第23話 あんたは死ぬってさ
短い通路からポータルを経て、最後の玄室へ転移。
途端。
肌に、ぞわりと悪寒が走った。
これまでの通路や玄室とは一段、空気が異なる。
……そもそも、俺は昨日も同僚三人組と一緒にここを通っているが、その際には、とくに何も感じなかった。
明らかに昨日とも違う、異質な気配が、いまこの玄室内に充満していた。
ここ第七の玄室に出現するのは固定敵ではなく、一定以上の実力を持つ魔物が、ランダムで待ち構えているのだとか。
昨日は、ファイヤードレイクという巨大なトカゲのような魔物が待っていた。
人間の背丈ほどもある体高、さらに体長はその五倍以上になるという巨体で、見るから怖ろしげな姿をしていた。
口から火を吹き、動作も素早かったが……いかにせん、狭い玄室内では、逆に巨体が災いして、思うように動けない様子だった。
結局、上級探索者三人がかりの激しい攻撃により、ほとんど被害を受けることもなく完勝を収めている。
例によって、俺は後ろで見ていただけだ……なにせ玄室が狭いので、俺が動き回る空間的余裕もなかった。
ファイヤードレイクを実際に見たのは昨日が初めてのこと。この狭苦しい空間で、あきらかに不利な状況でありながら、耐久力と自然回復力には凄まじいものがあり、俺単独では勝てたかどうかわからない。
あっさり討伐できたのは、ただ上級三人組が強すぎただけだ。
――それはともあれ。
第七の玄室も、構造はこれまでと同じ。十メートル四方、天井まで三メートルという、ごく狭い石造りの空間。
ヒカリクズの照明の下、左右の石壁には、大きな鉄扉が鈍く光っている。
この空間の奥に、そいつはいた。
ぽつねんと立ちつくす、人影ひとつ。
背格好は人間そのもの。
服装も、ダウンジャケットにセーターにジーンズ、足元にはスニーカーと、そこらの街なかを歩いている若い男のそれとしか見えない。
逆に、その普通さが、この空間では異質で、不気味である。
なにせここはダンジョンの深部。私服の一般人が居ていい場所ではないし、無事に居られる場所でもない。
その一般人にしか見えない若者が、これまで俺が感じたこともない、異常な気配を放っている。
単純な殺気というのでもない。もっと根の深いもの……憎悪とか、怨恨というのが近いだろうか。
ひとかたならぬ強烈な負の感情。ただ立っているだけで、憎悪だけで人が殺せそうなレベルの圧を感じる。
俺はそこまで他人に恨まれる憶えはないんだが……。
そもそも、見ためは一般人でも、あれは人間とも思えない。
といって、該当する魔物のたぐいも思い当たらない。ホワイティにこんな魔物が出現するというデータはないはずだ。
どう対処すべきか。場所柄、魔物だろうとは思うが、データのない相手に、軽々しく仕掛けてよいものか。
そんなことを逡巡する間に、若者の姿をした何者かが、ゆっくりと、その右手を、俺に向けて差し伸べた。
『
そんな呟きが聴こえ、同時に、何かがキラと光った。
次の瞬間。
俺の身体は、咄嗟に横ざまにステップを踏んでいた。
本能的に危険を察知し、身体が勝手に動いていた。
俺の背後の石壁に、バシンッ! と、青白い電光が音高く弾けた。
……これはまさか、魔法? それも、雷撃とかのたぐいの。
かろうじて回避したものの、当たったらタダでは済まなかったろう。
俺はサバイバルナイフをかざし、玄室の奥へと突進した。
外見がどうであれ、攻撃してきたからには、倒すべき敵であること、もはや疑う余地もない――。
相手は、少々意外そうな顔つきで、俺を眺めている。一応、感情はあるらしい。
背格好は大学生っぽい。いかにも今時のイケメン顔な若者という風情だが……。
よく見ると両目が、赤く不気味に発光している。やはりあれは人間じゃない。男子大学生型の魔物とでもいうべきか。
その人型魔物が、やけに落ち着き払って、再び右手を俺のほうへ振り向けてきた。
『
たちまち、俺の頭ほどもある真っ赤な炎の塊が、俺めがけて飛んできた。
回避は難しくない。俺は再びサイドステップで大きく真横へ飛び、態勢を立て直しつつ、再び前進しようとした。
だがその間に――相手は、俺の背後にまで回り込んできていた。まさに飛電のごとき移動速度。
俺の動体視力ですら、移動の軌跡がはっきり捉えられず、残像が生じている。これまで見た、どんな魔物よりも速い!
相手の右手に、鋭い刃が光っている。ショートソードだろうか。途方もない速度で、俺の首筋を狙って斬りかかってくる。
俺は、ぐいと身をよじり、ぎりぎりのところで、その斬撃をサバイバルナイフで受け止めた。これがまた凄まじく重い!
「マジかよ。まさか、いまのを受け止められるなんてな」
男子大学生風の赤目の魔物が、さもさも驚いたような顔を向けてきた。
コイツ普通に喋れるのかよ! まさか、人間なのか?
「……何もんだ、おまえ」
一応、そう訊ねてみる。
両者、刃を合わせたまま、互いに押し合い擦り合い、ガリガリと火花が散る。
「教えてやる義理はねえな。あんたは、ここで死ぬ。それだけだ」
赤目男が、嘲けるように応えた。
同時に、後ろへ素早く飛び
仕切り直しがお望みなのか。ならば……。
「そう簡単に死ぬかよっ」
今度は俺のほうから、万全の態勢で斬りかかる。
間合いは完璧。この踏み込みならば、たとえ防がれても、剣ごと叩っ斬れる――。
突如。
ズンッ! と、胸元に衝撃が来た。
赤目男は、身構えて立っているだけ。
それとは別の何者か――髪の長い、おそらく女――が、いつの間にか、前に立ちはだかり、俺の胸に、心臓に、刃を突き立てていた。
今の今まで、まるで何の気配も感じなかった。
どこから現れたのか。
まさか、もう一人、敵がいたとは、さすがに想定外。
「言ったろ。あんたは死ぬってさ」
赤目男の嘲弄が、耳をかすめる。
直後、意識が、ふっつりと途切れた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
気付けば、周囲、見渡す限り真っ白な空間。
その只中に、俺は立ちつくしていた。
目の前にふわふわ浮かんでいるのは、見覚えのある等身大の鏡。
『メインデータが破損しています。バックアップを使用しますか?』
脳内に響く女性声のアナウンス。ミラ子だっけ。
俺のユニーク天授、ミラーリングが、再び発動した。
つまり俺は、二度目の死を迎えたと……。
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