第26話 魔人


 ダンジョンで遭遇した、赤い目の兄妹。

 彼らの目的は、魔石の回収だという。


「……全部説明しろとはいわんが、少しは事情を聞かせてくれんか」


 言いつつ、俺はバックパックから手持ちの七個の魔石を全て取り出し、床に並べてみせた。

 それを眺めて、ただでさえ赤い兄妹の目が、いっそうギラギラ輝いた。そんなに欲しいかこれ。


「悪いんだがよ、あんまり詳しいことは話せねえ」

「えっと……シュヒギム? っていうのがあって……ごめんなさい」


 すっかり警戒を解いた兄妹が、そんなことを語りつつ、魔石の前へ歩み寄った。

 守秘義務、ね。そういうからには、誰かに雇われてるか、あるいは何らかの組織・団体に所属してるってことだな。


 少なくとも、好き勝手に動いてる無法者ではない、と。

 そういえば、さっきまで感じていた、凶悪な負の気配……憎悪のオーラみたいなものが、玄室内からキレイに消えている。


 思い当たるのは……「威圧」という技能。一定のエリア内において、敵に圧をかけ、怯ませたり、行動や判断力を鈍らせたりするというもの。

 おそらくだが、そういう系統の技能を使っていたのだろう。


 そうしておいて、隠蔽スキル持ちの妹が不意打ちを仕掛ける。そんな戦法か。どんだけ戦い慣れてんだこの兄妹。

 だがいま、こう見てると、どこにでもいる普通の青年と少女、若い兄妹そのもの。


 両目が赤く発光してることをのぞけば、だが。


「……俺はアーク。こっちは妹の」

「アシナです」


 と、兄に促され、妹のほうが、ぺこりとお辞儀してみせた。

 兄のアークは、見たとこ、俺よりちょい年下くらいの若者。背丈はだいたい俺と変わらないが、体型はだいぶ細っこい。

 腰回りなんか、俺の三分の二くらいじゃないか? 男子大学生の平均からしても、かなり痩せてる部類だろうな。


 妹のアシナは、十四、五歳くらいか。背格好は普通の女子中学生だが、まったく躊躇無く、俺を刺し殺している。

 やはりどう考えても、まっとうな女子中学生ではない。


「俺らは、地下に住んでる者だ」


 兄のアークが、やや苛立たしげに述べた。


「あんたら地上人は、俺らのことを、魔人、とか呼ぶけどな」


 魔人……か。

 本社の資料室にある、ずいぶん昔のダンジョンの記録に、断片的な記述が残っていて、俺も何度か閲覧したことがある。


 ただし、それらの資料では、ダンジョンに棲息する魔物、人ならざる人間の総称……という注釈だった。

 あくまで魔物の一種という扱いなうえ、近年はまったく遭遇や目撃の記録はない。


 とはいえ、この兄妹の赤く光る両眼、常人離れした強さ。

 いわれてみれば、魔人という呼称はぴったりくる。


「なんか魔物の仲間みたいに言われて、正直こっちはムカついてんだよ。俺らとあんたらと、実際、そんなたいした違いはねえのにな」


 たいした違いはない……。

 そうかな……。


 うん。そうかも……。


「具体的にどのへんに住んでるとか、そのへんは、ちょっと話せねえ。一応、あんたを信用することにはしたが、万一ってこともあるんでな」


 アークの口調からすると、魔人というのは、この兄妹だけでなく、同様の仲間がいるようだ。

 で、地下の住人ねえ。まさか、ダンジョンに住んでるとか?


 この日本国内だけでも、未踏破のダンジョンはまだまだあるし、存在を知られてないダンジョンだって、どこかにあるのかもしれん。

 そういうところに、魔物ではなく人間が住み着いている可能性もありうる……それが魔人、ということか?


