第24話 死ねば死ぬほど強くなる
俺の天授技能ミラーリングは、死なないと発動しない。
死んではじめて詳細を知り、恩恵を得ることができるというユニーク技能。
昨日読んだヘルプによれば……発動回数によってレベルが上昇し、どんどん機能拡張されてゆく仕様だとか。
さらに、レベルが上がれば、バックアップを使用して状態復元を行う際、様々なボーナスが付くようになる。
単なるロールバックではなく、能力値の上昇、後天技能の追加、復元地点のより細かい選択などが可能に。
しかもミラーリングのレベル上昇にともない、それらボーナスもより強力なものになっていく。
これがゲームとかなら、死んで復活できるにせよ、大抵なんらかのペナルティーが課されたりするものだが……。
ミラーリングは、まったく逆の仕様。
つまり。
死ねば死ぬほど強くなる。
そんな反則としかいいようがない技能である。
……というか、技能といっていいんだろうか、これ。
『厳密には、別物です』
脳内に響くミラ子の声。ただの音声ガイダンスかと思いきや、俺の思考をダイレクトに読み取り、念話で意思疎通が可能らしい。
で、別物とは、どういうことだ?
『現時点では、わたくしに、そのあたりの詳細情報を開示する権限がありません。ただ、この世でマスターのみが使いこなすことのできる特殊な能力とだけ、認識なさってください』
はあ。そりゃ、ユニーク技能って、基本的にそういうものだよな。ゆえにユニークと呼ばれるわけだし。
ミラ子の反応からすると、いまの時点で、そのへんあまり深く考える必要はない、ということか。
あと、マスターって、俺のこと?
『はい。わたくしミラ子は、この空間の管理を司るオペレーティング・システム。この空間の主人たる御方……あなたに仕える存在です。ゆえに、わたくしは、あなたをマスターと呼称いたします』
なんかやけに饒舌だ。昨日とはだいぶ印象が違う。声質も、少しやわらかいというか、自然な女性声に近くなってるような。
さらに、いま気付いたが……昨日は見えなかった、ソフトボールくらいの大きさの、不思議な光の球のようなものが、俺の前に、ぼんやりと浮かび漂っている。
『ミラーリングがレベル3となったことで、機能拡張が実施されました。わたくしミラ子の機能も強化されております』
ははあ、それで言語機能が向上したと?
『その通りです。また、マスターが見ておられますそれは、より円滑な意思疎通のため、わたくしの一部機能を可視化したエネルギー体です』
可視化……つまり、このぼんやりしたソフトボール大の光球が、ミラ子だと?
『はい。今後、さらに機能拡張が進めば、もっと具体的な形を取ることも可能になります』
ははあ。まだいまいちピンとこないが、確かに、相手の姿が見えているほうが、なにかと話しやすいというのはあるかな。そのための可視化ってことか。
『そのご理解で間違いありません。さて、マスター』
ミラ子……のエネルギー体を自称する光球が、ふわりと俺のもとを離れ、長鏡の上のほうに、ぴとっと張り付いた。
『ミラーリングがレベル3となったため、ヘルプが更新されております。次の行動を選択される前に、こちらをご熟読されることをお勧めします』
同時に、長鏡にびっしりと文字列が浮かび上がった。
昨日の時点でヘルプは全部読んでるんだが、どうも追加事項があるらしい。
なら読まないわけにはいかないな……って、項目めちゃくちゃ増えてる!
これ全部読まなきゃダメか?
