第25話 ホントに人間かよ?


 視界が戻ってくる。

 さきほどまで死闘を繰り広げていた、ホワイティ梅田の玄室内。


 俺は一度死んで、この玄室の壁際の隅に、再実体化を果たした。

 ミラーリングは、世界そのものの時間に影響を及ぼすことはない。


 死亡一秒前を選ぼうが一週間前を選ぼうが、そのデータでロールバックされるのは、俺自身と、その所持品に関わる部分だけである。

 死んでから、ロードされたデータが再実体化するまでのタイムラグは、ヘルプによれば一ミリ秒以下。つまりほとんど同時だ。


 俺にとっては、例の下位次元空間でじっくりヘルプまで読んでからの再始動であり、体感的に一時間ぐらい経過してるんだが――。

 戦っていた相手側の感覚では、俺がただ忽然と消えたように見えたはず。


「あっ……えええっ?」


 案の定、素っ頓狂な声が、玄室内に響いた。俺を刺し殺した女のほう。


「なっ、消えたぁ?」


 赤目男が、きょとんとした顔を、前に立つ女に向けている。意外に表情豊かだな。


「てっ、手ごたえは、あったのに……」


 ナイフを両手に握ったまま、慌ててきょときょと首を左右に振る、若い女。

 そりゃ手ごたえはあったろう。それで俺は殺されたわけだし。


 しかしナイフには血も付いていない。俺に関するあらゆるデータが「十秒前の状態」にロールバックされた結果として、そうなっている。

 女は、赤目男よりやや年下くらいか。やはり両眼が赤い。


 それでいて、パーカーにミニスカにサイハイソックスにローファーと、やけにカジュアルな服装。

 街中で見かけるぶんにはかわいいが、ダンジョンを徘徊していい格好じゃない。


 二人揃って、なかなか俺の所在に気付かない。

 ならば今のうちにと、つい今しがた、復活ボーナスとして取得したばかりの後天技能「魔物鑑定LV1」を発動させてみた。


 ……反応がない。技能の使い方が間違っている?

 いや、技能自体は発動しているのだが、赤目二人組を魔物として認識していない。


 つまり、あいつら、魔物ではない?

