第19話 どうか最期まで


 なおも機銃掃射は続く。

 玄室内は、次第に濛々たる硝煙がたちこめ、火薬の匂いが充満しはじめていた。


 戦闘が長引けば、硝煙によって視界を遮られ、いよいよ討伐は困難になる。

 そうなる前に接近し、勝負を決めなければならない。


 ――ガーリッくんの内蔵機銃は7.62ミリ。

 軍用兵器の界隈では豆鉄砲扱いだが、対人ならば十分すぎる威力がある。


 一発でも当たれば、俺もタダでは済まない。会社支給品の耐衝撃ベストなど紙のように突き抜けて、致命傷を与えてくるだろう。

 その機銃掃射の真っ向へ、こちらから突き進むなど、傍目には正気の沙汰とも思われまい。


 だが。


(――これなら)


 前へ大きく踏み込みながら、視覚に全神経を集中させることで――。

 俺の動体視力は、こちらへ撃ち込まれてくる何十発という機銃弾の軌道を、すべて捕捉していた。


(見切る!)


 細かく足をさばき、身を躱し、ぎりぎりで、すべての銃弾を回避しながら、ガーリッくんの真正面へ肉薄する。

 おもむろに姿勢を低く取り、ガーリッくんの左脇あたりを目がけて突進。


 ガーリッくんが銃口をこちらへ振り向け直した瞬間、サイドステップで逆方向へ踏み込み、フェイントをかける。

 この間もずっと銃撃は続いている。


 弾幕のごとき機銃の弾列を見切りながら、ついに俺の刃が届く間合いへ到達。

 目指すは、他でもない、内蔵機銃が据えられている腹部。


 全身強固なセラミックボディで生半可な攻撃は寄せ付けないガーリッくんだが、機銃を出している間のみ、腹部の蓋が大きく開いて、内蔵パーツ類の一部が剥き出しになる。

 これこそ、ガーリッくんの唯一の弱点。


『いけません、お客様』


 ガーリッくんも、こちらの意図に気付いたらしい。俺の接近にあわせ、左右の手に掴んだ出刃包丁を振りかざして、迎撃をはかってきた。


『申し訳ございません、現在、そのサービスは行っておりません』


 意味不明な台詞とともに、銃撃を止め、急いで機銃をしまい込もうとするガーリッくん。

 同時に、左右の出刃包丁を閃かせ、斬りかかってくる――。


 だが遅い。

 振り下ろされる出刃包丁をかいくぐり、機銃が収納されるより速く――貫く!


 ちょうど機銃の台座部分と、開いた蓋の蝶番の間にわずかにある隙間。

 俺の渾身の刃は、見事、その隙間に突き刺さった。


 おそらく、そのあたりに動力伝達系の回路や基板、配線類などが詰まっているのだろう。

 配線の束を断ち切った感触と、いくつか、固いものを割ったような感触が同時に伝わってきた。手ごたえは十分。


 急いで刃を引き抜くと、たちまち、そこから激しい火花が噴き出した。

 ガーリッくんは、その場に、ガクンと膝を付いた。


『エラー。エラー。制御系、動力系に深刻な損傷。活動を維持できません。お客様……残念です、お客様……』


 例の不気味な声が、やけに物悲しい調子で現状を告げてきたかと思えば。


 ジャリリリリリリ!


 突如、甲高いベルのような警報音が、ガーリッくんの頭部から鳴り響く。

 同時に、ガーリッくんの頭部左右の大きな複眼が、パトライトのごとく赤く激しく明滅しはじめた。


(――え、まさか、もう来たのか?)


 俺は慌てて後ずさり、一気に距離を取った。


『ザザッ……これより先、ガッ、地獄の一丁目と、なって、ザー……おります。どうか最期までザザザ、お付き合いくださいガッ、ますよう……に』


 ノイズまじりのガイダンス。ようするに、自爆モードである。

 けたたましいベルの音に加え、ピッ、ピッ……という電子音まで鳴りはじめる。カウントダウンというところか。


 その間に、俺は玄室の壁際まで、急ぎ移動していた。

 石壁の隅に身構え、様子をうかがうこと、およそ五秒間……。


 閃光に包まれるガーリッくん。

 続けて、耳を聾する轟音とともに赤い爆炎が噴きあがり、ガーリッくんのボディーは見事に爆散した。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




(……危なかった)


 俺は内心、胸をなでおろしていた。

 ガーリッくんの腹にナイフを突き立てるまでは、予定の行動。


 また、ガーリッくんが自爆することも、あらかじめ知識としては把握していた。

 しかし、あのタイミングで自爆モードに移行するとは想定しておらず、おかげで少々慌てて逃げる羽目になった。


(まだまだだな……俺は)


 この程度の相手に苦戦したり、慌てたりしているようでは、まだ俺も未熟といわざるをえない。

 昨日、俺と同行していた上級三人組は、自爆する暇さえ与えず、ほとんど一方的にガーリッくんを破壊していた。


 俺はそれをただ見ていただけだ。

 装備品の質が違うというのはある。だがそれ以上に、経験の差が大きい、と俺には感じられた。


 あの三人、俺を罠に嵌めた張本人ではあるにせよ、卑怯だろうと悪辣だろうと、探索者としての実力は本物である。

 今後、俺が堂々と第一探索部を名乗るには、まず、あの三人組の背に追いつき、追い越すぐらいの実力は、身につけねばならないだろう――。


 自爆の余燼、濛々たる白煙くすぶる玄室内。

 床に散らばるガーリッくんの残骸を眺めつつ、俺はサバイバルナイフをベルトにしまい、身を起こした。


 ガーリッくんの内蔵パーツのなかには、レアメタルを含む部品が多く、持ち帰ればそれなりの収入になるが……今は、それが目的ではない。かなり重いし。

 ゆえに、俺はさっさと左側の扉から通路へ出て、ポータルへ向かった。


 次の玄室からは、またランダムで強敵が配置されている。

 今度は何が出てくるやら――気を抜けない戦いが続く。


 泉の広場まで、まだ道程半ば。

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