第20話 ダンジョンは逃げやしない


 同時刻。

 国鉄大阪駅の南。


 曽根崎通りと国道176号線へかかる交差点付近。

 通勤の車両でやや混雑する六車線道路の真ん中を、悠々と北へ向かって走る、一台の白い大型高級車。


 その後部座席で、スーツ姿の男たちが、いかにも不機嫌そうな顔を並べていた。

 樫本マテリアル第二探索部所属の上級探索者たち……、すなわち連城宏太郎、桂木行馬、服部伝次の三人だった。


「まだ着かないのか」


 服部伝次が、苛立たしげに呟いた。


「今日は少し混んでるようで。もう少しかかります」


 運転席の青年が、申し訳なさげに応えた。第二探索部のサポートスタッフの一人、木嶋亮という若者である。


「焦るな」


 連城宏太郎が、窘めるように言う。


「ダンジョンは逃げやしない。里山も……まだオークあたりと遊んでる頃だろう」

「どうせなら、あのガラクタロボットにでも殺られてりゃ、手間が省けるんだが」


 横から桂木行馬が述べた。

 連城が、軽く眉をひそめる。


「あそこをソロで抜けられる探索者なんて、滅多にいるものじゃない。だが」

「里山ならやりかねん、か。無能ブランクの分際で……」

「あいつが生きて帰ってきたせいで、こちらはいい迷惑だ。見たか、さっきの、受付のやつらの顔を」

「いつもはヘラヘラしてるくせに、今朝は、愛想のひとつもなかったからな。他の連中も、だいたい似たようなもんだった」

「どうせあの無能ブランク、色々と余計なことを、会社中に吹いて回ったんだろうよ」

「それもあるが……」


 連城は、窓外を鋭く睨みつけた。

 すでに国鉄大阪駅の駅ビルが、彼らの視界に入ってきていた。


「たかが無能ブランク一匹、ポータルへ放り込んだくらいで、どいつもこいつも、人殺しでも見るような目を向けてきおって。俺が気に食わないのは、そこだ」

「気にするな。所詮、あいつらは部外者だ。探索者でもないヤツらにゃ理解できんのさ。無能ブランクなんて、魔物と同じ、生きてる価値もないクズだってことがな」


 服部が、嫌悪感もあらわに、そう吐き捨てた。


 ――昨夜。

 高級クラブ「シランシャトー」の店内にて、里山忠志の生還を知らされた三人。


 彼らはあえて会社には向かわず、解散してそれぞれ帰宅し、第二探索部のサポート要員らと連絡を取り合って、情報収集につとめた。


 そうして、続々と判明した事実――ホワイティ梅田・左ルート最奥部「泉の広場」のポータルは、「大阪駅前第三ダンジョン」の第二層と、一方通行で接続されていること。

 初級探索者・里山忠志は、その「泉の広場」において、同行していた連城、桂木、服部ら三名の上級探索者の手で、該当ポータルへ直接「突き飛ばされた」と証言しており、これはすでに、樫本社長ら会社上層部の耳にまで届いている、ということ。


 また、その里山忠志は、大阪駅前第三ダンジョン第二層の未踏破エリアを断片的にマッピングしており、そのデータも上層部に提出済みであること。

 さらに、駅前第三ダンジョンから膨大な貴重品マテリアルを持ち帰っており、社内ではすでに英雄扱いで、大いに持て囃されている――という沙汰まで聞こえてきた。


 一夜が明け、三人は互いに示しあわせ、揃って出社した。

 案の定というべきか、社内の空気は一変していた。


 ロビーを行き交う他部署の社員らは、連城たちに、あからさまに白い眼を向けてきていた。

 第二探索部の同僚たちすら、どこか態度がよそよそしい。


 連城らの昨日の行為は、あくまでダンジョン内の出来事であるため、法や社内規定で裁かれることはない。

 とはいえ、後輩を連れ出し、故意に殺しかけたなど――誰が聞いても、心証がよかろうはずがなかった。


 もう社内の空気にも、そのあたりの影響が如実に表れはじめている。


(面倒なことになった――)


 三人は、内心苛立ちを抱えつつ、部下たる第二探索部のサポート要員らに、里山忠志の現状について尋ねた。

 もし里山忠志が出勤していない、もしくは、社内に留まっているなら、彼らとしても、とくにできることはない。平常どおり、いずれかのダンジョンへ出るしかあるまい――そう考えていたところ。


 里山は今朝早々、受付で手続きを行い、ホワイティ梅田の探索へ出た……との報告がもたらされた。

 意図はわからない。


 今日一日、社内でおとなしくしていれば、明日には上級へ昇格することが決まっている。

 にも関わらず、里山は初級の身分のまま、あえて汎用装備で、わざわざ因縁のあるホワイティへ向かったという。


「どう思う?」

「ホワイティってとこが、引っかかる。誘っているんじゃないか。俺たちを」

「……ケリを付けよう、ということか?」

「周りに持ち上げられて、調子に乗ってるんだろう」


 連城ら三人は、里山の単独行を、自分たちへの挑戦、挑発と受け取った。


 ――泉の広場へ来い。


 そう里山は告げてきているのではないか、と考えたのである。

 ダンジョン内では、すべてが自己責任。たとえ探索者どうしで殺しあう事態となっても、咎めを受ける筋合いはない。


 彼ら三人にとって、里山忠志は侮蔑すべき無能ブランク、目障りな害虫に等しい。

 里山のほうでも、おそらく、自分を罠に嵌めた連城らを許すつもりはない、ということだろう。


 互いにそう相容れぬ認識ならば、どこかで決着をつけざるをえない。

 ダンジョンこそ、そうした闘争に、うってつけの舞台といえよう。


「行くぞ。ホワイティへ」


 連城は、断を下した。

 この日、受付カウンターは、能面でも貼り付けたような無表情顔が並び、対応もきわめて事務的だった。


 三人はそこでも大いに気分を害しつつ、ホワイティ梅田への出発手続きを行い、ほどなく社用車で国鉄大阪駅へ向かったのである――。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「そろそろ到着です」


 運転席から、木嶋亮が告げてきた。

 車窓からのぞむ景色は、国鉄大阪駅の白い壁。


 三人の乗る大型乗用車は、駅地下への進入口へさしかかりつつあった。

 ここの下り坂の先に、探索者専用の地下駐車場があり、そこからホワイティ梅田の一号通路までは、直通の地下道一本で繋がっている。


「待ってろ、無能ブランク……」

「今度こそ、きっちり殺してやる」

「トドメを刺してやらねばな」


 三者三様に口走りながら、三人の上級探索者たちは、ホワイティへ続く通路へ降り立った。

 目指すは泉の広場――。


 おそらくそこに、里山忠志は、待ち受けているはずである。

 決着を付けるために。

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