『全部読んでくださらないと駄目です』
はい……読みます……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ヘルプの追加項目というのは、大きく分けて三つの新規事項について詳細を記したものだった。
ひとつは、オペレーティングシステムであるミラ子の機能拡張。これはもう見たまんまだな。
いまひとつは、データロードによるデータ復元時の追加ボーナスについて、より具体的な解説。
ミラーリング・レベル3は、復活時にあらゆる身体能力の一割を永続的に底上げするボーナスが付く。
これに加えて、後天技能をひとつ「ランダムで」付与してくれるらしい。どんな技能かは、復活時にアナウンスされるそうで、自分で選択はできない。
……この時点で、反則にもほどがあると思う。死んで復活したら、自動的に一割強くなってるとか。
しかし、俺が最も重要と感じたのは、三つ目の追加事項。復活ポイントの設定詳細という項目についてだ。
現時点では、データロード時に俺が再実体化される場所として、俺が住んでるマンションの自室が設定されている。実際そこで一度復活してるし。
今回、これを「ミラーリング発動地点」に再設定することが可能になった。つまり死んだその場にて、即復活できる。
それも、死亡地点から周囲一メートル刻みで最大二十メートル四方まで、細かく座標指定ができるようになっており、そのためのインターフェースも用意されている。
いま俺がヘルプを見ている長鏡に、死亡地点及びその周辺の俯瞰マップを呼び出し、具体的にどこに再実体化するのか、ピンポイントで選べるというものだ。
ようするに。
いまの状況だと、ホワイティ梅田、第七の玄室内に、即座に再実体化できる。
出現位置を一メートル刻みで設定できるので、あの赤目男の背後に現れて不意打ちを仕掛ける、なんてことも可能。
ただ、突然現れた二人目のこともある。俺を刺し殺した張本人だ。
赤目男は奇襲で倒せるとしても、その片割れが直後にどう動くか、予測できない。
……それに、あの赤目男、会話可能というか、普通に日本語で話していた。
俺が知る限り、あれほど流暢に話せる魔物なんて、記憶にない。
とすれば、あれは人間なんだろうか?
どうも何か、事情があるんじゃないか。一応、話くらいは聞いておくべきという気がする。
最大限の距離を取って再実体化し、直後、謎の二人に声をかけて、対話を促す。
……これでいこう。もし相手が聞く耳もたず、また襲いかかってくるなら、そのときはそのときだ。仕切り直しをするまでのこと。
『マスター。次の行動を選択なさいますか?』
ちょうど俺の考えがまとまったところで、ミラ子が呼びかけてきた。
もとより俺の思考はミラ子には筒抜けで伝わっており、結論が出るまで律儀に待っていてくれたようだ。
「ああ、頼む」
『承知しました』
音もなく、右から二枚、左から三枚の長鏡がすーっと浮遊してきて、俺の前に並んだ。もとからヘルプを参照していた鏡を合わせて、計六枚。
これらすべてが、俺のバックアップデータ。
『現在、ロード可能なデータ、六。いずれかを選択してください』
右から、死亡一秒前、十秒前、五分前、一時間前、一日前、一週間前、となっている。十秒前というのが、今回の機能拡張で増えたぶんだな。
ちょうどいい。この十秒前を選ぶとしよう。
ぽちっ、と長鏡の表面に触れる。
『ロード地点の座標選択が可能です。設定しますか?』
「設定する」
と応えると、該当する長鏡に、まず選択肢が出現した。
俺の部屋と、死亡地点であるホワイティ梅田の玄室、どちらかを選べという。
玄室を選択すると、簡易的な俯瞰マップが表示された。俺の死亡地点を中心に、二十メートル四方の範囲内で座標を指定するようになっている。
「ここだ――」
玄室左側、壁際の隅。
この座標なら、赤目男らと最も離れた場所に再実体化できる。
『設定完了しました。すぐ実行しますか?』
「ああ。やってくれ」
俺がうなずくと、ミラ子……光の球が、きらきら尾を引いて、俺の前をゆったり飛びまわった。
『それでは、データロードを実行します。がんばってください、マスター』
なんか、ミラ子に励まされてしまった。前回とは随分違うな。これも機能拡張の恩恵というやつだろうか。
――と考えるうち、一瞬、視界が漂白された。データロードが始まったようだ。
同時に。
『全能力値にボーナスポイントが永続加算されました』
『技能・魔物鑑定LV1を取得しました』
再実体化の直前。
ミラ子のガイダンスが、脳裏に流れ込んできた。
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