 理由や目的は不明だが、彼らは自らの存在や活動を隠蔽し、極力、地上に情報を洩らさぬよう腐心しているらしい。

 おかげで樫本の資料にも、本当に最低限の情報しか記載がない。目撃者は生かして返さないという鉄則すらあるようだし。


 そのせいで俺はこの兄妹に襲われ、いっぺん殺される羽目にまで至った。

 いや。どうもキナくさいものを感じる。


 これ以上は、あまり深入りしないほうがよさそうだ。お互いのために。


「……わかった。追求はしない。ただ、こいつを何に使うのか、それくらいは教えてくれてもいいんじゃないか?」


 俺は、魔石を差し示して、訊ねた。

 アークが答えた。


「そいつは、俺らの生命線さ。通貨でもあるし、燃料にもなる。魔法を使う際の触媒でもある」

「わたしたち、それがないと生活できないんです」


 と、アシナが補足する。

 ほう。地上でもかなり貴重な品だが、彼らにとっては、もっと切実な必需品ということか。


 アークがさきほど使用した魔法も、魔石の力を使った、彼ら独特のものだと。

 たしかに、これまで見たことのないような奇妙な呪文を使っていたな。


「そういうことなら、全部持っていってくれ。もともと拾い物だしな。そら」

「ありがてぇ」


 俺から魔石を手渡され、それらをジャケットのポケットに押し込んで、アークはようやく機嫌よさげな笑みを浮かべた。


「もうあんま時間がねえ。帰るぜ。……そうだ、あんた、名前は?」

「俺は里山忠志。見ての通り、雇われの探索者だ」


 と、自己紹介してみたものの、探索者という職業、彼らに通じるんだろうか。

 会社がどうとかは、いちいち言う必要もあるまい。


「やっぱ探索者か。そうだろうと思ったけどよ」


 アークはうなずいた。普通に知ってるらしい。


「地上から来た探索者なんて、ぶっちゃけ、俺らにとっては敵なんだがな。……あんたみたいに、ちゃんと話が通じるヤツって、かなり珍しいぜ」


 って言われてもな。お互い人間、無闇に殺しあう理由はないと思うんだが……探索者にも、色々いるからなあ。

 血の気の多いヤツ、ただ戦闘が好きなヤツ、人を人とも思わんヤツもいる。


 そういうのと、彼ら魔人が出会ってしまえば……そりゃロクなことにならんか。


呪移呪間ウツセ


 アークは、なにかの呪文を唱えた。


 と見る間に、兄妹の足もとの床が、突如、青白く発光した。

 これは……魔法陣?


 その魔法陣から急激に眩い光があふれ出し、兄妹を包み込む。

 アークの声が響いた。


「そうだ。里山さんよ。魔石の礼に、ひとつだけ、いいことを教えてやる」

「なんだ?」

「堂島のダンジョン、知ってるよな?」

「ああ」


 堂島ダンジョン。いわゆるウメチカのダンジョンのひとつ。

 うちの会社の管轄ではないが、かなり高レベルな魔物の巣窟といわれている。


「あそこな。近いうち、魔物の大発生が来るぜ。たぶん、あと十日かそこらだ」

「スタンピードが? まだ時期的に、だいぶ先だったはずだが」


 堂島ダンジョンは年一回、決まった時期に魔物の大量発生……スタンピードが起こることで有名だ。

 スタンピードの時期だけは、会社や所属の垣根が取り払われ、すべての探索者に堂島ダンジョンが開放される。

 管理会社としても、いち早くスタンピードを鎮めるために、猫の手でも借りたいってわけだ。


「今度のは、ただのスタンピードじゃねえ。かなりヤベエやつ……それも人為的なやつさ」

「人為的……?」

「詳しいことは話せねえけどな。しばらく堂島ダンジョンには近付かねえこった。下手すりゃ、あんたでもアッサリ死ぬぜ?」


 アークは真面目くさった顔つきで告げた。冗談を言っている顔ではない。本気で警告してくれてるようだ。


「……わかった。気をつけるよ」


 俺は、少々思うところがあったものの、あえてそれを口には出さず、そう述べるにとどめた。


「じゃあな。せいぜい気をつけな」

「魔石、ありがとうございました。里山さん、その、お元気で……」


 アークとアシナ、こもごも俺に声を投げかけ――魔法陣から溢れる光の中に、二人の影が溶けてゆく。

 やがて忽然と、光がかき消えた。


 二人の姿も、床の魔法陣も、すべて、きれいに消えて無くなり、玄室内に静寂が戻った。

 いまのは、転移魔法……とでもいうんだろうか。地上にはない技術だ。魔人、侮りがたし。


 あの二人とは、そのうち、またどこかでバッタリ出会えそうな気がする。

 できれば、平和的に再会したいものだ。また不意打ちで刺されたくないしな。


 ……堂島の件は、かなり気になる話だ。

 なにせ、あそこの管理会社は、吉竹興行……新堂センパイの勤め先だからな。

 

 だが、いまはどうしようもない。

 ともあれ先に進むしかない。


 おそらく今も俺を追ってきているであろう「お客様がた」に追いつかれる前に、ここの実質ボス魔物を討ち、ホワイティ単独踏破を成し遂げること。


 今はそれで手一杯だ。

 その後のことは、そのとき考えるとしよう……。

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