第27話 絢爛豪華な大空間


 魔人の兄妹は玄室から消え去った。

 どこかに転移する魔法を使ったのだろうとは思うが……考えてみれば、そんなものが使えるなら、ダンジョンでもどこでも出入り自由だよな。


 本来、ダンジョンの入場は国と管理会社によって厳しく管理されている。

 そこに転移魔法なんて使われた日には、そんな管理も無意味になってしまう。


 資格なんぞなくても、勝手に入って内部を漁り放題。

 しかも、本来は手順を踏んで一定のルートを攻略すべきダンジョンでも、いきなり最深部にまで入り込めるとすれば……。


 冷静に振り返ってみれば、魔人というのは、地上の人間にとって、かなり深刻な競合相手なのかもしれん。俺たち探索者にとっては、商売敵に近い。

 あちらも俺たちをそういう目で見ているとすれば、そりゃ殺し合いにもなるってことか。


 ――地上から来た探索者なんて、ぶっちゃけ、俺らにとっては敵なんだがな。


 って、さっきアークも言ってたっけな。そういうことか。

 ただ、そうはいっても人間どうし、無闇に争う必要はないと思うけどな。個人的な確執は別として。


 ……その確執の塊みたいな連中が、おそらく今頃、俺を追ってきている。

 俺が今日、ホワイティに向かうことは、受付に聞けばわかるだろうしな。


 もし彼らが、まだ俺を殺したがっているなら、来るはずだ。

 まず連中より先に泉の広場に到達し、ダンジョンボスたる「赤衣の怨霊」を討つ。


 彼ら……俺を殺しかけた、というか実際死ぬ羽目に陥らせた上級三人組と、どう向き合うかは、その後のことだ。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 最後の玄室、右側の扉をくぐり、短い通路へ。

 ひとつ辻を曲がれば、もう通路のどん詰まり。そこに青い鬼火のように浮かび上がる、最後のポータル。


 このポータルの行き先こそ、泉の広場。

 その手前でいったん足を止め、装備を再点検する。


 耐衝撃ベストはほぼ無傷。

 サバイバルナイフは、さすがに酷使がたたったか、刀身に亀裂が走っている。


 とくに、さっきのアークとの戦闘で、かなりダメージを受けたようだ。あと数合も打ちあえば折れていたろう。魔人の技量と膂力、おそるべし。

 というわけで、バックパックを開き、予備のサバイバルナイフと交換。


 実は同じものをあと二本、持ってきている。備えあればなんとやら。だ。

 なお支給品とはいえ、装備の損傷や紛失は、自費で弁償せねばならない。サバイバルナイフは、一本、九万七千円。


 俺は昨日もナイフ、ベスト、バックパックを弁償している。

 ただ、持ち帰った数々の貴重品マテリアルの価値からすれば、その程度の出費は微々たるものだが。


 装備の点検を終え、いよいよ最後のポータルへ踏み込む――。

 青い炎をくぐった先には、それまでとはまったく異なる情景が広がっていた。


 広々としたホール状の大空間。

 床は大理石のタイル、壁面には金銀の複雑な模様が掘り込まれ、朱と紫の彩りも目に鮮やか。


 天井は二、三階分の吹き抜けのごとく、頭上遥かに高い。

 そこに輝く照明はヒカリクズではなく、眩いクリスタルガラスきらめく特大シャンデリアである。


 光源は不明。まさか電気が通ってるわけはないと思うが、降り注ぐ煌々たる輝きは、必要十分な明るさをホール全体にもたらしている。

 ホールの中央には、大理石で円形に仕切られた大噴水。


 いまも派手に水が噴き上がっており、それを四方向から赤、ピンク、青、緑のレーザー光が照らし、ライトアップしている。

 これもどういう仕組みかは不明だ。


 人工物なのは間違いないのだが、少なくとも六十年前、樫本マテリアルの前身、樫本不動産が、他社からホワイティ梅田の管理を引き継いだときには、既にこのライトアップ噴水は存在していたという。

 この噴水は、一日三回、ある時間にのみ、水の噴出が止まる。


 かわって一定時間、巨大な青白い鬼火が、そのど真ん中に出現する。

 それこそ、長い間、転移先不明とされていた、謎のポータル。


 その行き先は大阪駅前第三ダンジョン第二層。

 つい昨日、俺が身をもってその事実を知り、会社へ報告するに至った、あのポータルである。


 ……いまは、そのポータルは出ておらず、噴水は通常運転のようだ。派手に噴き上がる滔々たる水柱、その水音が、空間全体に響き渡っている。

 とにかく何から何まで、これまでのダンジョンの光景とはまったく異質な、絢爛豪華な大空間。これが、ホワイティ梅田の最深部、泉の広場である。


 俺が転移してきたポータルのちょうど反対側、中央の大噴水の向こうの壁面には、短い通路の出入口があり、その先には上りの階段がのぞいている。

 階段は行き止まりとなっており、その先に進むことは不可能。


 樫本の資料では、昔はそこから地上へ出られたのではないか、と推測されている。

 何らかの理由で封鎖された可能性が高い、とかなんとか。


 その封鎖階段へ続く通路の手前あたりに、ホワイティ最強の魔物「赤い衣の怨霊」が待ち受けているのだが――。

 四色の光に彩られた大噴水の周囲。なんとも無粋なシルエットが複数、うようよと蠢き、うろつきまわっている。


 人間大のトカゲが二足直立して剣と盾を持って歩いているような蜥蜴人リザードマン

 青い肌に腰布一枚、太い棍棒かついでウロウロしてる巨漢の人食い鬼オーガー


 シルエットこそ人型だが頭部は山羊、全身は真っ赤な毛皮に覆われ、禍々しい黒翼を背負うレッドデーモン。

 いずれも、他のダンジョンでも見かける面子ではあるが、ホワイティ梅田においては、泉の広場にのみ出現する固有魔物である。


 非常にレベルが高く、ホワイティでも群を抜いて強敵とされる、いわば泉の広場のガーディアンたち。

 これを全滅させなければ、ダンジョンの主たる「赤い衣の怨霊」は出現しない。ボス戦前の最後の試練とでもいうか。


 本来は、こちらも四、五人程度でパーティーを組み、一体ずつ分断しながら確実に仕留めていくのがセオリー。

 だが……俺は単独でやらねばならない。


 昨日も、あいつらとはガチにやりあっている。正直、負ける気がしない。

 ――そうと観察する間に、あちらも、俺の転移出現にようやく気付いた様子。


 噴水の光彩をバックに、複数の影がのそのそと、こちらへ寄って来つつある。

 昨日は、あいつらとの戦闘中、上級どもの不意打ちをくらって、大噴水中央に出現した転移ポータルに突き飛ばされ、駅前第三ダンジョンへ迷い込む羽目になった。


 その意味では、まだあいつらとの決着は済んでいない。

 今度こそ、きちんとケリを付けてみせよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る