第28話 赤い衣の怨霊

 いま俺の直近まで寄ってきているのは、蜥蜴人リザードマンが二体、人食い鬼オーガー一体。

 余の連中も、じわじわと集まりつつある。


 俺はサバイバルナイフをかざすや、最も手近なところにいる蜥蜴人リザードマンへ突きかかった。

 強襲の一閃。防御のいとますら与えず、緑肌の直立トカゲの首を斬り裂き、彼方へ刎ねとばす。


 たちまち、左右から後続が襲いかかってきた。

 蜥蜴人リザードマンの蛮刀、人食い鬼オーガーの棍棒が、ほぼ同時に俺めがけて振りおろされる。


(……おや)


 かなり強い違和感。

 敵の動きが、おそろしくスローモーに感じられる。


 先に戦ったゴブリンやオークと同等くらい。攻撃を受け止めるどころか、意識して回避するまでもない。

 軽く身体をいなすだけで、連中の攻撃は、俺にまったく届かなくなる。


 本来、そんなことはありえない。蜥蜴人リザードマン人食い鬼オーガーも、ゴブリンなどとは比較にならない高レベルな魔物どもだ。

 ようするに、俺がさらに強くなっている、ということ。ミラーリングの復活ボーナスの恩恵は、思った以上に大きいようだ。


 さながら、周囲がスロー再生のなか、自分だけが等速で動いているような感覚。

 ――まずは、隙だらけな人食い鬼オーガーの脇腹を、深々と突き刺す。


 すぐさま刃を引き抜くと、蜥蜴人リザードマンの肩口から胸元へかけて、斜めにぶった斬る。

 魔物どもの絶叫すらも、スローに響く。しっかり神経を研ぎ澄ませている証拠だ。


 こうなるともう、ここいらの魔物など、立っているだけの人形にも等しい。

 返り血を浴びるより速く、俺は力強く前へ踏み込む。


 地を蹴って疾走し、立ちはだかる魔物どもを、右へ左へ斬り捨ててゆく。

 たちまち人食い鬼オーガーどもの頭が宙を舞い、蜥蜴人リザードマンどもの腕が飛び首が飛び、噴血は霧となってあたりを漂った。


 誰あって、俺の前に一秒と立っていられる魔物はいない。ろくな反応も抵抗もなしえず、一方的に斬り殺されていくばかり。

 俺の脚はなお止まらない。後ろに累々たる骸を残し、早々に大噴水の手前へとさしかかった。


 そこに一群、横列をなして待ち構える、真紅の魔物たち。

 山羊の頭、真っ赤な毛皮、背には黒翼という、見るから禍々しいシルエット。


 樫本の資料ではレッドデーモンと呼称されている。昔はレッサーデーモンともいったらしいが。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 前面に並ぶ個体数は五。ただし、噴水の反対側にも、まだ待機している一群があり、合計で十体以上いるようだ。

 俺の接近にともない、レッドデーモンどもは横列を維持したまま、四色の光彩鮮やかな大噴水を背に、一斉に両腕を振り上げた。


「……!」

「……?」

「……!」


 突如、奇妙な発声が響きわたる。

 人間の耳には不快なノイズとしか聴こえず、言語として理解することは不可能。


 彼らデーモン独特の音声信号のようなものらしい。

 なんの信号かといえば、それは――魔法の詠唱である。


 デーモンらの掲げる手から、複数の雷光と火炎が同時に閃き、猛然、俺めがけて放たれた。

 見える。見える。


 空中を駆ける雷の光条も。

 赤い尾を引いて飛来する火球も。


 それらの軌跡すべてが、はっきりと捕捉できる。

 素早く足をさばき、軽々と先制の魔法攻撃を回避しきって、俺は一気に赤い悪魔どもの懐へ踏み込んだ。


 刃を振るう。

 手近なレッドデーモンの首を、ただ一撃にすっ飛ばし、さらに右へ左へ斬りつけ斬り飛ばし斬り伏せる。


 ほとんど一瞬で、五体のレッドデーモンを血煙に沈め、そのまま大噴水を時計まわりに迂回。

 残りのレッドデーモンどもは、噴水の向こう側に佇み、まだろくに態勢も整えていない様子。


 そこへ横ざまに突入し、問答無用で刺し貫く突き殺す斬り倒す。


「……!」


 最後の一体が、慌てて詠唱をはじめた。だがもう遅い。


「これでラスト――」


 素早く腰もとへ斬り付け、薙ぎ払う。


「……」


 詠唱も終わらぬ間に、腰を真横に切り裂き、最後のレッドデーモンを血泥に叩き込んだ。

 戦いつつ移動し、戦い終わったときには、大噴水の反対側まで辿り着いていた。


 俺の背後で、大噴水はいまも滔々と水柱をあげている。

 一息入れ、あらためて自分の状態をチェックしてみる。


 あちらこちらレッドデーモンの返り血を浴び、サバイバルナイフの刃もすっかり血に塗れていた。

 だがいま、それらを洗い流す余裕はない。


 カツン、カツン……、と、足音が響きはじめた。

 ちょうど俺が立っている位置の真正面には、広場の外へと伸びる短い通路。


 その先には上り階段がのぞいている。

 階段の先は封鎖され、行き止まりとなっているはず。


 いま、その階段から、一歩一歩、何者かが通路へ降りてきていた。

 まだ全体像がぼんやりとして、詳細まで判別できないが、人型であること、上半身に真っ赤な衣服を着ていることだけはわかる。


 俺は、ただじっと観察していた。

 階段を降りきった人影は、ふと、こちらへ顔を向けたかと見えるや――。


(コロスぅ!)


 突如、おぞましき咆え声を張り上げて。

 突風のごとく通路を駆け、ほとんど一瞬の間に、俺のもとへと迫り来る。


 ――赤い衣に黒髪黒目、見るも不気味な女の姿。

 ホワイティ梅田最強の魔物にして、泉の広場の伝説的存在「赤い衣の怨霊」のおでましだ。


 樫本の社史においても、ソロでの討伐成功はわずか二例という強敵。

 俺の力が通用するかどうか。真っ向勝負といこうか。

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