 さらに玄室内をよく見渡してみると、隅のほうに、血まみれの毛皮の塊みたいなものが複数、転がっていた。


 おそらく、なんらかの魔物の死骸。

 詳細はわからない。魔物鑑定は死体には反応しないようだし。


 ……ようするに、あの死骸こそ、本来この玄室に待機していた魔物なんだろう。

 それを赤目二人組が片付けた後に、俺がのこのこ転移してきて、この遭遇戦とあいなった、と。


「あっ、あそこ!」

「うわ、マジか、いつの間に?」


 ようやく二人が俺の所在に気付いたようだ。女が慌てて俺を指差し、ひどく動揺している様子。

 もしあいつらが魔物ではない……人間だというなら、対話は可能なはず。


 もっとも、人間だろうと、話や道理が通じない輩というのはいるし、必ずしも平和的解決が保証されるわけではないのだが。


「……おい、お二人さん」


 と、こちらから、冷静に声をかけてやる。

 まだお互い、かなり距離はあるし、いきなり戦闘再開とはなるまい。


 警戒するように、ざざっ、と身構える若い男女。

 格好はカジュアルなのに、身ごなしは素人のそれじゃない。熟練の探索者並に、戦い慣れている連中のようだ。


「俺には、おまえたちと殺しあう理由がない。何か事情があるなら聞かせてくれ」


 そう呼びかけてみる。

 二人は、互いに顔を見合わせた。ぽそぽそ声を交わし、またこちらへ向き直る。


「言ったろ、説明してやる義理はねえって」


 赤目男のほうが、やたら険悪な眼差しを向けてきた。なにせ目が赤く光ってるので、不気味さが倍加している。


「見られちまった以上、あんたを生かして帰すわけにゃいかねえんだよ」


 言いつつ、右手をすっと差し上げ、呟く。


呪雷カヅチ


 雷撃の魔法か。さっきも見たやつ。

 軽くサイドを踏んで、閃く電光を回避する。


 この間に、女の姿が消えていた。おそらく奇襲を仕掛けてくる――。


「そこか」


 まったく唐突に、俺の右脇腹あたりを狙って、ナイフの刃先が突き出される。気配はまったく感じなかったのだが……。

 俺は落ち着き払って、サバイバルナイフの刃で攻撃を受け止め、受け流した。


「あっ」


 いつの間にやら、俺のすぐそばまで移動していた赤目女が、スッと姿を現した。

 刺突を流され、態勢を崩して、いまにも転びかけている。


 ……と見てると、あっさりその場に、すっ転んだ。


「えっ、なっ、なんで?」


 尻餅つきながら、信じられないという顔で俺を見上げる赤目女。

 ……おそらくだが彼女、実は最初からこの玄室にいて、一時的に姿と気配を隠す技能を用いていたんだろう。


 会社の同僚らにも「隠行」とか「ステルス」とかいう自己隠蔽スキル持ちが何人かいる。そのたぐいとみて間違いあるまい。

 だが姿や気配、足音なんかは消せても、移動や攻撃時の空気の流れまでは、完全には隠蔽できない。


 ゆえに、皮膚感覚を研ぎ澄ませば、こんな具合に察知は可能というわけだ。割とギリギリだったけど。

 先ほどは完全に不意を突かれたため、あっさり刺されてしまった。


 だがタネさえ割れてしまえば、二度と不覚は取らない。


「なっ、てめえ!」


 今度は赤目男が、ショートソードを手に突進してきた。俺が女を攻撃するとでも思ったのか、随分激昂している様子。

 相変わらず凄まじい移動速度だが……先ほどに比べると、残像でなく、はっきりとその動作を捉えることができた。


 復活ボーナスで俺の能力全般が強化されたおかげだろう。動体視力もきっちり向上しているようだ。


呪風ケカゼ


 こちらへ踏み込みながら、呪文らしき呟きを放つ赤目男。

 たちまち、赤目男の突進がさらに一段、素早くなった。自己強化バフということか?


「アシナから離れろぉ!」


 叫びつつ、渾身の突進を仕掛けてくる赤目男。アシナって、この赤目女の名前か。

 猛然、俺の胸元めがけ、鋭く剣先を突き出してくる。


 ――だが。

 見えている。


 面倒とばかり、サバイバルナイフの刃で、その剣先を、がっきと受け止めた。

 互いに刃を合わせ、火花を散らして、睨みあうことしばし。


「この……なんなんだ、あんた。強すぎだろ。ホントに人間かよ?」


 赤目男が呻くように呟く。


「そりゃこっちの台詞だ」


 俺は苦笑を浮かべつつ、また呼びかけた。


「話をする気はないか? 俺たちが殺しあう理由はなんだ?」

「……言ったろ。見られちまったからには」

「絶対に口外しない、と約束すればいいのか?」

「信用できるかよ」

「社会人は信用第一。そこは信じてもらうしかない。口外はしないと約束する」

「胡散くせえ……」


 いまいましげに口元を歪める赤目男。こう近くで見ても、割とイケメンの部類だと思うが、どうにもガラが悪いな。


「ここで俺らが退いたら、その後、あんたはどうする」

「俺の目的は、泉の広場だ。あそこにいるという魔物……赤い衣の怨霊。そいつを倒しに来たんだよ」

「ふん……そうかよ!」


 赤目男が、勢いよく刃を押し込んでくる。

 俺がぐっと押し返すと、赤目男は、呼吸を合わせ、素早く後方へ飛び退った。


「おにいちゃんっ」


 ようやく立ち上がった赤目女……アシナとやらが、赤目男のもとへ駆け寄る。


「おにいちゃん、大丈夫?」

「おまえこそ、ケガはないか」

「うん」


 と、声を交わしあい、あらためて、俺と向き合う二人。まだ手には武器を握ったままだが、構えは解いている。

 停戦成立、とみてよさそうだ。


 ……それはともかく。兄妹なのか、この二人。


「なあ、あんた」


 いかにも不機嫌そうな顔で、赤目男が言う。


「魔石……持ってねえか? 俺たちは、そいつを回収しに、わざわざ来たんだ」


 魔石か。さっき拾ったぶんは、バックパックに入っている。


「持ってるぞ」

「マジか! くれ!」


 またえらくストレートに要求してきたな。

 欲しいなら渡してもいいが。


 ともあれ、わからんことだらけだ。

 事情を聞いてみたいものだな。

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