第22話 不意打ち成功


 先陣を切って飛びかかってきたのは、豚鼻のオーク。

 右手の石斧を振り回し、鼻息荒く突進してきた。


 その横ざまから、ゴブリンが蛮刀をかざして、猿叫一声、勢いよく斬りかかる。

 なかなか息の合った連携というべきだが……。


「遅い」


 少し神経を集中するだけで、俺の動体視力は、さながらスロー再生のビデオ動画のように、こいつらの動きのすべてが、ゆったりとして見える。

 そういう技能を用いているわけではない。明確な実力差だ。


 サバイバルナイフの刃を斜めに閃かせて、オークとゴブリンの首を、軽々と刎ね飛ばす。

 たちまち赤と緑の噴血がまざりあい、不気味な毒霧のように付近へ漂った。


「きゃううぅーん」


 残るコボルドは、甲高い吠え声ひとつ、もうこちらへ背を向け、一目散に逃げ走っていた。ふさふさの尻尾を下向けにくるりと丸めながら……。

 魔物の中には、形勢不利と見るや、このように逃走をはかる者もいる。


 だいたい弱い魔物の習性なので、わざわざ追ってまで倒したところで、得るものは少なく、放っておいても問題ない。

 コボルドもオークやゴブリンと同じく、どこのダンジョンにもいる、ありふれた低レベル魔物の一種。


 群れで行動することが多く、数で勝ってるうちは強気だが、劣勢になると、我先にと逃げてゆく。

 そういう習性ゆえに軽く見られがちだが、種族としての知能は意外に高いらしい。


 なかには攻撃魔法や補助魔法といった特殊技能を使いこなす個体もいるとか。

 俺はまだ、そういうエリート個体に出会ったことはないが、熟練の探索者にもひけを取らぬほど強いコボルドも、どこかのダンジョンにいるという話だ。


 このまま探索者を続けていれば、いずれは、そんな凶悪なコボルドとやりあう日も、来るのかもしれない。

 それはそれとして、いま逃げていったアイツだが……この短い通路で、逃げるといっても、行き先は、玄室へ続くポータルしかない。


 追うまでもなく、またすぐ会うことになるだろう。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 ……第六の玄室に待ち構えていたのは、案の定、そのコボルドの群れだった。

 わずか十メートル四方の空間に、八体もの集団が列をなして、俺が転移すると同時に――わんわんきゃんきゃん、けたたましく吠えあいながら、ひたすら右往左往していた。


 鼎の沸くがごとし、という表現が、ぴったりくる状況。騒々しいにもほどがある。

 これは、ダンジョン探索中、稀に発生する現象――。


 玄室などのエリアに、こちらが乗り込んだ際、いくつかの要因から、たまたま魔物の不意を突く形になることがある。

 こうなると、魔物はただ慌てふためき、ろくに迎撃や対応もしてこない。


 つまりは不意打ち成功、という状態。

 こちらにそんな意図がなくとも、結果的にそうなってしまうことが稀にある。


 いま、こうなっている原因には心当たりがある――さきほどの、イビルシベットの移り香だ。

 なにせコボルドは犬の獣人なので、たいそう鼻がきく。


 そして、例外はあるものの、大抵の魔物はイビルシベットの匂いを非常に嫌う。

 そんな強烈な匂い……コボルドにとっては鼻がもげるレベルであろう悪臭を帯びる俺が、突如として、狭い玄室内に転移してきたならば……。


 きゃんきゃんわんわん大騒ぎ、となるわけだ。

 当然、こちらにとっては好機。


 俺は迷わず突進し、面倒とばかり刃を振るい、コボルドどもの首をすっ飛ばしていった。

 相手はまともな抵抗すらせず、逃げ惑うばかり。たちまち一方的な殲滅劇となり、七体まで、ほとんど一瞬で斬り殺した。


 不意打ちによるアドバンテージが効いているうちに、ほぼ決着がついた。

 普段は、さすがにこうはいかない。いくら弱い魔物でも、これだけ数がいれば、もう少し手こずるものだ。


 ……残るは、ただ一匹。玄室の隅にうずくまって、震えている。

 よく見れば、さっき通路で見逃した個体だ。


「きゅううん、きゅうぅ」


 怯えきった目で、許しを乞うように、か細く哀れに鳴いている。

 こういう状況は、以前にも経験していた。


 おそらく今回も、同じようなことになるだろう……と、俺はコボルドに背を向け、左の扉へ向かって歩きはじめた。

 ある程度、離れたところで――。


 怯えてうずくまっていたはずのコボルドが、突如、疾風のごとく、俺の背後へ飛びかかってきた。


(こうなるよな)


 俺は振り向きざま、襲い来るコボルドの首を、一閃に刎ね飛ばした。

 ようするに怯えてみせたのは、たんなる擬態。こちらが隙を見せれば、たちまち豹変して襲いかかる。


 イビルシベットの悪臭への嫌悪より、俺への敵意のほうが勝っていた、ということだろうか。

 コボルドに限らず、ある程度知能の高い魔物のなかには、こういう狡猾かつ執念深い個体が、往々にして現れる。


 所詮、魔物は魔物でしかない。

 人間とは決して相容れることなく、ただ食うか食われるか、それだけの関係ということだ。


 かくて最後の一体も始末し、あらためて玄室内を見渡す。


 累々折り重なる獣人どもの死骸、床は赤い血溜まりが広がり、あたりには鼻を突く血臭が漂いはじめている。

 ヒカリクズの照明の下、玄室の奥に、なにかが薄ぼんやりと発光している様子が見えた。


 昨日、ここを通ったときには、そんなものは見かけなかった。コボルドどもが持ち込んだのか。

 血溜まりを避けて、慎重に歩み寄ってみると――。


「ほう」


 と、つい声に出してしまっていた。

 紫に微発光する、不思議な黒い鉱石。一個一個は、俺の握り拳より少し大きいくらいの塊。


 それが石床に六……いや七個、ひとまとめに転がっていた。

 ごくシンプルに、魔石、と呼ばれる、ダンジョンでしか得られない特殊な鉱石。その原石にあたるものだ。


 古来、ダンジョン産貴重品マテリアルの代表格とされる。詳しい理屈は知らないが、宝飾品だけでなく、エネルギー源としての性質もあり、様々な分野に利用されている。

 近年では常温核融合の必須素材だとかで、世界的に需要が高まっていた。おかげで、持ち帰ればそこそこの値段で買い取ってもらえる。これは回収しておこう……。


 ――残る玄室は、あとひとつ。

 つつがなく魔石の回収を終え、俺は左の扉から、最後の玄室に続く通路へ出た。


 第七の玄室は、固定敵ではないが、かなり高レベルの魔物が出現する。

 パーティーではともかく、ソロで突破を成し遂げた例は、樫本の社史によれば、過去に四人しかいないという。


 はたして俺が、史上五人目の単独突破者となれるかどうか。

 大記録、挑んでみるとしよう。

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