックしてみる。
あちらこちらレッドデーモンの返り血を浴び、サバイバルナイフの刃もすっかり血に塗れていた。
だがいま、それらを洗い流す余裕はない。
カツン、カツン……、と、足音が響きはじめた。
ちょうど俺が立っている位置の真正面には、広場の外へと伸びる短い通路。
その先には上り階段がのぞいている。
階段の先は封鎖され、行き止まりとなっているはず。
いま、その階段から、一歩一歩、何者かが通路へ降りてきていた。
まだ全体像がぼんやりとして、詳細まで判別できないが、人型であること、上半身に真っ赤な衣服を着ていることだけはわかる。
俺は、ただじっと観察していた。
階段を降りきった人影は、ふと、こちらへ顔を向けたかと見えるや――。
(コロスぅ!)
突如、おぞましき咆え声を張り上げて。
突風のごとく通路を駆け、ほとんど一瞬の間に、俺のもとへと迫り来る。
――赤い衣に黒髪黒目、見るも不気味な女の姿。
ホワイティ梅田最強の魔物にして、泉の広場の伝説的存在「赤い衣の怨霊」のおでましだ。
樫本の社史においても、ソロでの討伐成功はわずか二例という強敵。
俺の力が通用するかどうか。真っ向勝負といこうか。
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